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第一話

覗いて頂きありがとうございます。

少しでも面白いと思って頂けたら幸いです。



(こんな真夏に雪… ?)


そう思いながら、少年はおかしな空を見上げた。

しかし、空には燦々と輝く太陽が浮かんでいる。


(あれ? こんな所にも時計塔なんてあったか?)


そして少年は、目の前の高くそびえる塔を登って行った。


そこに居たのは…

美しく飛び回る蝶達。

その中にひとりの少女。


失いかけた感情の世界。

その世界に色をつける喜びを与えてくれたのは、紛れもなくあの時の君だった…


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


年月は流れ…


その街には、唯一のメイドを育て上げる養成所があった。

そこには今年十六になる歳を迎える娘がいた。


彼女の名はシオラ。

このメイド養成所に通い始めてもうすぐ二年となる。


そう、二年だ。


普通にしては長いのだ。

大抵の娘は、一年以内にその技術をものにし、主人となる者の所へと配属される。


しかし、シオラは違った。


養成所設立以来の長さを更新していたのだ。


そして二年の養成という時を経て、今ここにいる。


そんな彼女がついに明日、正メイドとしてデビューをするのだ。


「いいですか皆様、メイドの心… 」


学長が、明日メイドとして羽ばたく者達に挨拶をしている中、シオラは心ここに在らずであった。


(あぁ、ついにだ! ついに来た! がっぽり稼ぐぞ!)


「… ラッ! シオラ・レディカル!? 聞いてます!? 全く! 私はあなたが心配でなりません! あなたにどれだけ手をやいたか! ほぼあなたに向けて言っているようなものなのですよ!?」


シオラの事を長く世話していたメイド講師が、彼女の目を覚まさせた。


クスクスと周りから笑い声が聞こえて来る。


(お手を煩わせまくってすいませんね。わかってますよ! 私が一番出来損ないだったのは)


自覚はあるようだ。


彼女は元は貴族の生まれ。

本来ならば雇う側の人間なのだ。

しかしなぜ雇われ側の人間になったのかというと、家庭の事情である。


レディカル家は貴族の中でも、下位になる子爵家である。


シオラの三つ違いの弟が病弱なために、医療費が必要であった。


それに加え、父が数年前に友人の頼みを聞いた。

その頼みとは、ある保証人であった。

その友人が突然夜逃げをし、借金の肩代わりをすることになってしまったのだ。


しかし父親の人柄の良さが、今の家庭を支えてると言っても過言では無かった。


そんな状況に陥っても、その性格と人望で仕事が絶えず受ける事ができていた。


レディカル家は周りの皆に支えられて、成り立っていた。


シオラはそんな父を誇りに思っていた。

そしていつか、その夜逃げした父の友人を捕まえ、懲らしめてやろうと拳も握っていた。


こういった経緯の中、シオラも家計を助けるために、メイド養成所へと通い始めたのである。


そしてついに来た明日のデビュー日に備えて、準備を整えるのであった。


今、そんな彼女の巣立ちを心配しながら見守る者達がいた。


「学長、シオラをあの屋敷に行かせて大丈夫なのでしょうか? あの屋敷に行った者は… 」


主任講師が眉をひそめてそう言った。


「あぁ、そうだね。確かに彼に仕えた者は、一週間も持たないと言われている。しかし、あのお方たっての希望だから… それにいい勉強になるでしょう」


そう言いながら微笑むのは、この養成所の学長ゼルであった。


ゼルの言葉に、不思議な顔をして主任講師は首を傾げた。


(よりによって何故、シオラなのだ?)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


そして翌日、シオラはその地図とメモを手に持ちながら、湖畔の側に建つ屋敷の前へと来ていた。


「ここね… はぁ、それにしても遠かった〜! 途中までは、行きずりで猟師のおじさんの馬に乗せてもらったりしたけど」


そうである。

本職である家事に対しては不器用であるシオラ。

しかし人間関係に関しては、とても器用であった。


よってここまでに送ってもらった人数、その数十二名。


送ってもらってはいないが、話しながら道中を共にした人数を合わせると、計三十五名ほどはいたのではないか。


中々人懐っこい娘、というのか世渡り上手と言うべきか。

これも父親譲りなのであろう。


シオラが屋敷の扉を叩く。


程なくして中から出てきたのは、髪もとかしていない様なボサボサ頭の青年であった。


髪だけではない。

服も寝巻きのままだ。

そして、着過ぎているのかヨレヨレのくしゃくしゃである。


(え? この人がご主人様? 前髪で顔見えないんすけど? いや、きっとその息子か何かに違いない。ん? 何かついている… 色んな絵の具の、これは… )


