5.デジャヴ
2人の話によると、2週間ほど前から桐ノ谷学園の周辺で夜中に徘徊する人形を見たという人が増えているらしい。そしてその人形が目撃された場所には必ず血だまりができている。正確にいうとどれも邪神の血液ばかりで、人間の血液は一度も見つかっていないという。その人形ははちみつ色のロングヘアと深い海のようなブルーの瞳を持つアンティークドールで、かわいらしい顔で邪神を食いちぎり、殺しているとのこと。
「物騒な人形でしょ?」
(ニコニコしながら話す内容じゃねぇな。こえーよ)
毒気のない、いい笑顔を見せる宮本が人形よりも恐ろしい。石動はペットボトルに口をつけながら明後日の方向を向いていた。
「これは自分の仕事なんだが、先輩に手伝ってもらっていてな」
「なんだ、宮本パイセンも手伝いだったのか」
「證でいいよ。俺の知り合い大体みんなそう呼ぶし。龍也とか」
じゃ、ショウギパイセン。いや、カタカナで読みにくいから、ショウギ先輩。
「それでどこ行くんだ?」
宮本のほうに顔を向ければ、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりのキラキラした笑顔。両手を腰に当て、胸を張る。
「駅近くの空き地!」
***
目撃された場所の多くは空き地や路地裏などの人気の少ないところだったという。それも深夜。道端で寝ていた酔っ払いや、散歩をしていた不良高校生などが遭遇したそうだ。......一つ断っておくが、城ケ崎は別に不良ではない。深夜1時に外をうろついてはいたが、断じて不良ではない。
さて、いよいよ本格ホラーに近づいてきた。夏の某ホラー番組に投稿したいくらいだ。
(俺アレ見ると、毎回眠れなくなるんだよな。怖くて。一人暮らしだし気をつけよ)
「ショウギ君だ!」
「いっしょに遊ぼう!」
「どっか行くの?」
「バイバーイ!」
「遊んで! ショウギ君!」
駅の近くは桐ノ谷学園の通学路でもあり、下校中の児童・生徒で溢れている。宮本は、なぜか初等部の子供たちがその長い脚に纏わりつくため、身動きができずにいる。困ったように笑い、しがみついていた子を離して目線を合わせるようにしゃがむ。
「ごめんねー。俺これから用事があってね。明日学校で遊んであげるから。ほら、ハルのクラスは明日体育あったでしょ? その時にさ」
『エイタ達は休み時間に鬼ごっことか』と子どもたちを優しく諭す宮本。初等部の時間割を知っているらしい。さすがは授業をサボっているだけはある。子どもたちは背の高い兄のような宮本を見上げてガッカリしたようにうつむいた。宮本は一番近くにいた男子児童の頭をなでながら謝っている。
彼らの光景は城ケ崎が初めて目にするものだった。宮本の人の神経を逆なでするような言動や行動ばかりを目にしていた城ケ崎には衝撃だった。さっき飲み物を奢ってもらいはしたが、これほどまでに優しい彼は、二重人格を疑いそうになった。誰だかわからなくなりそうだ。
「先輩は子供にものすごく優しいんだ。子供にというか人にというか」
宮本の微笑みと説得で明日遊ぶ約束を取り付けた子どもたちはしだいに笑顔になった。彼の肩にのしかかったり、指切りをしたり。やわらかい空気が流れている。それを眺める城ケ崎の、胸の奥がチクリと痛んだ。
(......不整脈?)
関係のない人間の和やかな場面を見て心を動かされる。その穏やかさは、城ケ崎にはないものだった。奇妙な痛みを無視して、宮本を見下ろして、わざとらしくため息をつきながら不満をこぼす。
「俺、優しくされた覚えねぇんだけど」
「......仕事の関係者には厳しい面もある」
城ケ崎礼伊、一般人。関わった回数、2回。今一緒にいる時点で3回目だ。彼の記憶が正しければそのはずである。そもそも彼は『仕事』について何も知らないのだ。
(俺絶対関係ねぇだろ)
やはり石動も宮本と同じ部類に入るのかもしれない。雷が落ちたような顔で元凶を眺めた。
「龍也ー、礼伊ー。俺、怪我した子の手当てして家に送るから、今日は2人で行ってー。頼んだー」
はしゃいで転んだのだろう。わんわん泣く子を抱き上げて近くの座れるところを探して歩きだす宮本と、それにお供するガキども。もう一度言う。誰だアイツ。
「......探そう、人形」
「ああ。そうだな」
なんとなく、悲しいと思う2人だった。
「なあ石動。お前らの仕事って何だ?」
宮本と別れてしばらくたったころ、城ケ崎はずっと気になっていたことを聞いてみることにした。邪神を殺し、曰くつきの人形を探し、一般人が関わることのないことに手を出している彼ら。思い当たるような、そうでもないような、言葉にはできないモノ。
「......関わってしまったアンタだから言うが、他言はしないでくれ」
