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COIN―裏街道と交錯する道々―  作者: 五番
第1章 始揺
3/30

3.編入先にて


pipipipipi pipipipipi pipip


午前6時。スマホのアラームが薄明るい部屋に響き渡る。


「もう朝かよ。...行きたくねぇな、学校」

そんなこと、叔父は許してくれないか。



 少年の名前は 城ケ崎(じょがさき)礼伊(れい)。1か月前、交通事故で両親を亡くし、母の弟の佐野さの真哉しんやに引き取られた。彼は東京でサラリーマンをしているらしく、城ケ崎は遠くの田舎から東京へ引っ越すことになった。そのため、進学する予定だった地元の高校ではなく、東京の学校に編入する流れとなったのだ。

 ちなみに、家はそこそこ良いマンションで一人暮らしである。叔父は金持ちの家の人間だと聞いた。



 桐ノ谷学園(きりのたにがくえん)。桐ノ谷地区でも名門校であり、国内屈指の実力派の学校でもある。学業・スポーツ・芸術等多岐にわたって多くの優秀な人材を世に送り出している。初等部・中等部・高等部に分かれ、それぞれの教育に熱を入れており、将来の人脈目当てで入学する者もいるとか。裕福な家庭が必ず入学できるわけではなく、貧乏な家庭でも奨学金制度が充実しているため入学することができるらしい。『優秀な人材を遊ばせておくなんてもったいない、とにかく若いうちに磨きまくって世界へ出そう!』というのが学校の方針だという。


 そしてそこは、今日から城ケ崎が通う学校である。

 彼はもともと勉強がそれなりにできていたため受かったと思いたいが、コネかもしれない。というのも叔父が『理事長と知り合いだから、編入は大丈夫だ。安心しろ』と全く安心できないことを言ってきたからだ。裏口入学でないことを祈るばかりだ。



自室の本棚を見る。そこにあるモノ。昨日の男の言葉。


「......行くか」


首を振って自分に言い聞かせる。忘れるように。考えないように。



***


 学校に着いて、校長室に案内される。桐ノ谷学園は初等部900名、中等部720名、高等部720名を抱える大きな学校のためか、広い敷地に校舎がたくさん建てられている。日本中から子どもが集まると言っても過言ではないこの学校は、自由を謳い、児童・生徒がのびのびと成長できる環境を提供している。正門からまっすぐ進むと創立記念の樹があり、その奥の立派な校舎を本館といって、校長室や理事長室、総合職員室、応接室などが入っている。


 校長室に入ると教員が二人と女子生徒が一人いた。校長だというむさくるしい加齢臭のする(気がする)中年が渡利わたり、国語科古文担当教師だという気怠げな男が古部ふるべと名乗る。


 女子生徒は、柴田しばた雛菊ひなぎくという。城ケ崎のクラスメイトだが、入学式から今日まで家の事情とやらで登校できていなかったらしい。


(こいつ......)


 城ケ崎が入室すると同時に肩を跳ねさせていた。そして瞬きの回数がいささか多い。青白い顔色で、辺りをうかがう様子が小心者のそれだった。彼女の姿は城ケ崎の嫌うところではないが、妙な苛立ちは感じていた。ムッと眉をひそめ、城ケ崎はみるみる不機嫌になる。


「クラスは古部先生が担任の高等部1年C組だから。みんなくれぐれも問題は起こさないでね。頼んだよ」

「よろしく~」

「よろしく」

「よ、よろしくお願いします」


 順に、渡利、古部、城ケ崎、柴田だ。

 挨拶のために顔を上げた柴田は、青白い肌をいっそう白くさせて震えていた。人見知りなのかもしれない。城ケ崎には彼女が体調不良の病院患者に見えた。




 担任に待っていろと言われて教室の前に二人で立つ。癖なのかしきりに横髪を触ったり口にくわえたり、柴田は忙しそうだ。横目に見ながら若干の嫌悪を覚えるが、もちろん口に出したりはしない。人間関係をうまく保つと決めたから。悪化させるような発言はタブーだ。


(汚ねぇから食うな、そんなもん)


それでもやっぱり内心は悪態をついてしまう。


「おはよう~。ホームルームはじめるぞ~。席につけ~」

「起立! 礼! おはようございます!」

「「「「「「「おはようございます!」」」」」」」

「着席!」


 古部ののんびりした声に対してキビキビとした声が響き、このクラスの委員長は少し神経質そうだ、という印象を抱く。眼鏡を中指の第一関節で上げているところから、偏見だが、相当なガリ勉君と推測する。釣り目がキラリと光ったかと思うと目が合った。


(うわー 関わりたくねー)


 どこに行っても人は人だ。多種多様な個性とは言うが、果たしてかぶることはないのだろうか。いやある。反語。耳が全人口違っていたとしても、人格や性質は似ていてもおかしくはない。そしてそうそう自分を受け入れてくれる人はいないのかもしれない。要するに、委員長のキツそうな雰囲気は苦手だ。


「遅れていた新入生と編入生を紹介するな~。入ってこい~」


 少し緊張しながら教室の扉を開け、ゆっくり足を踏み出して入室する。生徒の好奇の視線が体にグサグサと刺さって痛いが、平然を装って教卓横に立つ。柴田はやはり大勢に注目されることが苦手なのか、下を向いている。スカートを握る拳が白い。


 担任に黒板に名前を書くよう指示され、言われた通りにする。腹のデカいのんびりした彼だが、行き過ぎると癇に障る。いちいち語尾を緩く伸ばすあたりにイラっとするのはなぜだろうか。


「編入生、城ケ崎礼伊。よろしく」

「えと、あの、し、し、柴田雛菊です... よ、よろしくお願いします!」


 オドオドしないで堂々としていればいいのに、と思わずにはいられない。クスッと笑うクラスメイトが少数。泣きそうな彼女の旋毛だけは上を向いていた。


(上を向ぅいて、あぁるこおぉぉ)


「あ」

あ?

