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第四話

短い連載予定です

最後まで読んで頂けると幸いです。




そして、あの日からさらに数日が経った。


相変わらず、エルは必要な時以外は自室に篭っているようだった。


あの日起こったことは、一度も触れずに今日まで過ごしてきた二人。


そして、その日は破られた。

夕餉の支度をしていたシオラの元に、エルがやって来たのだ。


「シオラ、話がある」


「エル様? 急に如何されました?」


「ここにはもう… 来るな。この屋敷は… 」


「な、何でですかっいきなり! ついにクビですか!? 私は、もうこの家には必要じゃなくなったのですか!?」


「あ、いや、落ち着け。そうではない、この屋… 」


「わかってますっ! わかってますよ! 家事も料理もエル様よりは劣っていることなんて、わかってるんです! それでも毎日工夫をして、一生懸命頑張って… それに! 仰ってたじゃないですか! 側にいてくれて安心するって! もっと一緒にいたいって! なのに酷いです! わかりました! この家にはもう来ません!! 今までお世話になりっましったっ!」


「あ! ちょっと待っ… 」


そのまま部屋へと戻ってしまったシオラ。


それを引き止めようとしたが、陰に控えていたエルの従者から急ぎ報告があった為、その足は止まってしまった。


「ソエルリード様っ! 大変です! 屋敷の崩壊が始まっております! 既に北側の方が傾き始めております! 一刻も早く、必要最低限の荷を運び出さなければなりません! お急ぎを!」


「あ、あぁわかった。急ごう… 」


(とりあえず、そのまま屋敷から出てさえくれれば… 後でちゃんと説明しよう)


エルの思惑通り、シオラを屋敷から出てもらう事に成功していた。


しかし、屋敷の荷の件や進捗状況もあり、シオラへの説明がまだ進んでいなかった。


何も知らずに、追い出されたと勘違いしているシオラは、最低限の荷物を持ち、実家に篭っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


一週間ほど泣き腫らしたシオラは、やっと少し冷静さを取り戻していた。


(あーぁ、酷い顔… どん底だわ… でも… 荷物… 取りに行かないとな… 大切な商売道具… )


そしてその重い足で、ゆっくりと屋敷の方へと向けて進んだ。


やっと屋敷に着いた頃、その姿に大いなる違和感を感じた。


(え… っ!? なんか… 傾いてない!? 一体何が起こっているの!? そういえば… あの時、エル様何か言おうとしてたな… )


