第十話
長編作品の合間に書いてます。
今夜完結予定です。
最後まで読んで頂けると幸いです。
こうして事情を知る唯一の人物、ペティを探し始めたエル。
しかし、中々事は進まずにいた。
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そのまま半年の時が過ぎた。
そしてついに、国民へのお披露目の日が間近となった。
そう、第一王子であるソエルリードこと、エルの婚約者のお披露目だ。
この日の為に、あれやこれやと言われながら準備を進めてきたシオラ。
もちろん既にメイド業は辞めてはいたが、相変わらず厨房と工房には通っていた。
厨房にはエルの食事を作るのはもちろんこと、お披露目会に出すための料理の打ち合わせに足を運んでいた。
そして工房には、ミレーを筆頭に、お披露目用のドレスを仕立て上げる為にであった。
そんな中、そのお披露目会がついに2日後と迫っていた。
(はぁ… 長かった… いやぁまさかお披露目会ごとき、あ、ごときなんて言ったら失礼ね。こんなに準備が大変だったなんて… 結婚式の時は、一体どうなるのかしら… )
シオラは、考えるだけでゾッとした。
そしてそんな彼女は今、城下町へと赴いていた。
もちろん何人かの護衛を引き連れている。
お披露目によって大々的に顔が知られるその前に、自由に街を回りたかったのだ。
その格好は、王宮メイド仕様を着用している。
今、国中はお祭り騒ぎで、色んな出店やら芸者などで大変賑わっていた。
(楽しいっ… これ全て、私達のお披露目の為のものなのよね… 規模が大きくて、何だか申し訳ない… )
そうしみじみと感じながらも、街の雰囲気を楽しんでいたシオラ。
時が経つにつれ、人の流れが増えてきた。
(うーん、そろそろ帰るか… その前に… )
そう思い、最後にエル御用達の絵の具家にへと行こうと考えた。
その旨を伝える為、護衛のいる方へと振り向いた。
(え… ? あれ?)
そう思いシオラは近くを見渡した。
しかしいないのだ。
今さっきまで側にいた護衛たちの姿が一人もいない。
シオラの顔は少し青くなった。
しかしすぐに頭を切り替えた。
(またやっちゃった感じ? … 以前もあったよな、こんな事… まぁ大丈夫か… 絵の具屋さん、すぐそこだからその中に入れば安全だし)
そう思い、シオラは絵の具屋の方へと足を進める事にした。
遠くの方で、誰かが呟く。
「あぁ… やっと見つけた」
絵の具家の前に来たシオラは、肩を落としていた。
その店の扉の張り紙を見たがために、がっかりしていたのだ。
(お休み… )
すると、その隣で同じように張り紙を凝視している青年がいた。
その青年が言う。
「あ、今日はやってないみたいですね? ソエルリード殿下の婚約披露のこの期間は、お休みって事ですかね?」
「おそらく、そうかもしれませんね」
(ごめん… 青年よ… )
シオラがそう思いながら応えると、その青年は困ったように顎を指で摩った。
「困ったなぁ… あ、筆が壊れちゃって、絵がまだ途中だったから… 」
「そうだったんですね。この辺で、他に筆を取り扱っているお店ってあるんですかね?」
シオラがそう聞くと、その青年はわからないくらいの表情で、少しニヤリとして言った。
「そういえば… 街の外れに、もうひとつ心当たりがあるんですよね… もし良かったら、一緒に行ってみませんか?」
(え? 今から? 一緒に? この人と? 何!? 新手のナンパか何かかしら?)
シオラは、思い違いをしていた。
「素敵な筆があるという場所を知ってるんです。ん? どうかしましたか?」
「あっいえっ! 私、少し連れと逸れてしまって… えぇと、なので探さないと! では!」
そう言い、その場から立ち去ろうとした瞬間、その青年は言った。
「それは大変だ! 1人じゃ危ないから、一緒に探しましょう! ね! その合間に、その筆だけ見に行きましょう? そんな遠くないですから!」
キラキラと光るその美しい瞳を、シオラに向けながら言った。
(無駄にイケメン… )
「あ、いえ… 大丈… 」
しかし半ば強引に、その青年はシオラの腕を引っ張ると、その筆があるという方へと足を進めた。
(あんたの方が怪しいよっ)
怪しい、いけない、危ないと思いながらも、ついてきてしまったシオラ。
その理由は、その筆にあった。
(翡翠で出来た筆… 興味ある… そしてエル様にも見せてあげたい)
青年が言うには、その場所には珍しい筆があるという。
それは売り物ではないらしいが、手にする事は出来るそうだ。
その筆は世にも珍しく、翡翠でできているとのこと。
美しい緑色を放っているというその筆がそこにある。
そんな誘い文句について来てしまった彼女は、非常に危うい。
「そう、シオラって言うの? 僕はライラン。ライって呼んでね?」
その青年は、ニコニコとしながらその名を名乗った。
「あ、あの、その筆を見たら、私はすぐに連れの者を探しに… 」
「うんうん! 大丈夫! 約束ね!」
(はぁ… 何だか悪いことしてる気分… )
シオラは罪悪感でいっぱいだった。
程なく歩いていると、その先には大きな岩が立ちはだかっていた。
その場所の前まで来ると、ライランは足を止めた。
「ん? まさか… え? これ?」
(こんな所に岩なんてあった?)
