チームメイト
夢ではよくある話だ。急に展開が変わる、世界が変わる。
いつも記憶が曖昧なのが夢だ。
しかし、太一は先ほどまでの記憶をしっかりと持っていた。
あの白い空間で触った机の触感さえ憶えていた。
太一は、別の部屋に立っていた。
太一が部屋を眺めると、宙に浮く椅子が二列に綺麗に並んでいた。
それから、取手のない扉が一枚、近未来、SF映画に出て来そうな無機質な内装。
太一は、部屋を観察し終えると隣に並ぶ同じ服を来た生徒の顔が伺えた。
見知った顔が一つあった。
「あれ、太一じゃないか」
ディートは太一に気付いて声をあげた。
「なんだ一緒か」
「なんだとは心外だな!」
ディートが声を荒げる。
『こちらで無作為に5人チームへと分けさせて頂きました。みなさんには順次チームごとに佩剣を行いますのでしばらくその部屋でお待ちください。なお、しばらくはこのチームで行動して頂くこととなりますので、互いに自己紹介を済ましておいてください』
それだけ言うとアナウンスは、すっかり黙ってしまった。
突然、白人の男が何を思ったか宙に浮く椅子に飛び込んだ。勢い良く飛び込んだため、椅子が宙を舞い、男は地面に転げ落ちた。
長髪で制服を肌蹴て着ているその男を見てディートが眉間に皺を寄せた。
「なんだこいつ・・・」
太一は一歩二歩とゆっくり歩くと、規則正しく並べられた椅子を一つ掴み座った。
座り心地はなんとも不思議だ。宙に浮いているという感覚はなく、ふかふかのソファに腰をかけたような感覚だった。
「とにかく座って待とうぜ」
太一は立ち続ける三人に促した。
「それしかないようだ」
ディートは太一と1席空けた椅子に座ると、足を組んだ。
背の低い金髪の白人は周りを伺うと、背を曲げたまま太一たちから離れて座った。前髪が長く表情を伺うことはできない。
それともう一人、黒人の男はそこに立ったままだった。
「どうした?」
太一が訊ねても、190cmは身長があろうかという大きな黒人はそれでもそこに立ったままだった。
「君たちは知り合いか?」
黒人は太一を見たあとに、ディート、前髪の長い白人、それから椅子で遊ぶ白人を見た。
「いや、初めてだよ。ディートとはさっき席が隣だっただけだ。こいつ、気安く話しかけてきやがってさ」
「そんな風に思ってたのかよ!どうかしてるぞ」
「一体何が起きているんだ・・・本当にこれは夢なのか?」
黒人の男は頭を抱えた。
「もし、これが現実だったら、すごい組織力だよな。5万人を一気に誘拐したんだから。まあ、とりあえず、あんたも座ったらどうだ?自己紹介しようぜ」
太一がそう言うと、黒人は「そうだな」と言い、太一とディートの正面に座った。
「俺は、天野太一。日本人だ。アナウンスが言うにはしばらくこのメンバーで行動するらしい。よろしく」
太一は横に座るディートの肩を叩く。
「俺はディートハルト・ベーレンス。ドイツ出身だ。アナウンスは夢と言っているが、俺は夢にしてはどうも違和感が多いように感じている。少し前の記憶が鮮明だし、自分の意識で行動ができる。もう少し、客観的な意見がみんなから聞けたらと思う。とにかくよろしくお願いする」
ディートの自己紹介が終わると向かいに座る黒人が口を開いた。
「お、俺はスンフ・モンドだ。ベナン共和国の出身。正直、この夢が自分の作り出したものだと信じられないで困惑している。ディートハルトが考えるように、俺もこの夢に違和感がある。俺にこんな想像力があるとは思えない」
スンフは片手で頭を抱えていた。
「まあ、少し落ち着こうぜ。困惑してるのは俺たちも同じなんだ」
「俺には太一は落ち着いているように見えるが」
「スンフ、まあ黙って俺の足を見てみろ。すごい震えてるだろ」
「カッコつけて言うことじゃねえよ!」
ディートがツッコむ。
「というか、ディート、さっきからツッコんで来るけど、ドイツにもツッコむ文化があるのか?見逃さねえぞ、俺は」
「うるせえな、勝手にボケといて。身体が勝手に動くんだよ!ご都合主義だろうな!」
「・・・まあ、よろしくなスンフ。ディートも悪気があって怒鳴ってるわけじゃないんだ」
「人を悪者にするなよ!」
太一はディートを無視して、スンフと握手をする。
「無視すんなよ!」
ディートはなにやら必死だ。
「こ、こちらこそ、よろしくな。愉快なヤツらで安心したよ」
スンフは苦笑いだ。
「次はどうする?あんたにするか」
太一は椅子をくるくると回す白人の男を見る。肌蹴けた制服と長い金髪、そしてモデルの様に整った顔が男の軽薄さを醸し出していた。
