第二話
久しぶりの短編連載です。
最後まで読んで頂けると幸いです。
ご主人様の本当の名を聞き出したその夜。
珍しく就寝前に、シオラの部屋の扉からノックの音が聞こえた。
「エル様? 如何なされました? 何かご不備でも… 」
「あ、いや… 何だ… 少しいいか?」
そう言うエルを、シオラは自室へと招き入れた。
「その… さっきの事だが… すまなかった。メイド業を侮辱したつもりはなかったんだ。ただ… 以前少し揉めたことがあってな… それで人と距離を取ってるうちに、言葉の選択を上手くできなくなってしまったんだ… 」
「そうだったんですね… 」
「シオラ… その、いつも助かっている。俺の態度を受け入れてくれているのかはわからないが… 嫌気をさしてそれまでのメイド達は、一週間も経たずに出て行ってしまってたからな」
その言葉に、シオラは開いた口が塞がらなかった。
(自覚… あったんかっ!)
「あ? 何だその顔は?」
「いいいいえっ! 超絶珍しい物を見た気がしたので! あ! いえ、すいません! 口が滑りました!」
「はぁ… だろうな… 」
「それに… 私もすみませんでした。頭に血が登ったとはいえ、大切なご主人様の絵を汚すような真似をしました。間一髪でしたが… それに、確かに言いつけを破ったのは、この私です… 何なりと罰でもお仕置きでもお受けします」
「…………… 仕置きか… 考えておこう」
(何その間。怖いんですけど)
シオラが変な汗をかきそうになっていると、エルがふと口を開いた。
「シオラ、知っているか? この世には、描いたその絵を現実にするという絵師がいる。俺はその絵師に会いたい。本当にいるのであれば… だがな」
「絵師ですか? その絵師は、魔法使いか何かなんですか?
」
「わからないが… そうなのかもしれないな」
「本当にいるのであれば、是非会ってみたいですね。それで、会って何か描いてもらいたい物でもあるんですか?」
「あぁ」
「何です何です?」
「… 秘密だ」
「えぇ! 教えて下さいよぉ」
二人の仲が少し進んだ夜。
エルはある記憶を少しずつ思い出してた。
そして翌朝、朝食後に珈琲を嗜んでいるエルに、シオラが訊ねた。
「あの、一つお聞きしてもよろしいですか?」
「なんだ?」
「エル様は、家事をメイド以上にこなせますよね? お料理だってとてもお上手。一人でなら何不自由なく暮らせるのでは? なのに、何故メイドたる者を雇っているのですか?」
「まぁ、確かに一人でも不自由ないが… ある日気が付いたんだ。キャンパスに集中している時は、確かに静かな方がいい。しかし、ふと我に返ると… 静か過ぎるんだ。辺りには人の気配もしない。本当に一人になってしまったかのように… 」
「あら? それは… つまり、寂しいということでしょうか?」
「さっ寂っ… ? 俺が… 寂しい… ? あぁ… うん、そうだな、寂しいのか… ? 何かしら人の気配は欲しい… のかもな… それに、ん? なんだ?」
シオラがニタニタと笑う顔をしていたがために、不思議に見るエル。
「あ、いえ、エル様が素直になられているなと。ふふ」
エルは少し頬を染めたが、すぐにご主人モードに切り替えた。
「それよりシオラ! あの洗濯物はなんだ!? ちゃんと絵の具が落ちてないじゃないか!」
「あ、バレ… すいません。気を付けます!」
「今バレたって言おうとしたな!? それに色落ちして他の服にも移ってるぞ!」
「申し訳ござっ… と言いますか、この際言わせて頂きますが、エル様ももう少し、お召し物に気を遣われながら、絵を描く努力をしてみてはいかがでしょうか!?」
「なっ! 主人に向かって口答えするのか!? あと、今朝の朝食にもだな! 卵の殻が入ってたぞ? いつになったら上達するんだ!?」
「たっ、確かに上達は、凄まじく遅いかもしれません! でも… そんなこと言っていつも… どんなに美味しくなくとも、必ず全て平らげてくださいますよね? ふっ」
少し揶揄うように言うシオラ。
照れながらも睨みを利かせてエルは言い返した。
「食材に罪はないからな。もう少し大事に使え。皮なんて、何であんなに分厚く剥いているんだ!? ほぼ身が残ってないし、それにっ… 」
その後も小一時間程、エルの説教は続いた。
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そして、さらに月日は流れ、ある日お休みをもらっていたシオラ。
鼻歌を存分に吹き鳴らしていた。
なぜならその手には、お小遣いを握りしめているからだ。
今、シオラはお祭りで賑わっている城下町へと来ていた。
ご主人様はというと、今日は何やら昼間からお出かけになるらしい。
なので、シオラも暇をもらっていたのだ。
(ご主人様も、今日はこのパレード絡みで何か用があるのかしら?)