シオラはその高さに驚いた。
ライランを見る。
その言葉に、ライランはニコリとしながら頷いた。
「え? その筆ってお店とかにあるんじゃないんですか?』
「え? 僕、 ’お店’ って言ったっけ?」
「言っ… てないです… 」
(なんか騙された感、満載なんですけど… )
シオラは、訝しい目をライランに向けた。
「あのっ! 私、やっぱり帰… っ!?」
すると次の瞬間、ライランのその手は、シオラの腰を強く抱えた。
「だぁめっ! ほら、これを見せたいんじゃないの? 愛するソエルリード様に」
「え!? なっ、何でそれをっ!?」
(こいつ… 何者?)
そうしてそのままグイッと身体を抑え込まれたまま、シオラは身動きが取れないでいた。
「いいの? あと少しだよ? ここまで来たのにいいの?」
シオラは、その言葉に睨みを利かせた。
「ふふ、大丈夫だよ。別に食ってかかろうって訳じゃないんだ。あの筆を手に取れるのは ’君だけ’ だからね! さぁ、行こう」
「え? 私だけ? それってどういう… 」
そして、ライランがシオラの腰を抑えたまま、軽々しく岩の頂点まで登り詰めた。
(何っ!? 強引すぎないっ!? てか、見た目に見合わずすごい筋力!)
そして、シオラ達の目の前に一筋の線が現れた。
それは線のように細く見えた。
緑色に輝く筆が、目の前に浮いていたのだ。
その筆は一点の所に、凛と佇むように背筋を伸ばしていた。
翡翠で出来てるだけあって、美しい緑色の輝きが目に優しい。
シオラは思わず目を奪われて、言葉が溢れた。
「綺麗… 」
そんなシオラを横目に、ライランはニヤリと笑う。
「さぁ… 手に取ってみて? その手で… 」
そう言うと、ライランはシオラの手に自分の手を添えた。
そのままシオラは誘導されるかのように、筆へと手を伸ばす。
いや… シオラの中に流れる血がそうさせているかのように、自然と手が伸びていたのだ。
しかし次の瞬間、岩の下方から声が聞こえた。
「… メッ!」
(え?)
「その筆を取ってはダメ!」
「え? 誰?」
声のする方へと、目を向けるシオラ。
そこにいたのは、ずっと探していたペティだった。
その横にはエルとその護衛達、そしてフィンもいた。
「ペティ… さん? それにっ! エル様達も!? どうし… 」
「シオラッ! ダメだ! その筆はっ… 」
エルもペティと同じように、何やら叫んでいた。
しかし、既に遅かった。
シオラのその手には、煌々と輝く翡翠の筆があったからだ。
訳が分からず、シオラは声を出した。
「何故ここに!? それに筆はもう手に… あれ?」
「ありがとう」
耳元でそう聞こえた。
その言葉と共に、筆が奪われていたのに気が付いたシオラ。
「え… ? あれ?」
「やぁっと手に入ったよ! ハハッこの為に、僕は君を探していたんだ。魔の血筋を持つ君をね、シオラ。あぁ、これでもうこの世界を素敵にできる。僕好みの素敵な世界に… 」
「んなっ! 騙した!? いや! 端から怪しさ満載だった! なのにっ! ついてきた私がバカだった!! てか、何!? 素敵な世界にするってどういう事!?」
「ふふ、お礼に教えてあげるね。これは女神の筆。目に余る美しさだ… そう思わないかい?」
ライランは流れるような目でシオラを見た。
睨み返すシオラ。
「ふふ、この筆はね、魔女の華とも言われているんだ。普通の筆ではないのは、見てわかるよね? 更に描くともっとわかるよ。その瞬間、華が咲くように筆先が開く。そして何より普通では描けない所に描ける。そしてそれを本物にできるからね」
「描けない所… ?」
「そう、普通なら紙や壁などでしょ? でもこれは、目の前の空気や流れる水にも描けるんだ」
「え? そんな事本当に?」
シオラは自身の心臓が、少しずつ跳ね上がるのが分かる。
「う〜ん、そうだね、実際に見た方が早いね!」
そう言い、ライランはその筆をおもむろに振り上げた。
すると、それを見ていた中から、誰かの叫ぶ声が聞こえた。
「ライッ! やめろ! シオラを離せ! それにそんな事をしてももう、兄上は戻って来ない!」
そう叫ぶのは、フィンであった。
エルとは違い、怒りというよりは心配と悲しみの声で溢れていた。
「あぁフィンか… 待っててね。もうすぐだから」
(えっ!? フィン様!? 知り合いなの!?)
