佐々木くんによる(さんかくな関係の)近況報告
最近の椋本 由直は機嫌が良い。
彼の友人である佐々木は、その理由を知っていた。
だがそれを指摘はしない。なんせ奴ときたら、かつて見たことがないくらいにご機嫌だからだ。馬に蹴られたくないし、藪をつついて出てくるものを想像するとおっかない。
佐々木はいい天気だなあといつものように馬鹿っぽさを全面に出しながらへらりと笑い、由直の機嫌の良さを知らんぷりすることに……空は曇天。まじの馬鹿である。
さて、佐々木の通う東校はエスカレーター式の学校だ。
初等部からいるのは色んな意味で『人生チート☆』な人種で、中等部・高等部からいるのは受験入学組だ。そして受験組はチート組の方々から『外部生』と呼ばれている。
もちろん、佐々木は外部生。
普通のサラリーマンの父、近所の和菓子屋でパート勤務をする母、そして小学生になったばかりのおませな妹を持つ、どこにでもいる平々凡々な高校生。それが、佐々木である。
え? 佐々木の情報なんてどうでもいいって? あの、そんなこと言わずに。少しくらい佐々木に興味持ってくれたっていいじゃないの。ほら、身長とかスリーサイズとか知りたく……あ、はい、ないですか。
ちくせう、女子が知りたいのは由直のことばっかり!
イケメンで高身長に加えて成績優秀バイリンガル腹筋バキバキ更に実家が金持ちってなんだくそ少女漫画のヒーローかよそんなの佐々木がもし女子だったら好きになっちゃってる(ノンブレス)。
世の中というものは、実に、実に、実に不公平だー!!!
まあ、こんな風に思ってしまってはいるけれど由直のことが嫌いなわけではない(ちょーっとだけ苦労したらいいのにとは思うけれど)。
だって、佐々木には可愛い彼女がいる。『ナンバーワンよりオンリーワン』が座右の銘の佐々木は、由直に妬み嫉みな感情なんて(ちょっぴりしか)持っていない。
つまり、仲良しゆえのなんとやらってやつである。
ところで、タイトルに嘘偽りありと言われては敵わないのでそろそろ【佐々木くんによる(さんかくな関係の)近況報告】をしようと思う。
皆さんは、かの『詩ちゃん事件』を知っているだろうか。
知らない方は【佐々木くんによるハイスペ男子の(恋の)観察】を一読することをおすすめする。
【ハイスぺ男子と幼馴染たちのまるくない関係(と、おまけの佐々木くん)】も読むと、 由直……ではなく、尚良。
読むのめんどくせえよという、時間を大事にする紳士淑女の方の為に簡単に説明すると、『詩ちゃん事件』とは佐々木が今命名したものであり、『ある日事故に遭い記憶喪失になった井守 詩ちゃんが、四年間もの期間、公開告白をするほど好きだったハイスぺ由直のことを忘れてしまった事件』の略称である。
Do you understand?
これは『詩ちゃん事件』のその後の話であり、今現在のお話でもある。
では、一二〇〇文字の無駄遣いを経て、ようやくのはじまりはじまり──
あれは、本当によく晴れた日のことだった。
四限のくそだるい数学が終わり、昼休みを告げるチャイムが鳴ってから五分経った頃──佐々木は母親が持たせてくれた大きなタッパー弁当とジャムパン(三割引きシール付き)を、由直はお洒落なパン屋(何度聞いても名前を覚えられない)で購入したサンドイッチを机に広げ、共に口を開けたその瞬間のこと。
由直がいつものように一組の教室の扉に視線を向けると、そこには詩がいた。
いや、正しくは佐々木に手を振るオンリーワンこと彼女の後ろにいたのだが、それは置いておいて。
詩を視界に入れるなり、佐々木の前にいた由直が勢いよく席を立ちあがり、扉の方、つまり詩のところへ向かっていった。
長い足を持つ由直が詩の前に行くまでおよそ三秒。
「詩」
由直の詩を呼ぶ声色に、教室にいたクラスメイト達は全員顔を赤くして息を詰めた。
教室は、佐々木の呟く「わお」が響くほどにしんとしていた。
という訳で、二週間前のあの日から由直の機嫌は良い。
由直はあの日から変わった。
待ちの姿勢を変え、過去の詩への態度を反省したのだ。
そんでもって、詩への態度が彼が『変わった!!!』と一目で分かる最たることである。
とにかく甘いのだ。
「由直や。落ち着きたまえ、静まりたまえ……」
「何言ってんの」
妙な言い回しをする佐々木に、由直はふっと静かに笑う。
おいおい勘弁してくれよ。佐々木相手にそんな色っぽい笑い方しないでいただきたい。ねえ、本当に十代なの? 年齢詐称してない? お前さん、もしや一夜にして五千万円稼いじゃう伝説のホストとかじゃないの?