シオラは出店を周りながら、ルンルン気分で買い物を楽しんでいた。
今日はこの城下町にて、あるお祝いを込めたパレードが始まるらしい。
所々で、女性達の噂話が飛び交っていた。
「今日は、この国の第一王子ソエルリード様のご誕生祭らしいわよ」
「近々、王太子妃候補を見つけるための舞踏会も開かれるとか?」
「でもまぁもちろん、貴族令嬢のみしか招待されないようだから、私達には関係ないけど」
(確かこの国唯一の王子… 盛大なお誕生日ねぇ)
その話し声に軽く耳を傾けたが、すぐにお祭り気分へとシオラは切り替えて大いに楽しんだ。
思いっきし羽を伸ばしたシオラは、日が暮れる直前に屋敷へ戻った。
(ふぅ! 食べた食べた… 食べすぎたか。エル様はまだ帰ってきてないのか… )
夕食を作って待っていると、扉の音が聞こえた。
「お帰りなさいませご主人様。遅くなられたんですね、ご夕食がで… ん?」
シオラがエルに少し近づき、その匂いを嗅ぐ。
「ん? なんだ?」
「エル様、なんだか華やかな香りが致します」
「そうか?」
「はっ! まさか!? は〜ん、それならそうと仰って頂ければ… もう少し、お帰りが遅くてもよろしかったのに!」
「シオラ? さっきから何を… 」
「いえ! みなまでは聞きませんので! メイドとして余計な詮索は致しません! ではお食事は摂られたので?」
(一体何を言っているんだ?)
そう思いながらもエルは応えた。
「あ、いや、ほぼ食べれなかったからな。ぺこぺこだ。とりあえず腹に入れば何でもいい。用意してくれ」
(朝から忙しくてそれどころじゃなかったからな… 疲れた… )
(そんなに夢中になる女性が!? ふふふ、頑張れ! エル様!)
勝手に恋の応援をし出したシオラ。
しかもエルの方が、追いかけているという設定にしていた。
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それから一週間後。
ある手紙がシオラの元へと届いた。
それを握りしめるなり、シオラはある決断をしていた。
そして、その為にエルの元へと何やら交渉をしに来ていた。
「あのぅ、エル様、ご相談があるのですが」
「なんだ?」
「暫くの間、お暇を頂きたいのですが… 」
「どういう事だ?」
少し怪訝な顔をしながら、エルは聞き返した。
「はい… 夕方には来れるとは思いますが、昼間は屋敷に来ることが難しくなります… なので、代わりの者を養成所から… 」
「嫌だ、断る」
「あ、え? 嫌だ? しかし、代わりの者は私より仕事ができるゆえ… 」
「シオラ以外は嫌だと言っている。理由はなんだ? 給金か? 足りないならもっと… 」
「あ、いやいやいや! お給金は私には勿体無いくらいのお値段を頂いておりますので、そこは問題ございません。実は、一ヶ月程先に王宮で開かれる舞踏会へ出るための準備をさせて頂きたいのです」
「舞踏会に? シオラがか? あれは貴族の令嬢にしか招待状を送ってないはず… 」
その招待状を手元に出すシオラ。
「え? 何故シオラの元に?」
「私、意外かも知れませんが、一応子爵家の生まれなんです。舞踏会なんて出たくなかったのですが… 家庭の面目もありますので、この度出席することになりました。それで、所作やダンスのレッスンを昼間にやるべく、メイドの仕事を夕方からのみ、もしくは他の者に代わっ… て… 」
その言葉に、エルがさらに怪訝な顔をする。
(あぁ、やっぱり意外よねー。それにしても何でそんなに他の者を嫌がるのかしら? 私以上にできる人なんてゴロゴロいるのに)
すると、エルから意外な言葉が出た。
「それなら… ここでやればいい」
「え? ここで?」
「そうだ。メイドの仕事は夕方からでいい。そこは特に問題ない。だから、とりあえず他の者はよこさなくていい」
「えっ!? ちょっちょっと待って下さい! そのレッスンは誰がつけて下さ… え… まさか… 」
「あぁ、まさかと言う言葉の意味はよくわからないが、俺しかいないだろ? 俺の屋敷だからな。俺が教える」
「えぇぇぇ!? ちょっ! エル様が!? 所作は確かに完璧に出来そうですが、ダンスは!? ダンスは出来るのですか!?」
「当たり前だ! 俺を誰だと… 覚悟しろよ? みっちり教えてやるからな? 弱音を吐くなよ? 夕方からはメイドの仕事もするんだ。いいな?」
「はい… よ、よろしくお願いします」
(悪魔か… 大魔王か… 地獄の入り口が見える)