ちゃんと話を聞かなかった事に、後悔の念に駆られた。


屋敷の中に、恐る恐る足を踏み入れるシオラ。


閑散としていて何の気配も感じない。


いつもの屋敷内とは違った。


中の荷物がほぼなかったのだ。


「エル様? うーん… もう… 引っ越したのかな… ? やっぱり私… クビになったんだ… 」


絶望が再び蘇ったシオラは、その目から涙がまた浮き出てきた。


しかし、その雫を落とす前に、周りの異様な空気に飲まれた。


すると玄関ホールの方から、聞き覚えのある声が叫び声として聞こえた。


「シオラッ!! 何をしている!? 早く外へ出ろっ!」


「え? ご、ご主人様!? … っあ、もうご主人様では無かったですね… えぇと、私荷物を… 」


「何を言っている! いいから早くっ… 」


するとエルが焦ったような表情で、勢いよく中へと入ってきた。


そして、すぐさまシオラの腕を掴み、屋敷の外へと連れ出した。


その瞬間、バラッバラッという振動と共に、屋根が剥がれ落ちた。


その重みが重力に引き寄せながら屋敷の崩壊が始まったのだ。


二百年の建物が崩れる瞬間だ。


「え… っ!? や、屋敷が… どう言う事ですか!?」


「言うのが遅くなってすまない。この屋敷は、かなり老朽化が進んでいたんだ。だからこの間は… 」


「絵が!! エル様の大事な絵がっ!! 大切な場所がっ… !」


そう言って立ち上がろうとしたシオラの身体を、自身に引き寄せるエル。


「心配ない。既に全て運び出してある。それに他にもアトリエはあるし… 」


「違います!! エル様の… 大切な場所なんですっ! エル様との… それに私にとっても… 私が過ごしたのはここだけです! 初めてお仕えしたこの場所が… 」


「そうだな… しかし、もうここは… 一度完全に取り壊す他ない」


シオラは唇を噛みながら、悔しい気持ちと悲痛な思いで胸が苦しかった。


エルはそんなシオラを見つめながら、ある事を決断していた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


自然崩壊が途中で止まった後は、今度は人の手で壊す事になる。


その間、悲しい気持ちを抱えながらも、その屋敷を最後まで見届けようと毎日足を運んでいたシオラ。


「あぁ、これで本当に事実上の解雇ね… 私、これからどうしたら… いいのかしら… 」


「それはもう王宮へ行くしかないな」


いきなり現れたエルの声と発言に驚いたシオラは、心臓が止まるかと思った。


「エル様! いつもですが、突然現れるのは如何なものかと… え!? 今何とっ!? 王宮って言いました!? へ!? あのエリートメイドしか行けないという!?」


エルはコクっと頷く。


「いやいやいやいやっ! そんなっ! 私なんてとてもじゃないですがっ! 恐れ多いです! 無理ですっ! 無理無理!」


「いや、メイドとしてではなく… 俺にはお前が必要なんだ」


「そんな事仰って! 私がどれほどダメダメかを、エル様が一番お分かりなはず… ん? メイドとしてですよね?」


「俺の方がダメなんだ。お前無しではもう生きて行けないからな」


その真っ直ぐな瞳は、逸らされることはなかった。


「えっ、ちょっ! その言い方まるでプロポ… え… それってどういう… 」


「ん? なんだ? そのままの意味だが? とりあえず行くぞ」


(え? そのままの意味? あれ? 深い意味はないのか?)


エルは有無を言わせず、シオラの肩をギュッと掴むと、そのまま近くにあった馬車へと連れ込んだ。


「えぇっ! 説明不足! 言葉足らずっ!」


王宮への道中、複雑な心境のままシオラは訊ねた。


「エル様、この崩壊の件があったから、私にあんなことを?」


「あぁ、だから屋敷にはもう来るなと伝えたんだ。そのままの意味だったはずだが… シオラがまさか一週間も泣き腫らすとは思ってもいなかった」


(何で泣いてた事知ってるんや… )


「… はぁ… エル様、もっと会話しましょう! 人との会話は結論だけ言っても伝わりません。いくら長年連れ添ったご夫婦でも、人の心は一生分かりませんよ! 神じゃないんですからっ!」


「そう… なのか? 善処しよう」


(本気か? この人… )


シオラは哀れみの表情をし、少し可哀想な人を見る目になった。


「何だその目は… 含みがあるな」


「… いえ。それより、ずっと気になってたのですが」


「ん? 何だ?」


「わざわざ何故あんなに王宮から離れた屋敷に、アトリエを作ったのですか? 王宮の方が設備が整ってますでしょうに」


「それは… 行けばわかる」


「出たっ! 説明不足人間! それですよそれっ!」


「… 行けば… わかる… 」


(はぁ… これは、本当に言いたくないだけなのか… ?)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


そして、王宮に入ってから一週間が経った。

シオラの心は、既に折れそうであった。


‘拝啓 学長様

木々の緑が眩しい今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?

さて、私は今、王宮にいます。

そしてここで、第一王子様の専属メイドとなりました。

この私にやれるでしょうか?‘


「やれるだろ? いつもと何も変わらんからな」


そう言うのは、その主人である本人だった。


(そんなわけあるかい! 厨房も全っ然違うし、どこに何があるかもわからんので! それにここはお、お、きゅ、うっ!)


