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第三話

少し長めの短い連載予定です。

最後まで読んで頂けると幸いです。



舞踏会も無事に終わり、数日が経ったある日。


買い物をしに、シオラは王子ことエルと共に城下町へと来ていた。


ここはエル御用達の絵の具屋さんである。

初めてこの場へ連れてきたシオラに、エルが言う。


「場所を覚えとけ。今後買い付けに来てもらう事になるからな。ここへ来る時は、必ず買う色や物と同じ物を持って来るように。違う物を買って来られても困るからな… 」


「なっ… 私、こう見えても小さい頃は、よく絵を描いてたんですよ!? 絵の具の道具くらいっ… わか、りましたご主人様… 」


シオラは少しムッとしたが、そこは王子とわかった今、少し抑えた。


「よろしい」


その返事に、少しニヤッとするエル。


しかし街中の視線が痛かった。

主に女性達の視線が。


王子はいつもの姿であったので、誰も彼であるとは気が付かなかった。


本人は隠しているつもりはないみたいだが。

というかこんなボサボサ頭で、ヨレヨレの服を着ている男を誰も王子だとは思わないだろう。


しかしだ、あの時の唯一ダンス… しかもファーストダンスを踊ったシオラの顔は割れていた。


内緒にできてない、そのボリュームの内緒話が聞こえる。


「あの子が王子のお相手!?」


「え? メイド? メイドよね? あれ」


「やはり、雇われて踊らされたのよ」


「王子は誰とも結婚する気がないという噂よ? だから仕方なくダンスの相手を雇ったのね!」


「可哀想な子ねぇ」


「それにドレスも変だったわ」


「どこからかのお古って聞いたわよ?」


シオラは顔が真っ赤になりながら、いたたまれない気持ちになった。


(悔しい… 本当の事だけど… )


「どうした? 顔色が良くないぞ? あ、良いのか? 赤いからな? 腹が減ったのか?」


(あんったのせいだよ! このおたんこなすが! 無意味に私を選ぶな!)


「まぁ、用は済んだからな、何か食べ… 」


シオラは無礼と分かりながらも、エルの袖を強く引っ張った。


その手は少し震えていた。

しかしそれは、武者震いであったのだ。


(この思いはアレで晴らす!)


「エル様… コネを使うようで申し訳ないのですが… お願いがございます」


その願いを聞き入れたエルはふっと笑うと、すぐに屋敷へ戻ると言った。


その道中、ある者が彼へと近づいて来たのだ。

そして、その者に何か伝えた。


屋敷へ戻ると、少し身なりの良い衛兵らしき者が扉近くに立っていた。


そして何やら分厚い封筒を渡して来た。


「ほら、約束の物だ」


「えっ!? ま、まさか先程の… え? もう来たのですか!? 早!! 早すぎません!? もしかして… 前から用意し… 」


「まぁいい… さっさとどれか作れ。腹ぺこだ」


(この人、お腹の空いた時の表現だけ、なんか可愛いんだよな… )


しかしシオラは目を輝かせながら、その封筒を早速開けた。


中にはぎっしりと、料理のレシピが書いてあったのだ。


そう、それは昨夜のご馳走で出たレシピ全てだった。


シオラはこのレシピを、王宮から取り寄せられないかとお願いをしていたのだ。


あの時は驚きと動揺で覚えようにもほぼ味がしなかったのだ。


そして、もちろんエルは先読みをしていた。

彼はこのレシピを知りたいとシオラが言い出すと思い、以前から用意をしていた。


(はぁ… エル様はやはりすごい… 私はこれに身を挺す!)


「よしっ! 作るぞ!」


意気込んだシオラは、その中から何点か選ぶと、早速作り始めた。


すると、後ろから突然声がする。


「それはこうじゃないか? あと、あれ、茹ですぎ」


「あ、え、すいません! すぐに作り直しま… 」


するとエルの手が、それを止めるように重なる。


「こっちは俺がやるから。シオラはそれを切ってくれ」


「え、あ、でも… 」


「いいから、焦げるぞ?」


「はい… では、お願いします」


その手際の良さに、シオラは圧倒された。

それに加え、レシピ通りの正確さが表れていた。


「シオラは料理が一番下手だからな。何でレシピ通りにやってこうなるんだ? 逆に教えて欲しいくらいだ」


「なっ! これでも少しは上… 達… して」


シオラは怒る気が失せた。


何故なら、彼のその顔が言葉とは裏腹に笑っていたからだ。

屈託なく笑う笑顔に、怒る言葉も消える。


料理を終え、食卓へと運ぶ。

エルがいつもの席に腰を下ろした。

そして、変わらずいつもと同じように、その近くで立って見守るシオラ。


「ん? 何をしている? シオラも座れ」


「あ、いえ、私はエル様が頂いた後にで… 」


「良いから。これからは一緒に食べるぞ」


「え? 一緒に? はい… では失礼して… 」


(こいつ… 昨日の ‘ファースト‘ の意味をわかっていないのか?)


