第九話
長編作品の合間に書いてます。
本日完結予定です。
最後まで読んで頂けると幸いです。
小さな灯りが見える。
暗がりの中、目が覚めた。
頭がぼぉっとする。
目が覚めたその時には、自分が何処かに攫われたのだとすぐに気が付いた。
シオラはその身体を、勢い良く起き上がらせる。
「急に起き上がらない方が良いですよ」
そこにいたのは、髪を纏めた1人の女性だった。
「あなた誰ですか!? 何故こんなことを!?」
「手荒な真似をしてすみません。私の名はペティ。シオラ様… あなたが必要なのです」
「必要? 初対面なのに必要? 急にそんなこと言われても困るわっ! ん? てか何で名前… 」
「あなたをずっと探しておりました。あなたはレディカル家の実の子ではないのです。身に覚えはありませんか? 途中から綺麗な装いをさせられ、不自由なく暮らせたことを… 」
「な… にを言っているの? いきなり何をそんな… 」
(綺麗な装い… 私は生まれた時から… あれ? 何だろ… )
シオラの頭の中の糸が、キィンと張るような気がした。
「確かに… うっすらだけど記憶はある。でもそれは私が絵を描く事に夢中になって、汚れた服を着ていたからっ… 私は間違いなく、レディカル家の者です! もしも、血が繋がってなかったとしてもっ… 」
(あれ? 血が繋がってない… ? やばい… 記憶が曖昧だ… 何だろうこの違和感… )
「そのうち… いや、すぐにわかります。あなた様のその血が重要なのです。あなたは魔の血筋であり、その持つ力は魔力を帯びています」
「あ? え? ななななっにを言ってるんですか!? 本当にっ!? コワイッ!」
突然の事に、シオラは鳥の肌になった。
「日常を生きる中、普通の人とは違うと感じた事はございませんか? もしくは、うまくできないことなど… 」
「そんなの… 」
(心当たりがありまくりだわ!)
「ないですっ!」
「… そうですか… 嘘が下手ですね」
(くっ… バレてる)
「調べさせてもらったところ、メイドの職に就いているのにも関わらず、あまりそれらが得意では無いのでは? それなのに、一度も手に怪我をしたことがない。そうではございませんか?」
「… 確かに、不器用だけど、包丁でも… 縫い物やミシンの時も… 血を見たことがない」
「それはあなた自身が ’その手’ を守っているからです。そう無意識のうちに」
「私のこの手を? 意識なんてしたことないけど?」
シオラは、何の変哲もない自分の手を見ながら言った。
「ではらいつから絵を描いていないですか?」
「絵? 絵なんて… ずっと描いてないけど… ? たまたま描く機会がなかっただけで… それがどうかしたの?」
「では、今から試してみましょうか? あなたのそのお力を、自身で確認して頂きましょう」
するとペティは少し後ろに下がると、おもむろに腕を伸ばした。
そこには大きな布が掛かっていた。
その布を大きく引っ張る。
そして引いた布の後ろから、大きなキャンパスが現れた。
ペティが筆と絵の具を、シオラの前に差し出す。
「では、こちらに何か描いてみて下さい。すぐに答えがわかります」
「お断りします。そんな怪しい言葉にのこのこと… 」
「ふぅ… あまりこういう手は使いたくなかったのですが… 」
すると、彼女は何か光る物をシオラへと見せつけた。
「描いて頂けないのなら、こちらを引きちぎります。とても… 大切な物なのでは?」
(えっ!? あれは! いつの間に!)