「あ」


 静かだった空間に、突然、音が一つ。一瞬威圧さされたのかとドキッとしたが、声の聞こえてきた方向を見ると、昨日会ったばかりの少年がいた。さっきまでついていたらしい頬杖から小さく顔を上げ、目を見開いている。おかげで城ケ崎は彼と同じ反応をしてしまった。


「お前、同じ学校だったのか」

「どんな偶然だ」

「ほんとだよ」


2人そろっておかしな笑いがこみあげてくる。


「なんだ~? イスルギと知り合いか~? なら城ケ崎はあいつの隣の席な~。柴田は、廊下側の空いてる席な~。じゃあ、解散~」

「起立! 礼! ありがとうございました!」

「「「「「ありがとうございました!」」」」」




 席は窓側の後ろだった。黒板に向かって左が城ケ崎で、右がイスルギだ。教室の端の特等席を手に入れた彼は、柴田や古部に抱いていた苛立ちはすべて吹っ飛んでいた。単純にラッキーとしか思っていない、いわゆる単細胞である。


 机同士は間に隙間があり、小学校のように隣の机がくっついているなんてことはなかった。そもそもクラス全体に等間隔で配置されているため、隣の席という感覚がイマイチだ。だがしかし、隣であることに変わりはない。早速イスルギに話しかけられた。自分からはなかなか声をかけられないチキンなのだ、彼は。


「昨日ぶりだな。自分は石動いするぎ龍也りゅうや。よろしく」

「ああ、よろしく」


 昨日は暗くてよく見えていなかったが、まじまじと観察して脳内にメモする。黒髪のツンツン頭が特徴的なスポーツ系男子。一重の切れ長の目が涼しそうだ。少しばかり無愛想だが編入生に話しかけてくれるところから、割といいヤツなのかもしれない。城ケ崎は初めて気の合いそうな、なおかつ仲良くしたいと思える生徒に出会い、テンションが上がった。


「同い年くらいだろうとは思っていたが、同じ学校に同じクラスとは。アンタ、なんで編入なんだ?」

(やっぱり聞かれたか。そりゃ気になるよな)


 高校1年の4月に入学ではなく、編入してきたのだ。よほどの事情があるのか、他人に興味が湧くらしい周りのクラスメイトたちは耳をそばだてている。その中にサカサマの現代文の教科書を眼鏡に押し当てる人物がいた。あからさますぎて、見つけてくださいと言っているようなものだが、城ケ崎はあえて黙っておいてやった。委員長もかわいいところがあるじゃないか。謎に仏の心が出た。


「本当は地元の高校行くつもりだったんだけど家の事情でさ。こっち来ることになったっつーワケ」

「ふーん? ま、そういうこともあるんだろう」


石動は配慮のできるいいヤツだとわかる。これ以上詮索してこないからだ。城ケ崎の目に狂いはなかったことの証明だ。


「チミ! 城ケ崎! 自己紹介! オイラはおか仁真じんま!魔人だ!」


 石動は普通の常識人だとわかる。バカげたことを言わないからだ。魔人など聞いたこともない。邪神ならともかく。石動でさえ呆れた目を向けている。高校生にもなって自分には隠されたチカラが眠っているなどと考えている、頭が中学2年生で止まってしまった連中の端くれだろう。そうアタリをつけた城ケ崎の目は据わっていた。


「あそう。すげーな」

「だろっ」


 すごいと思うのは本当だ。丘が話し出した途端、周りにいたクラスメイト全員が引いていった。鼻高々な丘は気づけないんだろうな。かわいそうなヤツだ。憐みの視線だけでも恵んでやろうと、仁王立ちする彼に顔を向けた。



のは一瞬だった。丘に興味を失った城ケ崎は首をくるっと回転させると石動に向き直る。


「それはそうと、」


昨日先輩って言ってた人は誰だ? と石動に聞こうとしたところで一限目を知らせるチャイムが鳴る。石動も丘も席に着きだして授業に向かう姿勢に入る。石動と友達になれるチャンスを奪った張本人を強く睨んで、城ケ崎も席に着いた。悪寒がした丘はさぞかし怖かったことだろう。城ケ崎は少々、女々しくネチッこいのだ。


(丘のせいで時間が無くなったじゃないか。どーしてくれんだ、アイツ)

先輩と呼んでいたからにはあの男もこの学校にいるのだろうと思ったのに。


 丘に悪態をついて始まった最初の授業の科目は英語だった。城ケ崎の苦手な教科だ。しかし時間は過ぎるもので、まじめな顔で課題を解く石動を横目に見たり、空を眺めたりしているうちにいつの間にか授業は終了した。内容はまったく頭に入ってこなかった。そしてさあ再開しようかと石動の方向に体の向きを変えたとき。


「ミヤモトショウギィーーーー!!!」


廊下中に野太い声が木霊して、石動の眉間にシワが寄った。








設定


城ケ崎礼伊

・死んだ目

・身長:175㎝

・服装はだらしない。制服をかなり乱して着ている。


石動龍也

・黒髪ツンツン頭

・身長:175㎝

・一人称「自分」、二人称「アンタ/お前」。

・ほとんどの目上の人には敬語を使う。多分


柴田雛菊

・かわいいが、ド陰キャすぎて人が寄ってこない。

・セミロング

・身長:159㎝

・青白い顔で挙動不審。

・極度の人見知り、あがり症


丘仁真

・バカ

・身長:172㎝


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