そうして二人は、共に食事をとることになった。


「はぁ〜ん! 美味ですぅ!」


「変な声を出すな」


「あ、すいません。つい… あまりにも美味しくて。本当にエル様は、お料理が上手ですね!」


「お料理 ‘も‘ だ」


「ふふ、そうですね! 料理もでした」


シオラは何だか嬉しく思った。




食事を終えて、ひと段落したエルはソファで座っていた。


食後の珈琲を差し出すシオラ。


「それにしてもエル様は、王宮でお育ちになられたのなら、料理なんて作る機会などなかったのではないですか? なのに何故こんなにもお上手なのです?」


「それは… 王子だからだ」


「え? 王子だから? 逆では?」


「いや… 王子である以上、命を狙われる機会が多いからこそだ。一番狙われるのが、食事だからな… 一度死にかけた」


「し、死にかけた!?」


(王宮… なんて恐ろしい場所)


「あぁ、あの時は本当に苦しくて… 死ぬかと思った。それからだ、自分の口にするものは自分で作ろうと思ったのは」


「そうでしたか… ん? あれ? でも私の作った料理は最初っから食べてました… よね? 怪しむこともなく… 」


「あぁ、それは… 見るからに怪しかったからな。今までのメイドには毒味させてから食べてたが… シオラのは ’アレ’ は毒なんてもんではなく、食事自体から醸し出されていた。そういう物体には逆に入ってないからな。大抵は美味そうで、何も疑うことのないような食事に入ってい… あ? 何で睨んでる?」


「酷いです! ぶ、物体って言った! 今! そう言いましたよね!? 頑張って作った料理を! 物体って!」


「いや、アレはどう見ても物体だったろう? というか、初回にあんなもの出すなよ? 普通なら即クビもんだったぞ? あの物体は! それをこの優しい俺が目を瞑っ… 」


「あーー! また言いましたね! 物体って! 禁句にして下さい! 二度とそう言わないように!」


「いやいやいや、俺の指摘があったからこそ、努力して今食べれるようなブッ… 」


その口をシオラが抑える。


「シオ、ラ! やめっ」


「失礼! つい!」


(ついっていう強さじゃなかったぞ!?)


少し倒れるように身をずらすエル。

その目にかかっていた髪の毛から、瞳が見えた。


「エル様? 髪の毛お切りにならないのですか? 折角の美しいお顔が、隠れては勿体ないです。あ、もしかして、これも命を狙われないための策ですか?」


「あぁ… これは… この顔面を世間に晒すと、女が寄って来過ぎて大変だからな」


「……… 」


「あ? 何だ? その目は?」


(この人、素で言ってるのか?)


「左様… でございますか。それは何より何より」


「なんか言い方に棘があるな? まぁいい、それより退いてくれないか? 重い」


「おっ… 重い!? それは失礼致しましったっ!!」


(確かにここに来てから、美味しい物たくさん食べてるけど… 酷い)


「ふ、ふふふふふ、本当に、ふふ」


「なっ、何笑ってるんですか!?」


「本当に面白いな。反応がいちいち面白い」


「そうやって! おちょくるのは良くないですよっ! 仕事に戻りま… うわっ!」


その瞬間、エルがシオラの腕を掴み引き寄せた。


「そうだ、この前のお仕置き… 思いついたぞ」


そう言いながらシオラを包み込むように、後ろから抱きしめる。


「んな!」


「身動きを取れなくする刑だ。だから仕事が滞って困るだろう?」


(これがお仕置き? 心臓を破壊する刑?)


「耐え抜きます」


シオラは顔を真っ赤にしながら、言葉通り耐えた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


そして、それから数日が経ち、城下町にある絵の具屋へとお使いを頼まれたシオラ。


(出来れば、まだ外を出歩きたくなかったんだけど… 仕方ない! これも仕事だ! 割り切る!)


一方、いつもの如く部屋で絵を描いていたエル。

ふとある物が目に入った。


(あいつっ! 絵の具屋に行く時は、買う物をこっちから持ってけって言ったのに!)


