4.先輩
「ミヤモトショウギィーーーー!! 待てやゴラァ!!」
「急いでんの! ごめんね、先生!」
まだ授業が終わったばかりで静かだった廊下に野太い男とさわやかな男の声が響く。後者には聞き覚えがあった。
「城ケ崎。アレ、昨日の先輩」
石動がうんざりした顔で向けた指の先には教師につかまった馬鹿みたいに背の高い男がいた。つやのある白に近い灰髪に、薄く淡い灰色の目が特徴的だ。
「先輩、また何かやらかしたな」
ジットリと眺める石動の目が温い。どうやら昨日の男、改めミヤモトショウギは問題児らしい。野太い声で叫んでいた教員に文字通り引きずられ、C組に入ってくる。石動曰く、その教師は数学科の上阪で、ミヤモトの担任だという。ついでにこのクラスの2限目の授業担当でもある。
引きずり込まれた彼は教室後方の入ってすぐの空席に座らされ、原稿用紙3枚を突き付けられていた。反省文だ。
「窓割っただけだよ? そんなに怒る?」
「当たり前だ」
「えー」
早朝、中等部の男子生徒ら数名に交じって野球をしていたという。それも野球コートではない場所で。ノリにノって思い切りバットをスイングし、第3体育館のそばの倉庫の窓を割ったそうだ。朝練をしていたバレー部から苦情が寄せられ、バレたのだと。なるほど、問題児だ。城ケ崎は昨日の恩もあることだし、一度は挨拶をする気でいたが、関わらないでいようと決めた。石動と違ってめんどくさいタイプのようだから。めんどくさいのは嫌いだ。
上阪は30代半ばで、体育教師のような元気さを持っているように見えるが、灰色男の相手をしているせいか顔に疲労が見える。おつかれーなんてミヤモトに投げかけられ、青筋を立てている。おつかれさんだ、本当に。小さく手を合わせておく。
「あれ? 昨日の少年じゃん。おはよう」
ぶうたれていた彼はチラッとこちらを見ると、顔を綻ばせた。見つかった。
(目敏すぎだろ)
ひらひらと振られる手に振り返してやる義務は全くないが、挨拶はせねばならない。そんな責任のような重圧を感じて、仕方なく席を立った。
「編入生、城ケ崎礼伊」
「礼伊ね。俺は2年の宮本證。よろしくー」
初っ端から下の名前で呼び捨てし、やりたい放題に見える先輩。彼の印象はおそらく顔から始まる。近づかずともわかっていたことだが、彼の顔面はべらぼうに良かった。良すぎるほどに。デカい形をしているくせに小顔で、鼻筋はずいぶんきれいだ。髪色と同じまつ毛の長さや量といったらない。女子はたいそう羨ましがることだろう。キラキラオーラが飛びまくっていて、正直サングラスをかけたい。誰か偏光板を2枚くれ。
城ケ崎の宮本への好感度はどんどん下がっていく一方だが、周りは違うらしい。目を輝かせたり、頬を赤らめたり、城ケ崎に羨望のまなざしを向けたり。先ほど感じたプレッシャーは彼らから送られたもののようだ。丘に似たようなことをしたことは忘れて、腕をさすった。やはり世の中顔なのかもしれない。顔さえ良ければ問題児でも人が集まるのだ。
(爆ぜろ、クソが)
城ケ崎の顔に凶悪な色が浮かぶ。
上阪が宮本に反省文を書くよう念を押してから、授業が始まる。石動は呆れて早々に授業に集中する。もちろん城ケ崎も。なぜか自分の教室に戻らない宮本は反省文と格闘していたが、飽きたのか近くの生徒に問題の解き方を教えている。さながら塾のチューターだ。
(早く帰れよ。授業受けろよ、不良)
「数学ってさ、たくさん解き方があるじゃん?」
突然、宮本が語り出した。ピンと伸ばした人差し指が長く、自分のと比較して嫌になる。
(何言い出すんだ、この人)
「たくさんの絡まった糸からいろんな糸口を見つけて、答えを探していく。そうすると意外な道があったりする」
彼は一歩一歩城ケ崎のほうへ足を進める。道徳の授業でも始めたいのか、数学の授業を妨害する。上阪は胃のあたりを押さえ、ポケットから出した錠剤を口に放り込んだ。胃薬だろうか。
「問題に隠していたことがバレる。見つけてほしくなかった簡単な解き方で解かれるなんていうこともある。出題者にとって起きてほしくないことは容易に起こりうる」
