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COIN―裏街道と交錯する道々―  作者: 五番
第1章 始揺
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8.血塗れの人形


 薄暗くなり始めた、マンション前の開けた場所。一角には血溜りができており、その中心には邪神と思しき物体が転がっていた。


近くの植木の陰からは人形が顔をのぞかせている。宮本とは大違いの陰気な笑みを湛えて。



【レイ。レイ。ダァイスキ! スキスキスキスキスキィ!!】


 はちみつ色の髪は乱れ、濃紺のドレスと帽子は、返り血で茶色いシミが斑模様をなしている。美しかった顔が、今はもう醜く歪んでいる。いくつもの邪神を喰い荒らしてきたのだろう、その口はイチゴジャムを頬張ったみたいに真っ赤だ。


冷たい地面にへたり込む。


(まただ。また人形が汚れている)


いったいどれくらい殺したのだろう。どれくらい......。


「随分愛されてるね」

【我トレイノ間ニ口ヲ挟ムナ。ニンゲン。オマエヲ喰ッテヤッテモヨイノダゾ】

「わーお、熱烈ぅ」


 不愉快を顔中に表した人形に対して、宮本はいつも通りのキラキラの笑顔でいたって穏やかに落ち着いている。この人形にはないはずの剥き出しの牙に何も感じないのだろうか。


「人形の名前は?」

「知らねぇ」

「なら人形さんでいいか」


(頭沸いてるんじゃないか? どういう度胸してんだよ。そんなに肝据わらせんなよ。あれか? 心が広いってやつか? もしかしてドールさんって名前もお前がつけたのか?)


確実に、まともな頭のネジだけでなく頭そのものを産道に捨ててきている。混乱した城ケ崎の思考はうまくまとまらなかった。


「ねえ、人形さん。君は一度でも人間を殺した?」


 人形は口を開かない。宮本など、その辺の野草に過ぎないのだろう。興味も嗜好もすべては城ケ崎を中心に回っているようだ。宮本は人形が熱い視線を送る城ケ崎を見た後、人形を見る。


「んー。人形さん、今から礼伊を殺そうと思うんだけどいいよね?」

【良イワケアルカ!!】


 人形にとって大事な城ケ崎を傷つけられたくなければ()()()()()()という提案、もとい脅しである。


 とんでもないことを言った先輩に当たり前の言葉を返す人形のほうが普通に見えてくる。殺されるかおしれない状況、そして簡単に殺人宣言する人間が隣に立っている恐怖を前に、やはり城ケ崎の頭は混乱していた。


(うわ、なんか吐き気してきた)


【殺ス、ニンゲン!!】


(やっぱ普通じゃなかったわ。何? みんなそーいうこと言えなくちゃいけないの?)


 人形は瞳にめいっぱいの憎しみを込めて宮本を睨む。しかし彼は両手をズボンのポケットに突っこんだまま、相も変わらず、余裕綽々な様子で人形を見下ろしている。





 人形が体を屈めたと思ったその瞬間、城ケ崎の頭上を風が走った。人形がいた場所にはすでに何もいなかった。



いったい何が起きたのか、全く見えなかった。




 いつの間にか、前に伸ばした宮本の左腕の先に、頭を鷲掴みにされた人形がいた。


「じゃ、俺の質問に答えてくれるよね?」


有無を言わさぬ口調。従わなければ殺される。ビリビリと空気が震える。笑顔の下から狂気が漏れ出ている。笑っているはずなのに、喫茶で見た顔よりも恐ろしい。


(こいつはこんな顔もするんだな)


「人間を殺したことは?」

【......ナイ】

「いつから事件を起こしているの?」

【......レイノ側ニ居ハジメタコロカラダ】


人形も悟ったのだろう。宮本の質問というより詰問に嫌々答える。さすがの人形も宮本に気圧されるとおとなしくなるらしい。



「最後に一つ。邪神から寄ってくるんだよね?」

【ソウダ】


何か分わかったのだろうか。宮本の意図がわからない。


【レイニ何カシタラオマエヲ八ツ裂キニシテヤル!!】

「わぁ、愛ってこわーい」


キャーッとはしゃぐ宮本。さっきまでのシリアスな空気はどうした? ムードブレイカーか?