そして、その忘れ去られた空色の絵の具を持って、エルはシオラの後を追った。


何の気も知らないシオラは、ノコノコと城下町へと繰り出していた。


絵の具屋の看板が見えて来た所で気が付くシオラ。


(あ… 買う色の絵の具の容器、持って来るの忘れた… 怒られる… えぇと、まぁ絵の具の色くらい見れば思い出すかな? へへへ)


そう思いながら、そのまま足を進めて行った。


すると、目の前に煌びやかなワンピースを纏った女性数名が、シオラの足を止めて来た。


「ご、ごきげんよう」


シオラは恐る恐る挨拶をした。


彼女達の睨む表情が、突き刺さる。


「貴方が? 何故?」


「え… 」


「何で貴方なの? どーせ、雇われ人形なんでしょ? ソエルリード様に頼まれて金で雇われた、踊り子か何か?」


(ソエルリード?)


ドンッとその言葉と一緒に、身体を押されたシオラ。


(こわ… こっわ!! 女子怖!!)


「ソエルリード様? って誰ですか? あ、えぇと私は… 」


「貴方、何をとぼけているの? それに ‘ファースト‘ の意味わかってらっしゃる? 本来ならお受けしてはならないのよ? 嘘の ‘ファースト‘ を見せつけられた人達はどうなるの? 本気の想いを持った女性達に、どう詫びるおつもり?」


(本気の想い… その人達には申し訳ないけど… )


「あの… 先程から仰っている ‘ファースト‘ の意味とは?」


「はぁ? なんっも知らないような子に… 」


(歯軋りがすごいな… )


「それに貴方、この間、違う殿方と歩いていたわよね?」


(あぁ、あれはその ‘ご本人‘ ですからね)


すると、横にいた女性達も食い気味に身を乗り出した。


「わたくしも先週、違う男性と腕を組んで、お買い物を嗜んでいるのをお見かけしましたわよ?」


(ん? それは嘘だな… だってあれ以来外出てないし)


「えっ!? 私もですわよ? 一昨日、楽しそうに違う男性とテラスでお食事してたのをお見かけしました!」


(はい、それも嘘。一昨日もずっと屋敷にいたから。それに、ずーっと本物と一緒にいたから… なのでそれ、嘘ですから… )


「それは本当か?」


突如後ろから、いつもの声が聞こえた。

そう、いつも一緒にいる彼の声が。

シオラは驚き、勢いよく振り向いた。


「ご主人様!?」


「御令嬢方。突然失礼する。しかし、その話は誠か? 知らない男とうちの使用人が、仲睦まじくいるところを見たというのは?」


「はい、もちろんですわ!」


「そうか… それはおかしい話だな? 先週も一昨日もずっとうちの使用人は、家にいたはずだ。俺とな」


令嬢達が動揺する。


(あーあ、すぐバレる嘘なんて付くからぁ)


シオラは死んだ魚のような目をしていた。

同情のかけらもない。


「し、しかし、この間、この絵の具屋のまさにここで見ましたわよ! 一緒に歩いていました! 殿方と! あまりお見かけしない方でしたわ!」


「あぁ、それは本当だな。それは俺だから」


「ほっほら! もしこの事が王子にでも知られたら… 」


「それは ‘王子本人‘ であれば、問題にはならないという事だな?」


「え?」


すると、エルはその鬱陶しい前髪を掻き分けて見せた。


その美しい顔面を。


それを見るや否や、彼女達の顔色はみるみるうちに変わっていった。


ついでにシオラの顔色も変わった。


「ソ、ソエルリード様!?」


彼女達のあまりの声の大きさに、周りの者も流石に気が付いた。


(えっ!? ソエルリード様!? エル様が!? どういうこと!?)


しかしその瞬間、エルはシオラの腕を力強く引っ張り屋敷の方へと走って行った。


走りながらシオラは言う。


「ちょっ! エル様!? なんて事を!? あんな公共の場でお顔なんて晒したら、絵の具屋に、いや、街にはもう簡単に行けなくなりますよ!?」


「フッフフフフフフ… フハッ」


「んなっ、何を笑っているんですか!?」


「全くだ! おかしすぎる! 見たかっ!? あの女達の顔… フフフフッ簡単には行けないな! あの顔を思い出してしまうからなっ! 行くたびに笑いを抑えられる自信がない!」


「違っ! そう言う事じゃなーい!」


「そうだな、絵の具屋には… 仕方がない、屋敷に定期的に届けてもらおう。実に残念だ。あの絵の具屋の、充満した香りがもう簡単には嗅ぎに行けなくなったなんて、残念だ」


(変態… )


屋敷に着くと、息を切らせたエルにシオラが水を持って来た。


「はぁー久しぶりに走った!」


「久しぶりに笑ったのお間違いでは?」


「ん? そうか? 意外と笑わせてもらっているぞ? シオラにな?』


(笑い者にされてたんか… ?)