「おいっ! 何ぼさっとしている! さっさと中へ入れ。お前何をしにきた? 新しいメイドだろ?」


「ひぃ! はいっ! ご挨拶が遅れて申し訳ございません! わたくし、本日付けでお世話になりま… 」


「挨拶はいい。仕事はたんまりあるからな… 早く始めろ」


「はい! あ、あの! ここのご主人様は、どちらにいらっしゃるのでしょうか?」


「は? 何を言っている? 目の前にあるだろ? 俺がお前の主人だ。この屋敷には、俺以外の他に誰もいない。あそこの部屋を使え。キッチンはそこ、トイレは突き当たりを… 」


バタンッッ


淡々とそう呼べるのには、相応しくない説明をある程度された後、二階の奥の部屋へと篭ってしまった。


何やら、その部屋にだけは絶対に入るなとの事。

そう念を押されたのである。


「…… しない… 」


シオラは膝を折り、崩れた。


「やっていける気が全くしない!!」


シオラのコミュニケーション能力を持ってしても、彼には一向に通じずにいた。


「いや! まだ出会って数分しか経っていない! 何にもまだやっていないのに、何弱音吐いてるの私!」


そう言いながら、メイド服に着替え、早速仕事を開始した。


まず、屋敷の見取りを覚えるために、簡単な掃除から始めた。


例の部屋に入らなければ何を使っても、触ってもいいとお許しを得ている。


ある程度部屋を把握した後、昼食作りへと取り掛かった。


昼食をとってもらうために、ご主人を呼ぶシオラ。


席につきそれを口にした瞬間、主人の口からあらゆる言葉が出て来た。


「まずい、しょっぱい、硬い。この世に存在すべきではない」


「え?」


「お前、これ、ちゃんと塩抜きしたのか? それとこっちは焼く前に茹でたか? 腸も取っていない。まるで下処理が出来ていない」


「あ、あ、えぇと… 申しわっ… 」


「それにだ、掃除で換気をしようと窓を開けたな? まだ、開けたままだな? ほら… 」


主人はそう言いながら、音のする窓の方へと親指で差した。


シオラがその方へと目を向けた。

音ともに、目に飛び込んだのは大粒の雨であった。


「あっ!! ああぁ雨!!」


シオラが慌てて、窓を閉めに行く。


「風向きと空模様を把握してないのか?」


(え… 風… 向き?)


「お前… 本当にメイドか?」


「…… も、申し訳ございません… 」


(ぐうの音も出ない… やらかした… 初日から… 悔しい、情けない)


「はぁ… まぁいい。夕刻前に荷物が届く。それを受け取って、俺の部屋の前に置いておけ」


「かしこまりました… ご主人様」


肩を落としながら、食器を片付けようとしたシオラ。


(あれ? でも全部食べてる… 腹大丈夫か?)





そして夕刻前、主人の言う通り荷物が届いた。

それを二階奥の部屋の前に置いたシオラ。


(この中で、一体何が行われているんだろ?)


「…… 」


(詮索するのはやめておこう)


そして、言わずもがな夕餉にもネチネチと鋭い指摘を受け、シオラはさらに肩を落とした。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


翌朝、シオラが身支度をしてリビングへと行くと、何やらいい匂いがしていた。


テーブルの上には何とも言えぬ鮮やかな朝食が並べられていたのだ。


「お、おはようございます。ご主人様… えぇと、これは? もしかして、ご自分でご用意されたのですか?」


「他に誰がいる? 昨日は食った気がしなかったからな」


(… それはごめんなさいね… ほんと… )


「ご主人様のお手を煩わせてしまい、申し訳ございません」


(この人… メイドより家事できるんじゃ… 私いります… ?)