顎に拳をあてているが全くかわいくない。むしろきもいだけである。

随分気分の切り替えが激しい男だ。



「礼伊、安心した?」

「何に?」





人形さん、人間を殺してないってさ よかったねぇ






 首の後ろが冷たい。足の裏がじっとりと汗を掻いている。目がうろっと横にずれる。


(何が言いたい。先輩は何が言いたい)


左手が緊張で痺れてきた。これは城ケ崎の癖である。



「君さ、人と話すとき、相手の目を見ないじゃん。君と目が合ったのってさっきの喫茶で人形について聞いたときが初めてだし。相手の目を見ること、いや相手の目に映る自分を見ることに恐怖してる。目を見ないように身体全体を視界に入れてる。違う?」



相手の目を見たくない。

そうだ。その通りだ。


みんなの冷たい目に映る自分はひどく怯えていて、追い詰められていて、惨めで、情けなくて。


そんな自分を見たくなかった。知りたくなかった。これが自分というものなんだと思いたくなかった。


みんなから、嫌悪や憎悪でしか見られないだなんて、考えたくなかった。


だから、目を背けて生きてきた。傷つかないように。泣かなくていいように。




「苦しかったでしょ」

「......は? 苦しくなんか、」

「ない? そうかな。俺には君がひどく苦しそうにもがいているように見えるよ」


高いところから城ケ崎を見下ろす宮本。


(ああ、黄昏時って本当に顔がわかんねぇんだな。俺はどんな滑稽な顔をしているんだろうな)


現実から逃げてしまいたい。紡がれる先輩の言葉が受け入れがたい。城ケ崎は鳥肌がじわじわと立つのを感じた。


「本当は怖いでしょ? 寂しいでしょ? 自分をだまして傷ついてないふりして。苦しくないはずがない。君は誰かに抱きしめてほしくてしかたがないんだ。人から与えられる情を心の奥底から欲している」


宮本がゆっくりとこちらを向いて膝をつく。


「当たり前のことなんだよ。誰だって感情をもっているから」


しゃがんでも城ケ崎より少し高い彼の目は薄い灰色の不思議な目だった。


「君が覗いた目がすべてだなんて思うなよ。自由な人間の目がみんな汚れているはずがない」


少し怒っているような声。自分のために怒ってくれる人がいたのか。


「俺の目を見ろ、礼伊」


まっすぐ城ケ崎を見つめる宮本の目はさっき怖いと思ったものではない。強い意志と確かな思いがある。


「こんな人形に求めるな」


(でも、人形でないと、俺は独りになってしまう)


「隣には龍也がいる。マスターも、学校のみんなだって」


(あいつらがいてくれるのか? またいなくなるんじゃないか?)


「大丈夫だよ。孤独も恐怖も、あいつらが吹き飛ばしてくれる。仲間だからね」




――――本当に俺は独りじゃなくなるのか? 


不安を拭いきれない城ケ崎は再び俯いてしまった。その怯えはすぐに宮本へ伝わる。彼は、下を向いてしまった城ケ崎に何と声をかけようか思案する。それはほんのわずかな時間であった。


宮本の奥深くに眠っていた言葉が浮上する。彼は一度瞬きをして、ニコリと穏やかに微笑む。


城ケ崎の視界には地面だけがあった。


「だから、」


そこに割り込んできた右手。自分に差し出されたものと気づいて顔を上げる。



「礼伊。俺の手を取れ」



 宮本の左手から溢れる優しい光。人形の悲鳴。非現実的で、今までの城ケ崎にはありえなかったことで、信じられない。一人じゃどうしようもなくて、わからなくて泣いていたはずなのに。


 人形から離散した真っ黒な粒子が煙のように、ぼやけた空を舞う。まるで城ケ崎の新たな始まりの狼煙を上げるように。








「俺が君に 居場所をあげよう」








微笑む宮本の目に映る彼はぐちゃぐちゃな顔で、不器用に笑っていた。










城ケ崎「いやマジ人形怖い」

石動「ドールさんもか?」

宮本「マスター、いい人よ?」

城ケ崎「わかんねぇよ。つーか、そのドールさんって誰がつけたんだよ」

宮本「さあね。俺が出会ったころにはすでについてた」

石動「アンタじゃねぇのか」

城ケ崎「俺も思った」

宮本「なんで?」

城ケ崎「人形さんとか呼ぶくらいだし」

石動「ネーミングセンスないものと」

宮本「失礼な後輩たちだな。違うよ」


真実は闇の中!!



***


宮本が城ケ崎に言葉を投げかけるシーン。


宮本は何を思ってこの行動に出たのでしょうね


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