それは、エルからもらったネックレスであった。
「… わかった」
そして、言われるがままその筆を取り、その大きなキャンパスに小さくうさぎの絵を描いた。
すると、その線がみるみるうちに膨らみ、キャンパスから1匹のウサギが出てきたのだ。
「う、嘘でしょ… 何これ… どうなっ… 」
そのウサギはぴょんと跳ねながら、シオラの方へとゆっくり近づいて来た。
シオラ自身も驚きのあまり、たじろいだ。
その光景と自身の手が恐ろしくなり、その筆を床に落とす。
「ね? 言った通りでしょう? ふふふ、あなたのその手には偉大な魔力が備わっている。あなたは魔女の血筋ですから。そう、最後のね… 」
「信じ… られない… だって今までそんな事… 」
すると、少しずつ過去の記憶が頭の中に流れ込んできた。
断片的ではあったが、幼き頃に地面や壁に描いていた落書きから、不思議な光景が出てきた。
「そんな… 本当に… 」
シオラは動揺が込み上げてきた。
しかし、すぐに頭を切り替えた。
「それで? 私をどうするつもり?」
「どうするも何も… その力を存分に使わないようにして頂きたい… 私達のためにも」
「ん? ちょっと待って!? 使わせるんじゃなくて、使わせたくないの!?」
ペティはコクッと頷く。
「えぇと… でも今使わせたわよね? たった今ここで」
「それは、その力を認識してもらい、無闇に使わないようにして頂く為に仕方なくでしたので」
「うぅん… よくわからないけど… あっ! でもさっき買っちゃったんだ! お絵描きセット! ん? もしかして、だから? だからこのタイミング… だった?」
「えぇ、あなたの本当のお母様やお婆様もそうやって生きてきたのですから… あなたのその力を狙… 」
「生きてきた? わけわからんっ! 会ったこともないような… そんな… 本当は利用されてきたの間違いじゃないの? バカバカしい… 帰るっ!」
しかし、踵を返すシオラの前を囲んでいた男達が阻む。
「おっと… それは困ります。もう少しお話を… 」
「帰るっ… 」
「はぁ… 仕方ありませんね? 言ったでしょう? これがどうなってもいい… ん?」
「ん? どれの事? これの事?」
そのキラリと光るネックレスは、既に元の持ち主の首元に戻っていた。
そう、シオラの首元に。
「い、いつの間に… 」
ペティがその手にあるはずの、ペンダントが無くなっていた事に驚いて言った。
「ありがとね! 私がこんな能力持ってた事、わざわざ教えてくれて。ほら、この子が私に運んでくれたの。ちょっとばかし、手癖が悪かったみたいだけど」
シオラの肩には、手をひらひらとしながら笑っている小さな猿がいた。
「猿!? いつの間に描いたんですか!?」
ペティがキャンパスを見た。
すると端っこが破られているのを発見した。
「あら? 描き手に似たのかしら?」
シオラも同じ様に、その紙をひらひらとさせながら言う。
そして、シオラはさらにその紙にあるものを描いた。
するとその紙から、大きな真っ白い虎が飛び出てきた。
シオラはその虎に飛び乗ると、その動物は威嚇をする様に彼女達に吠えた。
「二度と会いに来ないでね。さようなら」
その場から颯爽と逃げたシオラ。
肩には猿を、膝にはウサギを乗せて。
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外に出ると、辺りは既に真っ暗であった。
ここがどこなのかはわからないが、遠くに見える宮殿を目指してとにかく急いだ。
大きな虎に乗っていたこともあり、人の居ない道を選んだ。
王宮近くまで行くと、ポツポツと雨が降り出した。
程なくして、それはさらに大粒の雨となり、シオラの描いた動物達はその場に色だけを残して消えた。
王宮に着く頃には、シオラの身体はびしょびしょになっていた。
(あぁ… 遅くなっちゃたよね… こんな状態で城の中に入ったら怒られないかな? ゔぅ… 寒い… )
しかし、どうすることもできなかったため、とりあえず王宮内へと足を進めたシオラ。
その姿を発見した門番が、急いで誰かを呼びに行った。
すぐにその人物は来た。
いつもとは違う冷静さなど微塵もないその表情に、シオラは涙を溢した。
その姿に、エルの腕に力が入る。
優しく、そして温かいその腕が冷えた身体を抱きしめたのだ。
「エ… ル様… お召し物が濡れてしまいます」
「関係ない… 無事で良かった」
「ご心配をおかけして申し訳ございません… 」
「シオラ… あぁ、本当に良かっ… 」
「エル様… 私… わたっし… レディカル家のっ… 本当の娘じゃなかったんですっ!! うわぁぁあんっ!」
号泣するシオラに、圧倒されるエル。
動揺しながらも聞く。
「何があった? あ、いや先に着替えた方が良いな。さぁ… 」
そう促され、部屋へと戻った。
湯浴みをして温まった後、着替えていると部屋を叩く音がした。
すぐに着替えを済ませると、シオラを手伝ってくれた王宮メイドが扉を開けた。
エルは心配で、ずっと部屋の外で待っていたらしい。
彼は部屋の中に入ると、メイドに温かい物を持って来るようにと言い、人払いをした。
「一体何があった?」
エルは心配そうに、シオラの肩を優しく摩りながら聞く。
シオラは先程の出来事を事細かに説明した。
(シオラが… ? レディカル家の本当の娘ではなかった? 一体どういう事だ?)