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こうして、その直後からレッスンは始まった。
何度も背中が攣った。
何故なら姿勢の矯正を徹底的に直されたからである。
常に頭の上に重い本を乗せられ歩かされた。
常にだ。
家事をする時もである。
そんな必死に喰らいつくシオラを見て、エルは思った。
(そもそも何故子爵家の娘がメイドなんか… 少し調べさせるか)
そして、地獄以上の地獄を見ること一ヶ月。
ついに舞踏会前日になった。
「明日は俺も朝から用事がある。だから、屋敷には来なくていいが… まぁ… なんだ… 本番はコケるなよ」
エルの言葉に、ニコッと笑うシオラ。
(エル様、素直じゃない)
「ありがとうございます。私も今夜から実家へと帰らせて頂きますので。今日まで、ご指導ありがとうございました」
夕刻、シオラは仕事を終えて屋敷を出た。
屋敷から家までの三分の一程の所まで来て、ある事に気が付いた。
(あ、忘れ物した)
そう思い、道を引き返した。
屋敷へ戻ると、外からでも明かりが点いていない事がわかった。
(ん? おかしいな… 明かりが全く点いてない)
そのまま、持っていた合鍵で玄関のドアの鍵を開けた。
屋敷中が真っ暗であった。
(ん? エル様もう寝たのかな?)
忘れ物を素早く取りに行き、一階への階段に足をかけた。
しかし、屋敷の気配があまりにも無い事が気になったシオラは、入るなと言われていた部屋へと近づいた。
そっと扉を開ける。
(暗い… やはりもう寝… ん? これは… )
その暗闇の中で、一つだけ目に見えた物があった。
それは光っていた。
暗闇の中で、キャンパス上の絵が光っていたのだ。
「綺麗… 女の人? 素敵… 本当、器用なんだなぁ… でもここにあった絵って確か… あ… 」
(まずい! こんなとこ見つかったら、今度こそクビだ! 二度はないぞ!)
そう思い、シオラはそそくさと部屋から静かに出ると、屋敷を後にした。
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そして、舞踏会当日の夕刻。
自宅で身支度を整えたシオラは、頼んでいた馬車に乗り込み宮殿へと向かった。
王宮に近づくにつれて、馬車の進みが悪くなっていた。
馬車渋滞だ。
シオラは自分の家の馬車ではないので、止められる所が遠い。
身分も子爵家で、その低さも関係していた。
高い身分から、宮殿の近さの駐車が決まっていくのだ。
(はぁ、しょうがない歩くか… 遅れそうだな… )
シオラが会場に着く頃には、既に参加者で溢れ返っていた。
(激混みじゃん… てかあんなに練習したけど… 実際のところ、踊る機会なんて巡ってくるのかしら? 誰にも誘われないとか… あり得過ぎる… まぁいいか、私の今日の目的はあのご馳走の味を覚えて、エル様に振る舞う! できるだけ食べないと! そうよ! これもエル様の為よ! うんうん!)
そう思い、舞踏会が始まるのを料理の近くで待つシオラ。
会場が静まり返ると、上の方にある大きな扉から国王陛下を筆頭に、続々と王族達が入ってきた。
そして、国王や殿下達の挨拶が始まる。
(国王陛下の顔は見たことあるけど… 第一王子の顔は見たことないな… ほとんど表に出ないみたいだし… それにここからだと遠すぎて見えない)
挨拶が終わると、まずファーストダンスを主役である第一王子が踊る。
その後、他の殿下達や上の身分のそれぞれがパートナーとなる者と踊るのだ。
第一王子が立ち上がり、相手を選ぶ為にフロアへと降り立った。
王子は、普段人前に出る事がほとんど無かった。
人前に出る時でさえ、目元に仮面を付けていたという。
しかし今回はこの特別な日に、ついにその仮面を外し、顔面を曝していたのだ。
その姿は、誰もが目を引くほどのものだった。
そして、そんな王子が選ぶ相手だ。
既に決まっているものだと思っている人々は、その足の向かう先を瞬きをするのも忘れ、目で追っていた。
(さすがにもう決まっているだろうし… その人が王太子妃候補か… )
シオラも王子の行き先を目で追った。
席から人々の元へと、近づいている足音が聞こえてくる。
それと共に会場中の視線が近づくのも感じた。
その足音と何百人もの視線が、ある人物の前で止まった。
そう、シオラの目の元に。
「え… ?」
「シオラ・レディカル嬢。私と一曲お願いできませんか?」
(え? えぇぇぇぇえええ!?)
