第六話
長編作品の合間に書いてます。
短めの連載予定です。
最後まで読んで頂けると幸いです。
先程国王陛下の前で、エルによってある意味公開処刑をされたシオラ。
尋常じゃない汗をかき始めたシオラは、すぐさまその場から逃げ去った。
そして、そのままエルの自室へと駆け込む。
「ハァハァハァハァ… んっんんっ何っなのっ!!? 一体何が起こった!? エル様が一体何をしたかったのか、全っ然わからないっ! てかてか! ここでも ‘ファースト‘ !? その ‘ファースト‘ って一体何なの!? 誰か教えてぇ!!』
シオラはこのもどかしさと、悔しさとどうしようもない感情を発散する為に、そのご本人のベッドへとダイヴした。
「誰かぁぁぁあー教えてよぉぉおー気になって夜も眠れなーーーーっい!」
こともあろうか、本人不在をいいことに行き場のない気持ちを発散し始めたのだ。
「しかも腰に手を回すなんてっ! 変態! エル様のバカッ! あんぽんたん!」
「誰がバカだって? それに俺は変態… ではない… てかあんぽんたんって何だ?」
その気配もない低い声に、毛穴という毛穴から汗が吹き出そうになったシオラ。
慌てて振り向く。
そこには腕を組むエルが、ドアに寄りかかっていた。
「あぁぁ! よしっ危険無し! ふかふか良好! 安全第一っ! あらっ? エル様? いらっしゃってたのですね? ちょうど今、この寝床の安全確認を行っていた所なんです!」
シオラは人差し指をベッドに向けて、苦し紛れの点検という大嘘を付いていた。
「…… それは良かったな」
(いつもそうやって確認しているのか… ?)
「それはそうと、先程の事なのだが… ん? シオラ? それは何だ?」
そう言うエルの言葉に、心当たりがないかの様にシオラは首を傾げた。
「ん? どれですか?」
エルがシオラの髪にそっと手を触れて、ソレを手に取って見せた。
その手には、美しい装飾が型取られた、淡い緑色の髪飾りがあった。
「ん? 何ですか? これ?」
「いや、こっちが聞いてるんだが?」
「綺麗… あっ! もしかしてさっきの… あぁ、なるほど、だからあの時、今度返してくれればいいからって言ってたのか。この事だったのね… でも何故?」
「ん? よくわからないが、誰かに付けてもらったのか?」
「あ、はい。そうなんです。今の今まで髪に付いてたのには、気が付かなかったんですけどね」
すると、少し顔色が変わったエルが、更に問い詰める。
「誰か心当たりはあるのか?」
「恐らくですが… 先程、ミシンの糸を取りに倉庫へと行った時かと。その際に、高い所から物を取ろうとしたら崩れ落ちて来たんです。それらから私を庇って下さった方がいたのですが… 名前は確か… フィン様? 初めてお会いしたのですが、どこかのご貴ぞ… 」
「フィン? フィンに会ったのか!?」
「え? はい… その方はご自身の事を、フィンと名乗っておられましたが… 」
「そうか… 来るのは明日の予定だったはずだが… 」
「そういえば… エル様の事を親しそうに、エルと呼んでおりました。お知り合いですか?」
「あぁ、フィンは俺の… 」
その時、勢いよく扉が開いた。
「エルッ! 久しぶりっ! いやぁ早く着いっ… あっ! シオラ!? さっきぶりだね!」
それは今しがた話していた張本人、フィンであった。
そして、そのまま勢いよくシオラの方に抱きついた。
「ンガッ! フィッフィン様!? お首の傷は、もう宜しいのですか!?」
その行動に驚いたシオラは、その腕をゆっくりと外し、首元の傷を確認した。
「うんっ! 大丈夫だよ! あ、でもまだ少し痛いかな? 触って確認してみる?」
そう言って、フィンはシオラの手を掴み、自分の首元へと誘おうとした。
しかし、その前にフィンの傷に強烈な痛みが走った。
「ここか?」
「いてててっ!! 痛っ痛いよエル! 何するのさ!」
エルがシオラの誘われそうになったその手を抑え、更には反対の手でその傷口をグイッと押しつけていたのだ。
「まぁ擦り傷だろ? 問題ない」
「相変わらずだな、エルは! てか問題大有りだよ、全く!」
頬を膨らますフィンの顔を見て、シオラは思わず吹き出してしまった。
「ブフッ… あ、すす、すいませんっ! 天使が怒ってるみたいで可愛くてつい… 」
「「天使?」」
二人の声が重なった。
「こいつ… 中身は相当な悪魔だぞ? この間だってな、超絶スマイルでボコボコにしてたぞ?」
エルは親指をフィンに向けながら、無表情で告げ口をしていた。
(え? ボコボコに… ? 何を?)