「シオラ、よく聞け。シオラは間違いなくレディカル家の娘だ。血が繋がっていようがなかろうが、その育ってきた年月と道は変わらない。もちろん愛情なんてものは言葉にはできないくらいだ。きっとご両親も同じ事を言うだろうし、そう思っているに違いない… 何よりシオラはシオラだからな」
シオラは、抑えきれないその涙を、大きな感情と共に溢した。
彼女自身もその事実に半信半疑ではあったが、どこか納得できる部分もあった。
しかし、まだまだ気持ちに整理がつかないでいた。
「… 家族に会いたいです… 」
エルはその言葉にゆっくり頷くと、シオラの身体を優しく包み込んだ。
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翌日、シオラの元にレディカル家の全員が駆けつけた。
涙を浮かべながら抱き合う家族。
そう ’家族’ なのだ。
その部屋に一家のみを残し、エルは部屋を後にした。
そして、レディカル家は数時間程話し合った。
それはそれは大切な時間を過ごした。
お互いの大切さを再確認するための時間だ。
エルが部屋で待っている最中、従者が随時報告しに来ていた。
部屋の外にいた護衛達によると、最初は啜り泣くような声と共に、話し合う声が聞こえてたという。
しかし程なくしてそれは笑い声となり、そこから終始笑い声しか聞こえなかったとのこと。
それを聞いたエルは微笑むと、従者に命じた。
とびきりの料理を部屋に運ぶようにと。
レディカル家の件で、少し安堵したエル。
そしてある考えに耽っていた。
(シオラの持つその力… もしかしてそれって… 俺がずっと探し求めていたあの絵師… ? しかしシオラが絵を描いているところを、一度も見たことなんかないぞ? いや… 違うな… ’あの時’ から、一度も見ていないだけだ。実際に見たい、この目で)
そして、レディカル家が屋敷へと帰り、その旨を伝えに来たシオラ。
昨日とは打って変わって、すっきりとした顔をしていた。
「エル様、お礼申し上げます。本当にエル様の仰ってた通りでした! 私は私だし、レディカル家の絆はそのまま、何も変わらないって… 家族だからって。ふふ。もうその後はずーっと婚礼の話ばかりしておりました! お父様ったらおかしくて… 」
その瞬間、微笑みの満ちたエルは、愛おしそうにシオラの身体を包み込んだ。
「本当だ。それは揺るがない。俺も同じだから」
「エル様? ふふ。大好きです」
自然と溢れ出たシオラの言葉にエルは驚き、目をまん丸くした。
「… もう一度聞きたい」
「え? あ、あぁ… 改めてそう言われると恥ずか… エル様… 大好きです。愛してます」
そのプラスアルファの言葉に、エルはさらに嬉しくなり、その唇を重ねた。
二人はその幸せそうな顔を見合わせた。
「それで、シオラ… 頼みがあるんだが」
「はい、何でしょう?」
「その… 絵を見たい。シオラが描くその絵を、実際に。もしかしたら、シオラが俺の探していた人かもしれないんだ」
「え? それはどういう意味でしょうか?」
「以前話したのを覚えているか? この世には描いたその絵を現実にするという絵師がいると。それがもし、シオラだとしたら… その絵師が今、俺の目の前にいるというその… 」
エルは、自身の胸が高鳴っていくのがわかった。