困ったような顔の石動に、うなずいて返事をする。彼は実直なヤツだから、大人しく言うことを聞く。
「自分たちは”祓い屋”と呼ばれるものだ」
この世界には多くの怪物―――怪異が存在する。そのなかで最もタチの悪いものが邪神である。人に紛れ、襲い、喰い荒らし、悪意を蒔く害獣。それらの引き起こすありとあらゆる怪奇現象を解決するのが主な仕事。
「......自分たちは掃除屋の役割を担っているというわけだ。今回の人形探しは自分の案件でな。アンタを巻き込むつもりはなかったんだが、先輩に言われて。すまなかった」
城ケ崎に頭を下げる石動。
(誰だよ俺様タイプとか言ったやつ。ただのいいやつなんだけど! ごめんな! 石動! やっぱ先輩がめんどくせぇ人なんだよな、うんうん。いいかげんそうだもんな、あの人。馬鹿っぽいし)
助けてもらっておいてひどい言い草である。城ケ崎はこういう人間でもあった。心の声が顔に出やすい城ケ崎は今もその癖が出ており、石動は若干顔を引きつらせている。もちろん城ケ崎期にはその意味を理解することはできないのだが。
「その、アンタに聞きたいことがあるんだ。......いいか?」
「どうぞどうぞ!」
城ケ崎は聖母のような気持ちで石動の言葉を待つ。
【ギィャアアオォォォン!!】
すさまじい奇声が轟く。
「今のお前?」
「馬鹿いえ!」
城ケ崎が驚いている石動の視線の先を辿ると、ビルの陰から気色の悪い怪物が顔をのぞかせていた。2階建ての建物ほどの太長い怪物。
「邪神か!?」
「ああ。クソッ 昼間なのに! 城ケ崎、アンタは危ないから離れててくれ!」
目の前のデカブツに向かって石動が走り出す。必死な形相で駆ける彼に気圧されて後ずさる。あたりには人もいる。暴れる邪神が戦隊モノに登場する怪獣のようだった。ヒーローが救いの手を差し出す。
「檜篇〈速〉」
急にスピードを出した彼は、すぐに化け物の足元まで辿り着く。邪神も近づいてくる彼に気づいて、手に持った自動車を投げつける。それをよけ、邪神の身体を走って上っていく。首元まで行くと、腕を伸ばしてぐるぐる巻きつけて、絞めていく。
”腕を伸ばして”
「う、腕が伸びた!! 石動の腕が伸びた!! キッショ!!」
ありえない景色に圧倒されて、目が白黒パンダ状態だ。邪神は首を回したり、拳で殴ったりして、首を強く圧迫する原因を剝がそうと躍起になる。そして破壊される建造物。しかし、不敵な笑みをたたえた捕食者は獲物を落とすためにさらに力を込める。
邪神の必死の抵抗を嘲笑う石動。どっちが悪役だよ、な展開。前にもあった。デジャヴだ。
意識を刈り取られた邪神は、隣のビルに頭を打ち付けて倒れたところを無傷の石動によってとどめを刺される。人間と同じ急所の心臓を刺されて、人間と同じ赤色の血を流す。邪神の血って赤いんだ、とか、最近邪神を襲って血だまり作ってるのって実は石動なんじゃね? とか、現実逃避をしてしまうほど目の前にいる彼が少し、いやかなりコワい。かなりキモイのほうが近いかもしれない。
「人が集まってきたな。城ケ崎、そこの路地に入ろう」
あたりを見れば確かにたくさんの野次馬が。それもそのはず。今いるところは帰宅ラッシュ真っ只中の駅近く。宮本といたところから離れているとはいえ、駅近くといえば駅近くだ。とにかく人が多い。
2人は路地に入り様子をうかがうことにした。慌てたように警察へ連絡する人。スマホで録画する人。『ヤバい』を繰り返す人。みんなが蟻のように邪神に群がった。馬鹿らしくて、眉間にしわが寄った。
ところで、邪神の死体をそのまま置いてきてもいいのだろうかという疑問を抱く。
(こういう邪神の死体って消えるもんじゃないの? アニメじゃ妖怪祓ったら消えるじゃん?)
「邪神の死体が消えることはない。後で専門の人が回収に来る」
城ケ崎の思考を読んだように補足がなされる。この世にはいいシステムが存在していた。
「へえ、現実的ぃ。なあ、今更だけどよ、邪神って生き物なのか? ちゃんと血通ってるし」
「いや、生き物ではない。わけがわからん怪異だ」
「ほーん?」
そういうものなのか。
邪神に遭遇するのは2度目の彼だが、何度も遭っているだろう石動がそういうのならば納得するしかあるまい。しかしそんな彼でもわかることがある。これ絶対ニュースになって世間が大騒ぎするヤツだ。
「大丈夫だ。安心しろ。東京みたいな大都会ではたまにあることだから。仕事で忙しくて皆すぐ忘れる」
苦情を受けるのも対応するのも自分たちではないし。
ぼそっと呟かれた言葉にちょっと引いた。
(あと田舎育ちでごめんね! 大都会の事情とか知らねえんだわ!)
宮本は子供に好かれやすいので、よく一緒に遊んでいます。
石動は宮本を師事していたときがあったので、ちょっと闘い方が似ています。