「ちょっと! やめてよ! だってあれはあっちが悪いことしてたんじゃんっ! それを教えてあげてたんだよ?」
「まぁいい、それより来るのが早かったな?」
「うん! 驚かせようと思って! それに… 」
そう言いながら、エルの耳元へと近づくフィン。
「ついに現れたエルの ‘ファースト‘ を早く見たくてさっ」
(ん? なんだ? 内緒話か?)
二人の行動に、首を傾げながら見ていたシオラ。
「あの、フィン様。もしかして先程、わたくしにこの髪飾りをお付けになられました?」
「うん! そうだよ! 今度返してって言ったけど… そうだなぁ、やっぱ返さなくていいや! あげる! 可愛いでしょ?」
「はい、とても綺麗で可愛いです。でもこれ、本当に頂いてしまって宜しいのでしょうか? とても高価な物なんじゃ… 」
「うんいいよ。まるでシオラみたいに可愛いよね」
髪飾りを握ったその手と共に、自身の口元まで運ぶフィン。
少し唇が触れたところで、エルが制して言う。
「おい! シオラは俺のっ………… 」
「ん? 俺の?」
「お、俺の…… 」
(え? エル様、もんのすごい顔が赤くなってますけど? 大丈夫かしら?)
エルは喉から搾り出しながら、続けて言う。
「俺の… たいせ… つな… その… ファ」
「あぁ! そうだったね! エル専属のメイドなんだよね! さっきそう言ってたもん! ね? シオラ」
「はい! まさしくその通りです! お屋敷の時からずっと… と言いましても、ここ数ヶ月前かに雇われたばっかなのですけどね」
(あぁっ! くそっ! 何ですぐに出てこないっ! というか… こいつにとっては、俺はそういう認識止まりなのか… これは早めにきっちり教えてやらんとな… )
「清く素早く正確にをモットーに、日々尽くしております!」
(清く? 素早く? 正確… ? に?)
エルは屋敷生活の日々を思い出していた。
「いや、その事なんだが、今日でメイド職は解雇する」
「…… え? 今何と?」
「解雇だ」
「か、解雇? クビ… ? って事ですか?」
「あぁ、それでなんだが… 」
「ちょちょちょ待って下さいっ! 私がエル様のご期待に添えてない事は、重々承知です! むしろご主人様の方が家事に優れている事は、存分に染みております! しかしですね! いきなり解雇などと、あまりにも酷すぎませんか!? やぁっとこの王宮内にも慣れてきたのにっ!」
「あ、いや、落ち着け。違っ… 」
「こんっのどこが落ち着いてられるってんですか!? 私はメイドになるために養成所まで通って、血みどろになりがらもやっとの思いで卒業しました!」
(血みどろ… それが本当だとしたら、調査ものだが)
「やっとお仕えするご主人様が見つかったと思えば、そのお屋敷では、ご主人様は怖いし、睨むし、足蹴りにされるわ、血反吐を吐きながら、やぁっと極悪非道なご主人に慣れてきたっていうのに!」
(極悪非道… )
その言葉にフィンが、幻滅感満載の目をエルに向けた。
(その目をやめろ)
「いや、そこまではしていな… 」
「それで今更解雇!? 解雇ですって!? だったらこの前辞めようと思った時に、そう言えば良かったじゃないですか!? こんなエリートメイドだらけの王宮にまで連れて来られて、数日でクビ!? 俺にはお前が必要ですって!? んーっもうっ! エル様の鬼! 悪魔!! この思わせぶり王子っ!」
シオラはとんでもなく失礼な暴言をぶちまけた後、部屋から走って出て行ってしまった。
「エル… 思わせぶりな事したの?」
「してない… はず」
(いや、むしろしたいのだが… )
「はぁ… エルの意図はわかるよ? わかるけど、シオラにはちゃんと言い方を選ばないと伝わらないよ?」
「わかっている…… と思う」
「ん? さっきから何だか煮え切らない言い方だね? いつもなら、きっぱりと物事に対して言い切るのに… ん? あれ? もしかして… うーん、困ったね」
「… 少し出てくる。フィン、用意してある部屋で休め」
そう言うと、エルは部屋を後にした。
その後ろ姿に、ひらひらと手を振るフィン。
(ほんと… 困ったなぁ)