「か、勝手に人の書いてる手紙を盗み見しないで下さいっ! それにスペシャリストのエース達が、ゴロリンといるのですから、その方達に… 」


シオラは世話になった養成所に送る手紙を、胸元に隠した。


「では食事はどうする? 言ったよな? 俺は自分が作った物か、シオラが作った物しか信用してないと… この間だってな… 」


(まぁメイドではなくとも、俺はいいんだが… )


「そっそれは… そう言われれば、それまでですけど… 」


「それに寝室もちゃんと用意してあるだろう? これ以上何か不満があるのか? あ?」


(なんか、話し方が元に戻ってる気がする… この間のアレは何だったんだ? 夢か? 幻聴か?)


そして、エルが何故わざわざ遠くの屋敷にアトリエを造った理由を、程なくして知る事になる。


エルは第一王子ではあるが、殿下としては六番目。

つまり上に姉が五人いる。


その事実を知った時には、既に事が起きていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


それは、この王宮に来て翌日のことであった。


王宮へと連れて来られた翌朝、腹を括ったシオラは早速メイド服へと着替えた。


そして、まず厨房へと朝ごはんを作ろうと向かった。


しかし、その場はざわついていた。

朝食を作るための忙しさではない、そのざわつきだ。


その場所にいた王宮メイド達は端っこへと追いやられていた。


全員が何か様子を伺いながら、手持ち無沙汰であった。


近くにいたメイドに、シオラが訊ねた。


「あの… エルさ… ソエルリード様の朝食を作りたいのですが… 厨房をお借りしても… 」


「しっ! そのソエルリード様の朝食を今、作られておられるのですよ… 」


(ん? どういうことだ? だってエル様は… )


そう言うメイドの向けた視線の先には、美しい五人の女性がいた。


王宮メイドの言う通り、何やら本当に朝食らしきものを作っているようだった。


「すいません… 私、昨日ここに来たばかりで、何も分からなくて… えっとあの方達は?」


その言葉を聞いて、驚愕するメイド。

周りに聞こえない程度の声でシオラに言う。


「なっ、あなた! まさか… ご存知ないの!? あちらの方々は、この国の五人の王女様達ですよ!? そのくらいちゃんと把握しておきなさいっ! 全く!」


「えっ! 五人の王女様達!? あの方々が!? 初めて見ました! なるほど… すいません勉強不足で… 」


「で? あなたは… え? ん? 何と? ソエルリード様の朝食を作りに… 来た? とそう聞こえましたが?」


シオラは深く頷く。

そのメイドは、さらに驚いた表情をした。


「まっ… まさかっ!! あなたがあの、あ、あの鬼王子… あ、失礼、冷酷なソエルリード様の専属で連れて来られたメイド!?」


(いや、冷酷も中々失礼だぞ?)


「はい… 一応… 今のところはですが」


「悪いことは言わないわ。今日はやめておきなさい… 今、王女様達が作られている、アレこそ、ソエルリード様の朝食です」


「え? 五人で?」


「えぇ、そうです」


「しかし王子は、そんなに食べれないんじゃ… 」


「量ではないんです。アレは戦いなのです。そう、弟君であるソエルリード様の愛情が、どれだけ返ってくるかの女の戦い」


(うわぁ… そんな戦いやだなぁ… てか、返って来るとは到底思えないけど… むしろ、一口も食べないんじゃないかな… )


シオラの予想は、言うまでもなく的中した。


王女達は各々の料理をメイド達に運ぶよう命じ、共に厨房を後にした。


程なくしてシオラも、エルのいる自室へと向かった。


しかしその時には、試合は終わっていたのだ。


結果は全員惨敗である。


シオラは気まずい雰囲気が終わるのを、扉の外で息を潜めて待っていた。


しかし、シオラの気配に気が付いたエルは、その空気を全く読む事なく、呼びつけたのだ。


そして、シオラの持っていたソレを何のことなく食べ始めた。


そう… 五人の王女達の目の前で。


シオラは五人の朝食作りが終わり、姿がいなくなってからすぐに朝食を作っていたのだ。


味はもちろんのこと、見た目も王女様達の方が良かった。


それらを残すのが勿体無いので、後にシオラが全て平らげた事で判明している。

味は見事なまでに絶品だった。


しかし、食べたのはシオラの朝食であった。


そして完食する。


シオラはさらにその身を縮めた。


(うわぁ… せめて… せめて王女様達がいなくなった後に食べて欲しかった… この鈍感王子がっ!)


