第21話 国王の変化
宰相バフォートが第一王子フィリップスに連れてこられたのは、城内の庭園であった。
緑豊かな庭園だが、手入れが行き届いているとはいえなかった。
(昔は綺麗な庭園であったが……今は見る影もないな)
十年ほど前は、色取り取りの花が咲いていたのに、とバフォートは昔を思い返す。
フィリップスは庭園の一角で立ち止まると、弱々しく咲いている花を見ながら口を開く。
「……この庭園は、生前母がよく手入れをしていました」
「はい、よく覚えております。王妃殿下は花を愛する優しきお方でした」
リックとフィリップの母、マリア・ルーメリア・アガステティア王妃。
黒い髪と瞳が美しく、慈愛に溢れた国民から信頼の厚い人物だった。
「母とともにここで過ごしたのをよく覚えています。あの時は幸せだった」
フィリップスは昔を思い返すように言う。
そんな彼にバフォートはつらそうな表情で声をかける。
「王妃殿下のことは……残念でございました……」
「謝る必要はありませんよ。あれからもう十年。私も母上の死は乗り越えたつもりです」
そこまで言って、「ですが」とフィリップスは前置く。
「父は別です。まだ母の死から立ち直れていない」
「……陛下は目の前で王妃殿下を亡くされています。無理もないかと」
十年前、リガルド王は目の前で王妃を殺された。
その時救えなかった無力さから、王は過度に『力』にこだわるようになった。
バフォートもそれはよく理解していた。しかしそれとリッカードにどんな繋がりがあるのかまでは見当がつかなかった。
「……リッカードは母によく似ています。あいつの黒い髪と目は母から受け継いだもの。父はあの目で見られる度、自分が責められているように感じていたのでしょう」
「そ、そんな、ことが……!?」
確かに王妃が死んでからリガルド王はリッカードに強く当たるようになった。
それは王妃を失ったショックと、息子を強くするためだとバフォートは思っていた。まさか亡くなった王妃に似ているからだとは思わなかった。
「そんな、理由で……」
「こればかりは家族ではない貴方には分からないでしょう。そして理由はそれだけではありません。父はリッカードを恐れていたのです」
「陛下が殿下を? 流石にそれは……」
信じられない。その言葉をバフォートは飲み込む。
真っ向から否定するようなことを言えば不興を買ってしまう可能性があるからだ。
「リッカードは時折、先を見透かすような言動を取りました。まるで未来でも見えているかのような。父はその力を恐れていた。己の理解出来ない力を、父は恐れていたのです」
「ゆえにあの日、陛下は殿下を追放したと。にわかに信じがたい話ですが、それならあの言動にも納得が出来ます……」
リガルド王のリッカードに対する処置は徹底的だった。
彼の育ってきた痕跡を消そうとするその執念は狂気的ですらあった。それが恐怖からくる感情なら納得もできる。
「私の目から見てもリッカードは不気味な存在でした。父の行動には驚きましたが、私にとっては僥倖。王位を継げるのは間違いないでしょう。だから……」
フィリップスは冷え切った瞳でバフォートのことを見て、言う。
「くれぐれも弟を探そうなどと思わないことです。あいつは死んだのですから」
この時バフォートは全て理解した。
フィリップスは釘を差すために自分にこんな話をしたのだと。
余計なことをするな。ただ言われたことだけをこなせと。王は自分なのだと。
そう、彼は暗に言っているのだ。
「か、かしこまりました」
「分かればいいんです。さ、仕事も溜まっているでしょう。戻っていただいて大丈夫ですよ」
「はい。失礼いたします」
バフォートは逃げるようにその場を去る。
その背中を見送ったフィリップスは、弱々しく咲いた花を無造作にちぎると、地面に投げ捨て踏みにじる。
「奴は死んだ。死んだはずなんだ……」
その時の様々な感情が折り混ざった彼の表情を、見た者は誰もいなかった。
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