「あと… そのご主人様って言うのやめろ。ルクスと呼べ」


「あ、はい。それではルクス様、本日のご予定は何かございますか?」


「ない。また昼に来る。それと、その縫い物のほつれ、もう一度やり直せ。ついでに全部の部屋のカーテンも洗っておけ」


(ついでにって言う量じゃないよ! この屋敷、何部屋あると思ってるんだよ! それに… )


「おい。聞いているのか? 俺の部屋以外だからな」


「かしこまりました… ルクス様」


(荒すぎる… 人使いが荒ぶれてるよ)



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


そうしてシオラは、細かく家事を指摘されながらの日々をこなしていた。


むしろメイド養成所にいた時よりも、扱かれているのではないかと感じるほどでもあった。


話し相手がいないシオラは、日に日にストレスが溜まっていた。


そのうちシオラは、ついにその辺の鳥や湖の魚達に話しかけるようになっていた。


ある種の言語療法とも呼べる、彼女なりのストレス発散だ。


そんな様子を自室の窓から見ていたルクス。


ある日の夕餉で解いたざした。


「お前、たまに… いや最近は毎日か? あの湖によく足を運んでいるな? 何をしている?」


(え? バレてた… )


「はい、えぇと、森林浴? みたいなものです。湖を眺めたりして心を鎮めておりました」


「心を? か? 何に対して鎮めることがある」


(あんただよ!)


「特にこれといった目的はないのですが、好きなのです。水の流れる音や鳥の鳴き声。木々達が風に触れる音が… 」


「ん? そうか… まぁその気持ちはわからなくもない」


(わかるのか? 意外すぎる… )


「あ? 今何か言いたそうな顔をしているな?」


「とんでもございませんわ! ふふふふふ」


「… まぁいい。それよりこれは一体何だ… ?」


そう言うルクスは、それを指で摘まんで持ち上げた。

野菜が完全に切られておらずに、繋がっている。


「お前… 本当にあの養成所から、お許しをもらってここへ来たのか?」


「すいません… やはり違う方に来… 」


(ん? あれ? 今… )


「… い、いやいい… 」


ルクスはその顔を、すぐに真顔へと戻した。


(今笑ったように… 気のせいか… )


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


そして更に月日が過ぎた。


「ルクス様? あれ? ルクス様ぁー?」


リビングで茶を飲んでいたルクスに、話しかけるが反応が無い。


「ん? あ、何だ? さっきから。早く要件を言え」


(聞こえてるんじゃん!)


「少し足りない材料がございます。外に出て来ますので… 」


「あぁ。わかった。金は棚の中だ。用が済んだらすぐに帰ってこいよ? すぐにだ。わかったな?」


「… かしこまりました」


(言われなくてもすぐに帰ってくるのに… 何だ? 道草でも食うとでも思っているのかしら?)


そう思いながら、シオラは街へ繰り出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


そうして、初主人である曲者相手に日々をこなしていたシオラ。


毎日毎日苦戦していた。


ルクスはというと、ほぼ毎日、食事や風呂以外の時は二階の奥の部屋に篭っていた。


たまに、深く帽子を被り、どこかに出掛けていく。

そんな彼に、少しずつ疑問を抱き始めていたシオラ。


(ルクス様… 何で生計を立ててるのかしら? お給金も十分過ぎるってほど払ってくれてるし… そんでもってこんな大きな屋敷も持ってる… まっいっか!)


すぐに考えるのをやめた。


そんなある日、空模様を把握でき始めたシオラが、これから雨が降ると予想していた。 


夕餉の支度をし終わり、庭から洗濯物を取り入れていると、ふとある部屋の窓が気になったのだ。


(あ、例の部屋の窓が開いてる… ルクス様に伝えないと)


そう思い、シオラは二階にある奥のルクスの部屋へと近づいた。


扉が少し開いている事に気がついたシオラは、いけないと思っていながらも、その扉に手を伸ばした。


「失礼します。ルクス様、雨が降りそうなので、窓を閉めた方がよろしいかと… 」


(返事がない… )


「ルクス様?」


(あれ? いない… 雨がもうすぐ降りそうなのに、窓閉めたいな… うーむ、少しなら… )


そう思い、シオラは部屋に入った。

入ってはいけないと、念を押されていたその部屋に。


(え? アトリエ? すごい… たくさんの絵。それに絵の具の匂いが… )