王女達は非常に驚いた。


(うわぁ… 視線が痛… ん? 痛くない… )


恐る恐る見た王女達の表情は、シオラが思っていたようなものではなかった。


彼女達は驚きの他に、感嘆な表情を浮かべ、その美しい瞳をキラキラとさせていた。


「あなた… すごいわ!」


「この子の口に、何の躊躇もなく運ばせるなんて」


「ソエルの胃袋を掴むほどの腕前って一体… 」


「これは信頼を通り越して… もしかして愛っ!?」


「ねぇ! この子をどうやって手懐けたの!?」


(て、手懐けたって… 犬じゃないんだから… てかエル様がこの子呼ばわりされてる… )


「姉上… シオラは昨日ここに到着したばかりで、まだこの場に慣れておりません。ご質問は俺が受けますから、今はその辺で… 」


しかし王女達は、その辺に出来なかった。


「あらっ! あなた、シオラって言うの!?」


「可愛いお名前っ!」


「なんて呼べばいいかしら?」


「シオラちゃん?」


「やっぱ呼び捨ては、ソエルの特権よね?」



「……… 」



エルは呆れた表情で、言葉も出なかった。

と言うよりは、個性的な性格の持ち主である姉達には、強く言えないようであった。


(もしかして、エル様が遠い屋敷に移動してたのって… )


彼女達の視線は、まだシオラに向けられていた。

もちろん興味と嬉しさの溢れた優しい視線で。


「ねぇ… あの子もしかしてこの間の… 」


「やっぱり!? なんか見覚えがあったのよね!」


「まさかメイドだったなんてっ」


「何でもいいわ! 身分なんて関係なく、常に一緒に居たいと思うほどのこれはもうっ… 」


「ねぇあなたあの時の ‘ファースト‘ の子!?」


一人の王女がついに踏み込んだ。


「え、あ、えと、その… 」


シオラが何て応えていいのか困っていると、エルが横から助けてくれた。


「姉上… その話はまた後でも宜しいでしょうか?」


うんざりした表情で言うエル。


その機嫌を損ねまいと王女達はニコッと笑うと、素直にその場を後にした。


その上品に振る手は、シオラにも向けられた。


シオラは彼女達に、深くお辞儀をして挨拶を返した。


朝食の片付けをした後、シオラはいつものように食後の珈琲をエルに準備していた。


珈琲を嗜むエルを横目に、シオラは思った。


(それにしても殿下とは違うけど、王女様達もそれぞれの目的を持って料理上手になったんだなぁ。エル様は自身の命を守るために、王女様達はたった一人の王子のために… 愛だわぁ… 泣ける… こんな人達がエル様の命を脅かす真似をするわけがない… だからその愛情を知ってほしいし、食べて欲しいな… 何とかしてあの口に放り投げたい… )


シオラはエルの口元を見ながら悶々と考えていた。

その視線に勘違いを受けたエル。


(あ? 何だ? さっきから… ハッ、まさか俺の唇を狙っているのか!? なんて女だ… 仕事中だぞ!?)


しかし、そんな風に思われているのをつゆ知らず、エルが五人の王女達に溺愛されているのがわかったシオラは、ニタァと不気味な笑みを浮かべた。


(あのエル様がねぇ… あんっなに愛されてるなんて… 全然孤独とかじゃないじゃん! 良かった良かった… ん? じゃあ何であんなに性格が捻じ曲がっちまったんだ?)


ここまでがこの王宮に来て一日目の出来事であった。


濃い初日の朝を迎えたがために、シオラの不安と緊張が、その夜疲れとしてどっと現れたのは言うまでもない。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

長編作品の合間に書いてます。

宜しければそちらも読んでいただけると嬉しいです。


また、大変恐れ入りますが、評価等していただけると励みになります。

よろしくお願いします。

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