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2 無気力な男

その男の人はいかにも元気がなさそうだったわ


その癖、早歩きなのね


悪魔が先に話しかけたの


「おい、若いの!」


男はビクッともしないで、ゆっくりこっちを見たわ

なんせこんな森の深くで人に会うなんて普通はあり得ない、びっくりしたはずなんだけどね、妙に反応が鈍いの


男は無言でこっちを見ていた、ジーンズに濃い緑色のTシャツだから背景の森に溶け込んでるようにも見えたわ


「おい、どうしてこんなところに来たんだね?」


悪魔は愉快そうに男に語りかけるのだけど、男は何とも答えない


「ありゃぁ、こいつは重症かな?」


悪魔はニヤニヤしながらどんどん男に近づいていく


3メートルくらいの距離まで来て、悪魔は立ち止まり、わたしもそこに追いついた


今度はわたしが話しかけたの


「あなた、どうしたの、こんなところで?」


男はわたしの方に視線を向けたわ、そして少し驚いた顔をした、仕方ないわね、こんな森で、こんな天使みたいに綺麗なわたしが、白いワンピースを着て立ってるんだものね


男は悪魔を見たり、わたしを見たり、相変わらず無言で突っ立っていたわ


「あんたもしかしてつんぼかい?」


古い差別用語を平気で使いながら悪魔は笑っていた、この人に喋らせていては面倒なことになる


「あなたを見かけて、わたしたち心配になったのよ、どこに行こうとしてるの?」


「・・・どこでもありません」


男はやっと口を開いてくれたけれど、これだと何も分からない


「この森は・・・知ってると思うけど、あまりいい場所じゃないし、この先に何にもないわ。どうしてこんな場所を歩いてるのかなと思って」


「まぁストレートに言やぁ、あんた死にに来たんだろ?」


悪魔は切り込んだ、わたしだってもちろんそれを心配してきたのだけれど・・・


「死にに・・・どうなんだろう・・・僕は・・・」


「死にたくない奴がこんなところに来るかね、あんまり奥まで来たらどっちにしたって戻れなくなる、誰も助けに来やしねえし、こういうのを自殺行為って言うんじゃないのかね?」


悪魔はニヤニヤしながらからかうような口調で喋っていた、それがなんになるのだろう、わたしのやり方は違う!


「率直に言うと、わたしはあなたに死んでほしくないの」


男は困った顔をしてこっちを見たわ


「そんな若いのにこんな場所に来て・・・まだ早いと思うわ」


男はぴくっと反応したように見えたわ


「若いと言ったって・・・それがどうしたんですか・・・」


「もったいないじゃないの、まだ幸せになるチャンスはあるのに」


「そう言い切れるのかね?」


ここで悪魔が口を挟んできた


「あなたは少し黙っていてよ、なんでそんなに楽しそうにしているの?」


わたしは若者にさらに言ったわ


「最近は物騒な世の中だし、悲しいことだって多いわね、でも、生きられるなら生きた方がいいと思うのよ、どうせいつかは死ぬときも来るけれど、わざわざ今死ななくたって・・・」