「わ、わた、私ですか?」
コクっと頷く王子。
「は… い… 喜んで… ?」
シオラは頭が真っ白になり、考える余裕もなかった。
(何で私!? えっ!? どういうこと!?)
シオラは心臓の爆音と共に、ダンスの構えをした。
耳元で王子が囁く。
「落ち着け。大丈夫だ」
(え? この声… )
シオラは、何故かその声に落ち着きをもらえた。
そう、いつものダンスの時と比べ違和感が ‘無い‘ のだ。
練習通りステップを踏む。
いや、練習と全く同じステップを踏んだ。
順調にこなしていると、ある事に気が付く。
(この匂い… まさか… )
音楽がいつの間にか止まっていた。
ダンスが終わったのだ。
お互い礼をすると、シオラは何かを確認しようと王子の顔をまじまじと見た。
(髪型がキマり過ぎてて、いまいち判断が… )
しかし王子は無表情のまま、席へと戻っていた。
茫然としたまま立ち尽くすシオラ。
今度は、違う意味で鼓動が爆音と化していた。
(まずい… でももし、本当にそうだとしたら… )
シオラは他の人の視線なんて気にする余裕もなく、無心にご馳走を頬張った。
味のしないその料理を、最後の晩餐と思いながら。
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そして、その足ですぐにエルのいるはずの屋敷へと戻った。
今日は舞踏会だから来なくてもいいと言われていたが、彼女の心臓がそうさせてくれなかったのだ。
(確かめないと! そして、土下座でもなんでもして命だけは… )
屋敷に着くと、やはり真っ暗で人の気配はしなかった。
シオラは急いでメイド服へと着替え、ご主人の帰りを待った。
夜遅くに扉の開く音がすると、急いでその元へと向かった。
「お帰りなさいませ、エル様!」
その形相に、エルが驚いた顔で言う。
「何だ? 今日は来なくていいと… 」
するとシオラは、おもむろにご主人の匂いを嗅ぐ。
華やかな香水の匂いだ。
「やはり! エル様! 貴方様が… この国の第一王子だったのですね!? 何故仰ってくれなかったのですか!!」
「ん? 何だ急に? 聞かれなかったからだが?」
「き、聞かれなかったから?」
「あぁ、そうだ。別に隠してたわけでは無い。言ってたら何か変わったか?」
「え!? いや! だって私、エル様に、あんなことやこんな事を… 」
「ん? 王子だと知っていたら、やらなかったとでも?」
「だ、だって… 反逆は打首… とかですよね?」
「は? そんなことするわけなかろう。それにシオラが言ったんだぞ? 名を偽ってた時に。ご主人様はご主人様なのでって。俺は俺だろ? 違うか?」
「うっ… 違わないです… しかしっ… 」
(だから、名前を名乗れなかったのか… あれ? でも王子の名前って確か… )
「あぁ、それとだ。何だあの趣味の悪いドレスは? 誰が選んだ? 全っ然似合ってなかったぞ!?」
「あっ、あれはっ! うちは子爵家でも特にお金が無く… 支給して頂いたドレスを… 」
「弟が病弱なんだよな? その為にシオラが働きに出たのも知っている。家では家事を全てこなしていたこともあり、その腕を活かせるメイドに就いた事も知っている。活かせているかは別だが… 」
(全部知られている… ん? 今毒を吐かれた気がするけど… )
「しかし俺が与えている給料は、かなり高い方だと思うが… それを使おうとは思わなかったのか?」
「思いません! 全く! 私の身なりなんかより、弟の命や家族の暮らしの方が大切ですから」
「… そうか。それなら今後、俺がシオラに使うなら問題ないな?」
「え? あ、はい。それは問題ございませんが… エル様が私なんかに… ?」
「ふっ、わかった。今日はもう遅い。早く休め」
「え? あ、おやすみな… さいませ… 」
(あれ? 今までの無礼は、お咎め無しでいいのかしら? え? ん? いいの?)
ここまで読んでいただきありがとうございます。
長編作品の合間に書いてます。
宜しければそちらも読んでいただけると嬉しいです。
また、大変恐れ入りますが、評価等していただけると励みになります。
よろしくお願いします。