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シオラは来ていた。
とてつもなく高く、見晴らしがいい場所に。
そこは国で一番高い時計塔だった。
(鍵が空いてたから… 思わずここに来てしまったけど… 懐かしいな… 何だか落ち着く… )
シオラはこの国を一望出来るその場所で、心を落ち着かせていた。
「… にしてもっ! 酷い! 今だったら容赦無くエル様の絵をヤレるのにっ! … いや、まぁそんな事はしないけど… 」
「されたら、困る… 」
「げっ! エル様!」
「それに、シオラがいなくなられては困る」
「何故ここがお分かりに!?「
「… 幼い頃の話だ」
(え? 急だな… 何の話よ)
「俺は嫌いだった。この王族という身分も。周りにいつも誰かに監視されているような… そんな環境が窮屈で仕方なかった。いつも行動を決められ、一日を歩かされていた」
(まぁ王子だからな)
「最初は作っていた。子供なりに周りの期待を飲み込み、笑顔で自分を作っていた。しかし、次第にそれすらもできなくなり、笑えなくなった。感情が無くなっていくのがわかった。そんな時、この時計塔が目に入った。俺はここに来たんだ。とにかくその場から逃げたくて… 高い場所に行けば逃げられる気がした。そんなわけないのにな… でもいたんだ。ここに… この場所に」
シオラはゴクっと生唾を飲んだ。
「一人の女の子が筆いっぱいに色をつけて、この部屋の壁中に世界を作っていた。自分だけの世界を。その子は言ったよ。 ‘一緒にやろう。私と作ろう‘ って。頬に絵の具が付いてるのを気にせず、満面な笑みで言ったんだ。まだ… 残ってたんだな… 」
エルはそこに描かれていた、薄く掠れている絵をなぞる。
(ん? あれ? それって… )
エルがシオラに歩み寄りながら続ける。
「どこからその少女は来たのかわからない。どこの家の子かもわからない。もちろん、その後に城の者に見つかって死ぬほど怒られた。ふ… それでも俺はその時久しぶりに笑えてたんだ。救われたな。あの時の… シオラに」
そう言ってエルは、シオラの頬を優しく包んだ。
「え… 確かにあれは、苦い思い出の一部… その時にこっぴどく怒られたのも覚えてます。でもエル様…… いました?」
「いたわっ!」
「嘘です嘘です! ちゃぁんと覚えてますよ! あの時男の子といっ…… ん? あの時一緒にいたすんごい… 物凄いおデブの… 男の… 子? ガッ!!! えっ!? あれが!? エル様!? 嘘っ!?」
シオラは驚愕し、両手を口に覆った。
エルは顔を赤くしながら頷いた。
「言えなかった… 言いたくなかった… 気付かれたくもなかった… 俺の最大の暗黒時代を… 」
「エル様っ! もう一度… ふふ… 言いますっ! エル様はエ… ル様ですからっ! ブフッ! あの可愛いマシュマロ坊ちゃんが… フッ… エル… 様だとしてもエル様ですからっ!!「
「おい。無理に堪えるなら、そのまま笑ってくれた方がマシなんだが?」
そして、その言葉に甘えたシオラは、思う存分腹を抱えて笑った。
(自分で言っといて何だが… なんか腹立つな)
「ひぃ… はぁ… 失礼し… ふぅ」
「満足したか?」
息を整えたシオラは、その笑い涙を拭きながら言った。
「はい、とても… そうだ! 解雇の件! 私やっぱり納得できま… 」
「まぁ話を聞け」
「ん? 何です? これ以上、乙女の心をえぐる気ですか?」
「メイド職は、解雇だ。だが、シオラにはそのまま俺の側にいて欲しい。それは変わりない。メイドという名目でなく… その… つ… 」
「ん?」
「つま… 」
「つまり?」
「あ、いや、妻… 」
「はい、つまり何でしょう? いつものようにハッキリきっぱりと仰って下さい! さぁっ!」
「いや、だから… だぁっ! わかった!」
すると、突然シオラの元に詰め寄るエル。
「え… ? な、何を… 」
そしてグッとその顎を上げ、キスをした。
あまりの事に魂を抜かれたシオラは、目をまん丸くしてこれ以上動くことができなかった。