「い、色恋営業ってやつか……由直、恐ろしい子……!」
「本当に何言ってんの、佐々木」
「いや、その……」
「何」
「由直ってさ……詩ちゃんのこと好き、なんだよね? えーと、余計なことかもだけど……」
「余計なことって思ってんなら言うな」
こんにゃろう。
しかし、ごもっとも。
佐々木は「『俺様』って怖い」と本音が漏れ出てしまい、由直に頭をぺしりと叩かれたのであった。
*
「蒼や、落ち着きたまえ、静まりたまえ……」
「僕は落ち着いてるよ? 佐々木の方こそ落ち着いたら?」
冷ややかな言い方の蒼──柊 蒼司に、佐々木は「仰る通りです!」と落ち着きなく返す。
ご機嫌な由直とは反対に、蒼司の機嫌はすこぶる悪い。
というか、どうして二人とも佐々木の扱いが雑なの? 酷くない? 悪魔なの?
あの日、蒼司は家の用事で学校を休んでいた。
もしも彼が登校していたのなら、蒼司は詩を一組に行かせることはなかったし、由直と蒼司の機嫌が交換されることはなかっただろう。
しかし、佐々木に会いに行きたい姫子が詩に一緒に行ってほしいと頼み、詩がそれを承諾した為に事は起こってしまった。
「ええと、蒼、あのさ、」
「ちょっと、何言おうとしてるの? 慰めの言葉だったら怒るよ」
「もう怒ってるじゃん!」
「更に、って意味」
由直と、顔を赤く染めた詩が話している場面を見ている蒼司。
そんな現場にうっかり遭遇してしまった佐々木の気持ちが分かる方はいるだろうか?
別に蒼司のことを慰めるとかは考えてな……くもないけれど、いや、でも、慰めるのはなんか違うし……うまく表せなくてもどかしい。
だって、由直と詩はまだ幼馴染の枠を超えていない。
そんでもって蒼司と詩もまだ幼馴染の関係にある。
言うならば、由直と蒼司は同じポジションにいる。
詩が顔を赤くしているのは、由直のことを好きだからという訳ではない。
誰だって、顔の良いイケメンもしくは美女、もしくは憧れの芸能人に微笑まれたら顔に血が上るだろう。
佐々木だって旬なアイドルにニコッとされたらそうなる。
でもそれは男女交際したいという意味ではなく、自分と関わることがない人種との遭遇に変色しちゃっただけであって、恋愛感情ではない。当たり前だ、佐々木が好きなのは彼女の姫子だもの。
詩の赤面の理由はそれに非常に近い。
と、思う。多分。
*
「あれー? 詩ちゃん、一人? 珍しいねー」
「佐々木くんこそ」
「俺は彼女の委員会待ち」
「あ、そっか。美化委員、今日だったね」
「うん。でさ、俺らこの後駅前のカラオケ行くんだけど、詩ちゃんも行く? できたばっかとかで今週末までハニトー無料なんだって」
「ハニトー……あ、でも、遠慮しとく」
「えー、なんで、行こうよ」
「だってほら、デートのお邪魔なんてできないし!」
「別に邪魔じゃないよ? はっ、もしかして、音痴だから行きたくないとか!?」
「むむ。佐々木くんよりはマシだし!」
「なぬ、聞き捨てならず……俺の美声を聞いた後でもその台詞が言えるかな?」
「あはは」
ひとしきり二人で笑った後、にこにこしていた詩の顔にふっと影が落ちる。
そして、しばしの沈黙。少し気まずい。
佐々木が詩を笑わす為に渾身のギャグをかまそうとしていた瞬間「佐々木くん」と、詩が口を開いた。
「うん?」
「……やっぱ。お邪魔してもいいかな……。佐々木くんに相談したいこともあるし……もし、姫子ちゃんが嫌じゃないなら……」
空気が読める佐々木は『相談したいこと』が何なのかおおよそ見当が付いていた。
「絶対、嫌って言わないから行こうよ。俺が音痴じゃない証明もしたいし!」
「けっこう根に持つタイプなんだよね、佐々木くんって」
*
相談したいと言った割に、詩はあまり多くを語らなかった。
いや、語れなかった、が正しいのかもしれない。
きっと詩自身、自分の気持ちが分からないのだ。
詩の恋心は事故に遭った時に死んだ。
だから、相談したいことがうまくまとめられない。
結果。佐々木が音痴である事実だけが明るみになった。
詩は最近の由直と蒼司の態度に戸惑っていた──記憶がなくなって住む世界が違うと思っていたハイスペックなイケメン幼馴染と、いつも傍にいて甘やかしてくれる優しくて甘々な幼馴染(顔は可愛い系)の態度に。
なるほどなるほど。相変わらずあの三人の関係はまるくない。
見事な三角関係。
せっかくタイトルをひらがなでマイルドな印象の『さんかく』にしたのに、触ると怪我しそうな鋭利な三角。やはりタイトルに偽りあり、か……?
詩の立場はさながら少女漫画のヒロイン。
それを羨ましがって、これから小さな事件も勃発することだろう。
詩が悲しい思いをすることを望んでいる訳では決してないのだが、ピンチなヒロインを助けるヒーローがどっちになるのかは是非とも知りたい。
どっちだ?
どっちなんだ??
気になり過ぎて佐々木は夜しか眠れない。
東高はエスカレータ式。
佐々木達には大学受験というイベントがない。
つまり、佐々木が観察に力を入れようが、あの三人が恋に現を抜かそうが無問題。
佐々木の戦いはこれからだ!
【完】
「次回、【佐々木くんの観察レポート☆彡当て馬はどっちだ!?】編だ! 絶対見てくれよな!」
続く!!!!(続かない)。