「エル様? 先程の女性達は、ソエルリード様という名を口にしておりました。でもエル様はエルディア様ですよね? まさかこの名も違うのですか?」


「ん? いや、両方本当だが?」


「え? どういうことですか?」


「あぁ、まぁそのうちわかる」


(あまり話したくないのかな?)


「そうですか。それと、御令嬢の方が ‘ファースト‘ の意味を知らないのかと、聞いてきました。何ですか?

その ‘ファースト‘ って」


(本当に知らなかったのか… )


「それについても… まぁ時が来たら話す」


(何か隠し事が多いな… まぁ王族だから、民にはあまり口外できないことが多いだけか… )


「それにしてもなんか… エル様変わりましたね」


「何だ急に」


「あっ、いえ! 悪い意味ではなく… 最初出会った頃は、誰も近くに寄らせたくない雰囲気で… 意図も伝わらない横暴な人で… 寂しいのに寂しいも言えない… それに髪もボサボサだし、身につけている者もまるで浮浪者みたいで。一緒にいるのが苦痛でした」


「いや、それ悪口も入ってないか? しかも身なりは今も継続中だぞ?」


「あ、失礼! でも… 今はなんか… 安心してます! 屋敷に存在を感じるだけで… ご主人様の事を考えて家事をしたり、お食事を作ったりしてるからでしょうか?」


「それは… 俺も上手くは言えないが… それに変わったと言えばシオラもだぞ?」


「私? ですか? 確かに料理も家事も上手く… 」


「そこは上達してもらわなきゃむしろ困る。そうではなく… 俺への接し方だ」


「え? そうですか? 確かに少し馴れ馴れし… 」


「そうじゃない… 感… 謝… してる… んだ」


(うっうっわぁーーー! どした!? 顔真っ赤だよ!? 慣れない事して褒めたから顔真っ赤だよ!?)


「ふふ、ありがとうございます。それで? その感謝とは? 具体的にどのような事に、どういった感じで感謝しているのでしょうか?」


珍しい物をもっと噛み締めたいと思うシオラは、突き進んだ。


「そ、れは… 毎日飽きない。見ていて飽きないし、笑わせてくれる。俺も側にシオラがいてくれてるというだけで、安心するし… そうやって目が離せなくなって… あの時と同じ… 」


エルは、その瞳をじっと見つめた。


(ん? あれ? なんか… )


シオラの心臓の鼓動が、違うものへと変わっていく。


音が弾む。


何かが大きく突き動かされる。


「もっと… 一緒にいたいと思うようになって、誰にも渡したくないと欲張りにもなって… それに… 」


だんだんとその足が、シオラへと近づく。


「それに… 先程の他の男性との話が嘘であって、とても安心している自分がいる。もう… 認めざるを得ない。俺は… 」


「だっ!!」


その声にエルはビクッとして、その動きを止めた。


「エル様! お立場を… 貴方様には大切なお立場があります。この国の頂きに立つという大事な… 私などを… ダメです。何かの気の迷いでしょう。今までろくに他人と… 接して来なかったからでは? これからはもっと色んな人に目を向けっ… 」


シオラの言葉を制するように、エルが力強くその身体を抱きしめる。


「目を向けてきた。でも… それでもダメだった。やはりシオラじゃないと… それを再確認したんだ。あの時… からずっと… 」


(あの… 時?)


「えっと… エ、エル様? その… あの時というのは… 」


すると、突然エルがその身を離した。


二人とも顔が鬼ほど真っ赤になっていた。


「え… ? えー!? エル様お顔が真っ赤です! 照れ過ぎではありませんか!? あの時って何なんです!? いつの時です!? ちゃんと説明… を… 」


「シ… オラの方こそっ… 赤いぞ! … っ! 先急ぎすぎた今日はもう休む!」


(まだ昼過ぎですけど… )


もちろん彼はこの後、眠れない夜を過ごすことになった。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

長編作品の合間に書いてます。

宜しければそちらも読んでいただけると嬉しいです。


また、大変恐れ入りますが、評価等していただけると励みになります。

よろしくお願いします。


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