「おいっ!! この部屋には入るなと言っておいたが?」


ルクスだ。

振り向かなくてもわかる。

ルクスの顔が悪魔的なのが。

振り向きたくなかった。

身体中の毛がざわついた。


「も、申し訳ございません!」


シオラは腰が折れるのではないかというくらいの勢いで、頭を下げて謝った。


「何故言われたことが守れない?」


「申し訳ございませんっ!」


(もうダメだ… ついに逆鱗に触れてしまった… そもそも、最初っからこんな厳しい所向いてなかったんだ… この不始末、辞めて償わないと… それに私なんかより、もっとちゃんとできる人が仕えた方が… )


「お前、何を考えている? まさか… 辞めようなどとは思ってないだろうな? お前が料理も掃除も洗濯もままならないのは、勉強不足だからだ。たかだか家事なのにも関わらず、不手際が多い。まぁそんな事は鼻から想定内だ。それに約束事も守れないとは… 」


「… ラです」


「は?」


「さっきからお前お前って… 私は ‘お前‘ じゃないっ! シオラです!! 会った時も、名前すら名乗ることもできなかった! 人の話をまず聞いて下さい! 私の名前はシ! オ! ラ! それにたかだか家事? その ‘たかだか‘ の家事に、私達メイドは生活をかけてます! 私が勉強不足なのは認めます! しかしこの家事をもって、あなた方ご主人様にご奉仕をする。この大切さも学び、そして私はこれがないと生きていけないのです! 他に取り柄もないし… でも… これが、これが私の武器なんです! 私からそのたかだかの武器さえも奪わないで下さい!」


(こいつ… )


「名前なんてどうでもいいだろ? いいから早… 」


すると、シオラはキャンパスの側に置いてあったパレットから、筆でたっぷりと黒い絵の具をつけて掲げた。


「そう… ですか… ではルクス様が私の名を呼ぶまで、この筆を退かしません」


その筆からはわ今にも黒い絵の具が垂れ落ちそうだった。

側には、ルクスの大切な絵がある。


「おいっ! お前! 何をする!?」


「この絵がとても大切でしょう? 私もです。私も両親からもらったこの名が、とても大切です。この世に生まれた時に最初にもらった贈り物です。だから… 」


「シッ… シオラ! シオラ! わかったから、その筆を退けてくれ! 頼む!」


シオラはニコッと笑うと、その筆を退かした。

そしてその瞬間、黒い点が床へと落ちた。


「間一髪でしたね! フッフフ」


「はぁ… こんな度胸試しは初めてだぞ… おま… シオラ… 二度とこんなことはするな」


「善処します。ふふふ。それとご主人様もです」


「ん? 何がだ?」


「ご主人様も、ご両親から頂いた大切な名がおありでしょう? 本当の、その名を教えて下さい」


シオラは確信しているかのように、ニコニコとルクスへとその顔を向けた。


「… はぁ、エルだ。真の名はエルディア」


「エルディア様ですね! 素敵なお名前!」


「… エルでいい。しかしなぜ、 ‘ルクス‘ が本当の名ではないとわかったんだ?」


「だって、反応が鈍かったんですもの。最初は名をお呼びしても、無視するかのように意地悪しているだけかとも思いましたが… そうではなかった。ふふ、わかりますよ! でも私には、名前が何であろうとご主人様はご主人様なので! それと私、人間観察が趣味でして」


シオラのその屈託のない笑顔に、笑みが溢れるエル。


「ふっ悪趣味だな。まさかシオラに見透かされるとはな。ふふ」


「……… 」


「あ? なんだ? まだ何か… 」


「笑った! 今、笑いましたね! 初めて見ました! 可愛い!」


「かっ! かわっ… !?」


「はいっ! とっても可愛い笑顔です! そのままいきましょう! さっ! ご飯ご飯っと!」


そう言いながら、シオラはエルの背中を押して、部屋を後にした。


(何なんだこいつは… )



ここまで読んでいただきありがとうございます。

長編作品の合間に書いてます。

宜しければそちらも読んでいただけると嬉しいです。


また、大変恐れ入りますが、評価等していただけると励みになります。

よろしくお願いします。

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