わたしはあの世のものだし死んだ経験もない、当たり前に永遠の命を生きているから本当は人間のことなんて分からないわ

でも・・・


「どうして死ななきゃいけないの?」


「・・・僕は死ぬと言ってません、ただ歩いてるだけ、それだけですから・・・」


悪魔が笑い出した


「つまり死ぬつもりもないが、こんな森を歩いて歩いて野垂れ死にが希望ってわけだ?」


「・・・僕は馬鹿ですから、先のことは考えてません」


「でもそうなるほかねえじゃねえか?」


「・・・それはもっともです」


「異論なしか、つまらねえ、まあ勘違いしてもらっちゃ困るが、俺あ別にあんたを止めに来たんじゃねえぜ、こいつの連れでよ」


悪魔は体の小さなわたしの背中を軽くたたいた


「まあ興味本位ってやつだよ、別に止めやしねえよ」


「けれどわたしは止めに来たのよ」


わたしは悪魔のほうを見ないであくまで若者に語りかけたわ


「さっきこの人も言ったけれど、確かにこのまま歩き続けたら危ないと思うのよ、引き返した方がいい、わたしはあなたを放っておけない」


若者は不思議そうな顔をしてわたしを見た


「・・・あなたは会ったばかりなのにどうして・・・」


それはわたしに聞くと言うより独り言のようだったわ、この人が喋るときは全部まるで独り言のようにつぶやくのね


「あなたは死にたいわけじゃないと言ったわね、ならば一緒にこの森を出ましょう」


「・・・僕は・・・」


若者は少し黙ったあと続けてこう言ったの


「・・・とにかく歩きます、ごめんなさい」


そして言葉通りわたしたちを置いて歩き去ろうとしたの


「おいおい、こいつはどうしたもんかな!」


悪魔はさらに愉快気に笑いながら


「死にたくはない、けれど生きるつもりもねえようだ、こんなどっちつかずが最近増えてると思ったら、本当だったね、ちょっと待ちな!」


悪魔は男を引き留めようと大きな声を上げ、男のほうも思わず振り向いてこっちを見たの


「まあまあちょっと待ちな、あんたにぴったりのもんがあるぜ?」


悪魔はその場にあぐらをかき、懐からワインの入った酒瓶を取り出した、わたしは焦って


「ちょっと、それは!」


「どうせ死ぬってんなら一杯くらいやっても良かろう、ほら、なんだ、はなむけの酒というやつだよ!」


若者はぼおっとこっちを見つめてたわ、お酒は多分、嫌いじゃないのね


けれどもこれは・・・


「ダメ、これは飲んじゃだめなやつだから」


「ダメってことはねえな、どうせ引き留めたってうんともすんとも言わねえ、物で釣るってのが有効な時もあるんだ」


実際若者は立ち止まったままその酒瓶の方を見ていた、わたしは嫌な予感がこれだったのかと思い始めて悪魔に飛びついたわ


「それをよこしなさいよ、そんなものをあげてはいけないわ、やっぱりあんたはそんなことを考えていたのね!」


悪魔は立ち上がって瓶を頭上高く振り上げたもんだから、わたしの背ではどうしたって届かない


「それは毒なのよ・・・お酒じゃないわ、毒なのよ」


「違うよ、れっきとした酒だね、こいつを飲むと気持ちよく眠れる、けれど死にやしない、ただ一晩じゃない、長い長い眠りにつけるってわけだ」


それは本当のことなのよ、これは〝眠り酒〟といって、飲めば数年、下手すれば何十年たっても目覚めないと言われるお酒、死にはしないけど毒は毒


「見たところあんたは一思いに死ぬ気はないらしい、それでいてこのまま歩き続けたら死んじまうのも必然だ、ならば眠るってのはどうかい?」


「・・・眠れますかね」


男は少しため息をついたけれどその気になっているように見えたわ


「あなたいけないのよ、これは毒よ、一口飲んだらなかなか起きることはできない、気づいたら何年もたってあなたお爺さんよ、そういうものなんだから・・・!」


わたしは必死になって伝えようとした


「せっかく若いのに、今こんなものを飲んでどうするの、だめだわ!」


「もう飲む気になってるようだがね、それに誇張はいけねえな、もっと早く起きるかも知れねえし、白髪だらけになるとは限らねえんだからよ」


わたしは悪魔から何とか酒を奪おうとしたけどダメだった、この人はわたしの腕をつかんで男に近づけないようにしたのよ


「さあこれだ、飲んでみるのも悪くねえだろう?」


悪魔は男に酒瓶を渡した、わたしはバタバタもがいたけれど忌々しい悪魔の力がバカみたいに強くって動けなかったわ


男は酒瓶をじっと見つめながら呟いたの


「ただの・・・ワインのようだけど」


「味は似たようなもんだ、さあどれだけ飲んだって効果は変わらない、グイッとやってしまいな若いの!」


わたしは何の役にも立たない自分が悲しくなって涙が出てきたの


「だめよ・・・それは飲んじゃダメなの・・・」


男はわたしのほうを向きました


「あなたは・・・親切だね・・・なんだか申し訳ないけれど」


とても悲しい顔になってわたしの目を見つめていた、そもそもこの人はなんでここに来たんだろう、なにを悩んでいるのだろう、わたしまで胸が痛くなる


「歩くのも眠るのも、ここまで来たら変わらない・・・」


男は瓶の栓をスポッと抜き、そのままぐびぐびを飲み始めたの、元気がない割にたくさん飲むのでわたしは呆然と見ていたわ


「あなたは・・・なんてもったいないの」


わたしがしくしく泣いてる横で悪魔はとても愉快気に「ハハッ」と笑い立てたの


「豪快にいったね、まさか全部いっちゃうとはな」


空になった酒瓶を男は放り投げてその場に座り込んだわ


「これで眠くなるのか・・・」


「安心しな、あんたが眠ってる間、獣に食われねえようにこいつが守ってくれるだろうて」


そう言って悪魔はわたしを見た、っとその時、男のまぶたがゆっくりと閉じ、男は静かにその場に横になったのよ


「おやすみ、なあに、あっという間さ」


悪魔やわたしたちにとって数十年なんてのはあっという間、あの世とこの世じゃ時間感覚ってものが全く違うの、けれどそういう問題じゃないわよね


「あなたはこの人から、大事な若さを奪ったのね」


わたしは相変わらず涙が止まりませんでしたが落ち着いてきました


どうしようもなかった、この人を死なせないためにわたしに出来ることは結局なにもなかったのだと思い知らされて、悪魔のやり方は最善とは言えなくも、死なれるよりはマシには違いない


でもこういうことをわたしは繰り返してきた、天使は役に立たない、いつだって悪魔の誘惑に人は飛びついてしまう


けれどもなぜこうなってしまうのか、納得は出来ないの


眠っている男の顔は安らぎどころじゃない、わたしを見つめていたあの悲し気な表情のまま、ただ目だけ閉じていたわ


人間は分からない


生きられるのに死のうとしたり、今しかない若さをこうやって自ら捨ててしまうのね


そして助けたくても助けられない、わたしの存在価値だって分からなくなる


神さまに聞いてみよう


きっとまた今度も教えてくれないんだろうな・・・

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