そしてそのまま思考が停止する。
「…… おい。何とか言え」
「…… 」
「お、おい! シオラッ!?」
シオラは茫然としながら、遠くを見つめていた。
その肩を揺さぶるエル。
「おい! 鼻血が出てるぞ! おい! 大丈夫か!?」
その声に、やっと我に返ったシオラ。
「え? … 血? 血… 血ぃっ!! やだ! なんっ… 」
手で鼻元を押さえながら目の前のエルを見た瞬間、先程のキスを思い出してシオラは顔が真っ赤になった。
「アガ、アガガガガッ! エッル様!! なっなっ… 」
「落ち着け… 落ち着いてくれ。頼む。俺が悪かった。言葉にするのが上手くできず、いきなり過ぎた… 」
(そんなやり過ぎたこともない気がするが… どんだけ免疫がないんだ… )
「… 部屋へ戻ろう」
エルは複雑な心境のまま、シオラと共に王宮内へと戻って行った。
シオラを部屋に送るとエルは自室のベッドに腰をかけた。
その髪をクシャッと握ると溜息をついた。
(どう… すればいいんだ? 対処法がわからない… こんな事初めてだ)
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翌日、いつも通り ‘メイド‘ として、朝を迎えたシオラ。
彼女は昨日の事は忘れることにした。
主人の支度をするために、その部屋へと来ていた。
「おはよう御座います… エル様」
「あぁ、おはよう。昨日は… ちゃんと眠れたか?」
「え? あ、はい… それはもう… 」
「そうか。それは良かっ… 」
「それはもう… 全っ然眠れませんでしたっ!」
彼女は昨日の事を忘れる事が出来なかった。
「え?」
「何だったんですか!? ちゃんと説明して下さい! 納得出来るまで、朝ごはん食べさせませんからね!」
「あ、はい… 」
シオラのその形相に、エルは姿勢を正して口を開いた。
「昨日の事は、どこまで覚えてる?」
「全て… です」
「そうか… 全て本当だ。つまり、幼い頃、俺とシオラはあの時計塔で、一度会っているんだ。まぁ… 容姿のこともあって、シオラはアレが俺だったと気が付いていないようだったが… 」
(そりゃそうだ… わかった今でも信じられないもん)
エルは続けた。
「俺も最近思い出したくらいだ。シオラをうちの屋敷に雇ったのは偶然だった。それから接していくうちに、違和感を感じたんだ。そしてシオラから貴族出身と聞いて、何故メイドなどやっているのか気になり少し調べた。そして気が付いた。あの時の少女だったと。俺に… 色を付ける事の楽しさを教えてくれた少女だったと… シオラ、俺はお前が好きだ。あの時からずっと… だからメイドとして雇う事はもう出来ない。その為の ‘ファースト‘ だった。まさかその意味を知らなかったのは、誤算だったがな… もっと早く自分の言葉でこうして伝えれば良かっ… シオラ?」
恥ずかしさで目を背けていたエルが、ふとシオラの顔を見た。
「… るじゃないですか… 」
「え?」
シオラは、感情が入り混じりまくった複雑な表情を向けていた。
「何だその顔は?」
「怒りと恥ずかしさと嬉… しさです! ちゃんと言えるじゃないですか!」
そう言い放つと、おもむろにエルの元へと近づいた。
そしてそのまま、ぎゅむっとエルの頬を顎から掴んだ。
シオラは、彼が王子ということを忘れている。
「こんな立派なお口があるのですから、最初からちゃんと説明す… すれ… 」
カァ…
シオラは急に顔が赤くなった。
その顔を見てニヤッと笑うと、掴まれているシオラの手を外しながら言った。
「ん? 何だ? 思い出して、またして欲しくなっちゃったか?」
ボンッ
ついに顔が沸点まで達した。
「こんっの… ハレンチ王子!」
シオラはその手を振り解き、一目散に逃げ出した。
(キス… した… 私、エル様とキスしたんだ… しかも、すすす好きって!!)
ここまで読んでいただきありがとうございます。
長編作品も継続で書いてます。
宜しければそちらも読んでいただけると嬉しいです。
また、大変恐れ入りますが、評価等していただけると励みになります。
よろしくお願いします。