なんとなく、自分の中を覗き見られているような不安が城ケ崎を襲う。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだとは言うが、宮本の心情を推し量ることはできない。囲いこまれているような、四面楚歌な自分を想像してしまう。
「だから地道に解法を探すなり覚えるなりして勉強するんだ。頑張ってね、後輩諸君」
彼が城ケ崎の後ろに立つ。今は関係ないはずの、考えないようにしていたことが頭によぎる。自室に置いてきた......。彼のせいだ。
「礼伊。わかんないことあったら何でも言ってね。学校のこととか、......昨日のこととか」
耳元でささやかれ、冷たいものを感じる。ヒュッと何かが落ちる気がした。
「じゃ、はいこれ先生。ここ置いとくね。バイバーイ」
反省文を石動に押し付けて軽やかな足取りで教室を出る彼にクラスメイト達は名残惜しそうだが、城ケ崎はホッとして胸をなでおろす。
安心しきった彼は石動が自分を見ていることに気づかなかった。
***
放課後
石動と帰ることになって正門まで行ったら、先輩と鉢合わせした件。
なんでだよ。関わりたくなかったのに、反省文の書き直しで呼び出された先輩なんて。
昼休み、放送で上阪の怒号が学校中に響き渡った。宮本は
原稿用紙1枚目に、ご
原稿用紙2枚目に、め
原稿用紙3枚目に、んネ
と書いたらしい。それも原稿用紙一面に大きく。それは誰でもキレる。上阪にもキレられて放課後までに反省文5枚だという。ちゃんと書いたのか疑問であるが、そう思うまでもなくおそらく書いていないのだろう。上阪の疲れ切った顔が簡単に想像できる。
「一緒に帰ろうか、礼伊」
「嫌だ」
「龍也とは帰るのに?」
『なんでー?』とケラケラ笑いながらついてくる先輩がウザくて敵わない。
「いや、悪いが城ケ崎、今日は3人で帰る。もともと先輩と帰る約束だったからな」
宮本側に立った石動から援護射撃が来る。予想外の裏切りだった。
(なら俺は1人で帰る)
石動の困った様子と彼らの会話を聞いてニタニタ笑っているヤツと帰りたくない。しかしそう思って歩き出した城ケ崎の肩を石動がつかむ。逃がしてはくれないようだ。
「だめだ。アンタには手伝ってもらいたいことがある」
「ええー 俺の拒否権は?」
「ない」
「あ、そっすか」
もしかすると石動は割と俺様タイプなのかもしれない。城ケ崎には結構ショックだった。なお、この間、宮本は腹を抱えて笑っていた。城ケ崎の内心はお見通しのようだ。
「で? 手伝ってほしいことって?」
諦めて、二人に従うことにした城ケ崎だった。賢明な判断であろう。
「「人形探し」」
2人の声がそろう。
「昨日さ、礼伊、邪神に遭ったでしょ。一般人の中では君って大丈夫なほうだし。人形探しを手伝ってほしいんだよ。今ウチ、動ける人がいなくてさぁ」
「危険なことはさせないし、戦闘は自分たちがする。報酬も弾む。だから、頼む」
自販機で水を買いながら上から目線でものを言う宮本に従うのは気が引けるが、誠実に頼んでくる石動を無視したくない。人形探しは嫌だけれども。
「君たち何がいい? 好きに選びな」
五百円玉を城ケ崎に手渡して宮本が一歩後ろへ下がる。石動が嫌々宮本についていくのがわかる気がする。問題児ではあるけれども、こういう部分が人を惹きつけるのだろう。石動とともにグレープ味の炭酸を2本購入し、釣銭を財布殿に返す。
(人形探し......)
どうすればいいのか。
城ケ崎の心はすでに決まっていた。
(俺は)
「わかった。いいぜ。手伝ってやる」
宮本の口端がゆるく上がる。石動がジュースを一気飲みする。その数舜数舜が城ケ崎の目に映り、拳を握る。
友達は大事にしたい。少なくとも、自分から友達を裏切るマネはしたくない。たとえ相手が裏切ろうとも。
『お前なんか、大嫌いだ! ずっと恨み続けてやる! ずっと! ずっと......僕の前から、消えて、くれよ......』
たとえ相手に憎悪の念を抱かれようとも。
(俺は友達を選ぶ)
城ケ崎はそういう人間だった。
設定
宮本證
・白っぽい灰髪、淡く薄い灰色の目は自前。
・身長は190㎝。成長中
将棋とはイントネーションが違います
***
原稿用紙1枚目 ご
2枚目 め
3枚目 ん
4枚目 ね
5枚目 !
上阪「宮本ォォォ!!」