「ダメだ… 話が通じない… 」
エルが、鋭い目を向けながら言う。
横にいたペティがその様を見て、口を開いた。
「大丈夫です。おそらく彼にはあの筆を使う事ができない… あれはシオラ様でないと… 」
「それならいいんだが… それにしてもあの筆は、一体何なんだ?」
「あの筆は女神の筆と言って、代々魔の力を受け継ぐ物に与えられる筆。彼の言う通りどんな物にも描ける。その筆があれば、世界をも手の内にできるという… 恐ろしい筆です」
「そんな物が、この世にあったのか!? しかもこんな近くに… しかし、使い方を間違わなければ、そんな恐ろしい物には… 」
「ちゃんと理由があります。確かに清く正しい使い方をすれば、この世はたくさんの幸せを得ることになります… 魔の力と引き換えに… 」
「… っ!? どう言う事だ!?」
エルはその言葉に、異常に反応した。
「女神の筆を使用するためには、余りにも力が必要な為、どの使い手でもその身を滅ぼしてしまうのです。そうやって歴代の… シオラ様のお母様やお祖母様も… 」
「そうか… それで其方は、それをさせまいとシオラに忠告をしようとしたんだな? では、あやつにはそれがっ… !? … ん? なんだ?」
しかしその筆を振り下ろしたライランの筆から、大きな馬が描かれていた。
「嘘… だろ!?」
「まさかっ! 彼も魔の力をっ!?」
しかし予想外の事態は、そこで止まることとなった。
「あっれぇ? おかしいな? 何で動かないんだ?」
(あぶねぇ… このまま私が… どうにかあの筆を… )
そう思い、ほっとするシオラ。
しかしそれも束の間、ライランは次の手を出した。
「あぁ。そっか… 僕じゃ出来ないのか… 描けるけど、命を吹き込むことはできない。ふふ、やっぱり君が必要だ。欲しくなっちゃった… 欲しい… 君が… 君のその力が」
シオラは、これほどまでにない闇を見た気がした。
寒気がする。
人間という欲の怖さだ。
シオラではない何かを視るその目に、恐怖を感じざるを得なかった。
「ふふ、じゃあ一緒に描こっか?」
そう言うと、ライランは自身の手をシオラに重ね、その手に無理矢理筆を持たせた。
「いやっ! やめっ… 」
シオラは抵抗をしようとするが、その大きな手と強い力に抗えない。
同じように、馬の絵を描かされたシオラ。
「あれれ? 少し歪になちゃったね? まぁいっか。そうだなぁ… これもつけようか?」
そう言って、その筆をもう一度進めた。
「よしっ! あとはこれに吹き込んでくれる? シオラ」
「え? 吹き込む… ってどうやって?」
「え? 分からないの? う〜ん、困ったなぁ… 」
すると、筆の後ろに何かがあるのに気が付いた。
筆底についていた、小さな蓋のようなものを外すと、針のようなものが出てきた。
「なるほど… サインか」
ライランはそう呟くとその筆を逆さにし、その針をシオラの指に刺した。
「痛っ… 」
「ごめんね、少しだから」
シオラの親指から、小さな赤い粒が現れる。
そして、その絵に押し印をさせたのだ。
すると、宙に浮かんでいた絵が光を帯びると共に、馬が浮き出てきたのだ。
その大きな翼を羽ばたかせて、こちらを見ていた。
その血をもって、命を吹き込まれたのだ。
「やっぱり… 君は必要だ。僕には君が… 」
「嫌です… 私はっ… 」
その腕を振り解こうにも解けないシオラ。
すると、下の方からエルの叫ぶ声がした。
「シオラッ!」
しかし、そのままシオラはその羽根の生えた馬に乗せられた。
そして、馬を空に浮かせたままライランは馬を走らせた。
そう、何処かへと…
あっという間に、その姿は小さくなった。
「まずい! 追いかけるぞ!!」
そう言うエル。
追いかけようと、上を見ながら足を進めた。
するとすぐに何かが落ちてくるのに、気が付いた。
そのヒラヒラとした物が、エルの方へと降りてくる。
「ん? 何だこれは?」
エルはそれを拾った。
空を見上げる。
シオラ達が去った方とは逆の空を。
その空をシオラも見ていた。
そして、エルはすぐにその拾った内容を見ると、すぐにまた足を走らせた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
他にも長編作品も継続で書いてます。
宜しければそちらも読んでいただけると嬉しいです。
また、大変恐れ入りますが、評価等していただけると励みになります。
よろしくお願いします。