「わかりました! あのペティと言う人には、その力を使うなと言われましたが、エル様のためなら! そんなの私の自由ですよね! 別に悪い事に使うわけではないですし! ではっ… 」
そう言うと、真新しいキャンパスの前へと立ったシオラ。
昨日購入しておいたものだ。
筆に絵の具を取る。
そして、何年振りかにその手を動かした。
そう、絵を描くために。
その絵は、エルが見たというあの時の蝶だった。
鮮やかな青い蝶。
その絵の中の蝶は、ぷっくりと浮き上がると、その身をこの世に羽ばたかせた。
その光景に、感銘の気持ちが湧き上がる。
「まさか… 信じられない… 本当にいたなんて… しかもそれが… 」
エルはそう言うと、少し黙り始めた。
その魂のこもった絵を見つめながら。
「まぁ絵が濡れたりすると、消えちゃうんですけどね! えと… 魔女の血筋なんて、やっぱり気味悪いですか?」
シオラは、そんなエルの顔色を伺いながら聞く。
「違うっ! そうではない! 感動で声も出ないんだ。素晴らしいと思って。それに言っただろう? シオラはシオラだと」
そう言いながら、ふっと笑うエル。
「ひとつ聞いていいか?」
「何でしょう?」
「覚えてる範囲でいいんだが、幼い頃俺たちが出会ったあの時計塔で、描いてたものがなんだったか覚えているか?」
「ん? えぇと確か、その時計塔を描いていました。外から見るととても綺麗な装飾で描きたくなったんです。中に入ると見えないから、少し想像も入って描いた気がします。それと、雪… 雪景色に浮かぶ青い蝶。それを描いたかと… ん? エル様?」
エルはこれ以上ないくらい、目を見開いていた。
「あぁ、そうか… あの時見たものは、全てシオラが描いていたものだったのか。真夏に降る雪、塔の中で舞う蝶… おかしいなとは思ってた。そうか。既に出会ってたんだな、その絵師に… 」
「それにしても、何故この魔力を使ってはいけないのでしょう? そこがよくわからないんですよねぇ」
「確かにな。使い方が一番大切かと思うが、シオラがそんな悪事に使うとは思えない… 」
「う〜ん、あとは使い過ぎると、命を削るとか?」
「えっ!? それはマズイ! ダメだ!」
「あ、いやいや! ごめんなさい! 安易な事を口走りました! まだその理由は分かりませんが、それはないと思います。絵を描くと、命が削られるとかそういう感じはしないんです。最近また少し描いて思ったんです。楽しいのはもちろんなんですが、何だか命が溢れてくるような… その絵に命を吹き込むからと言って、吸い取られるという感じではなく… 生命自体の力が増えて流れてくるって言うか… 上手く言えないですけどね!」
「ふっ… そうか… なら、良いんだが」
「うーん… 怖い思いしたので、できれば会いたくないですけど、ペティさんが詳しい事を知ってると思います。やはり、もう一度会って聞くのが一番ですかね?」
「そうだな。急ぎ、その者を探させよう」
(気になる… そのペティという女が言う… 使わせないためという理由が… )
ここまで読んでいただきありがとうございます。
物語はもうすぐ完結です。
他の長編作品も継続で書いてます。
宜しければそちらも読んでいただけると嬉しいです。
また、大変恐れ入りますが、評価等していただけると励みになります。
よろしくお願いします。