「僕かい?やっと僕の番かい。ははっ、待ちくたびれたよ。でも、君たちは僕の話を聞いてくれるという。なんて君たちは優しい人なのだろう。まあ、聞いてくれよ。さっき、僕は色んな人に話をかけた。いや、だってアナウンスが話しかけてみろっていうからね、そりゃ誰だってするさ。君たちもそうだろ?それでね、話しかけてみたんだ。最初はみんな僕の話を聞いてくれて、よしこりゃいいぞって感じだよ。でも、すぐになんだこいつはって顔をするんだ。こいつきっと頭おかしいんだな。って、顔をする。そう、ちょうど君たちみたいな顔をするんだ。みんな上手だね。はっは」
「それで名前はなんて言うんだよ」
ディートが眉間に皺を寄せて訊ねた。
「名前?名乗るほどのものじゃないが、ここは名乗らせてもらおう。もちろん無料だよ。今は名乗りたい気分なんだ。僕はクリス・アグレッティーノ。列記としたイタリア人さ。わかるだろうこの鼻の高さ」
クリスが横を向いて自分の鼻の高さをアピールした。
「おい、太一」
ディートが太一に囁いた。
「どうした?」
「こいつ頭おかしいぞ。大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないか?」
「大丈夫じゃないだろ、俺ダメなんだこういう奴。生理的に受け付けない」
太一とディートが話す間、クリスはずっと演説を続けている。
スンフと前髪の長い男は話を聞いているが、スンフが当惑しているのは目に見えてわかった。
つまりこの男は無駄な話が多い。
「頼むからこのしゃべり続けている馬鹿を止めてくれないか太一」
「おいおい、話したこともないのにひどいこと言うなよ、なんなら俺の方がディートに対してひどいこと言ってるだろ?」
「自覚あったのかよ!お前もやべえな!」
ディートが興奮している。
太一は無視をする。
「だから、無視をするなよ!」
ディートの言葉を無視して、太一は一つ咳払いをするとクリスの話を遮った。
「クリス!ちょっといいか!」
「ん?なんだい太一。僕の素敵なトークに割って入るなんて、穏やかじゃないな。ああ、穏やかじゃないといえばね・・・」
「自己紹介はまだ途中なんだ。とりあえず、次にいっていいか?」
クリスは隣に座る前髪の長い小さな白人を見て両手を上げた。
「おっと、ごめんよ。さあ、自己紹介を続けてくれ。みなさんこれからよろしく。このクリスをよろしく、どうぞ」
クリスはそれだけ言うとやっと黙った。
「さあ、最後はあんただ」
太一が話かけるが、男はピクリとも動かなかった。いや、正確には両手だけはもじもじと動いている。
「おい、太一」
ディートが太一に囁いた。
「なんだよ、俺が好きなのか?」
「違うわ!というか、そう言うことじゃなくて、俺はまたしてもダメタイプだ」
「好き嫌いが多いヤツだな。ディート、お前生魚食えないだろ」
「食えるわ!」
太一は小言ばかり話すディートを放っておいて、白人の男を向いた。
「こんだけ無視されると、もはや清々しいよ」
「なあ、あんた名前は?・・・話せるか?」
太一はその男に近づいて話しかける。
「・・・・・・あ、・・・」
「あ?」
スンフが訊ねた。
「・・・あ、らん・・・」
「アランでいいんだな?」
太一が訊ねると白人の男はゆっくり頷いた。
「アランか。よろしくアラン」
太一が手を差し伸ばすとアランは手をもじもじとするだけで手を出さなかった。
「ま、いいか。アランはどこ出身なんだ?」
「・・・え、・・・えっと、・・・」
アランは膝のところでズボンをぎゅっと握るとそう謝った。
そして、沈黙が生まれた。
太一とスンフは顔見合わせ、次の言葉を待ったが、すぐにその沈黙に痺れを切らしたディートが手を叩いた。
「さあ、自己紹介はもういいだろう。彼も話したくないようだし、この夢について討論をしないか。そっちの方が身のある話ができるぞ」
ディートは席を立ち腰に手を当ててそう言った。
「・・・なに言ってんだ、急にどうした?」
太一はディートを呆れた顔で見た。
「自己紹介にどれだけ時間をかけるつもりだ。効率的じゃないだろ。俺たちは今、ありえない状況下にいるんだ。今考えないでいつ考えるつもりだ?」
ディートは手をパンと叩き、話した。
「だったら、俺の分も考えてくれよ。お前、頭良さそうだし。俺はもう少しアランと話をする。そっちの方が今は重要だと思うぜ。こういう状況なら余計にだ」
太一はそう言うとアランに顔を向けた。
「俺も太一に賛成だ。アランは少し緊張している。それを置いて先の話は到底無理だ」
太一の言葉にスンフが続いた。
「僕も小さいアランの話を聞くことに専念したいな。僕はそっちの方が効率的だと思うんだなあ。なぜなら、僕の素敵なトークに一番耳を澄ましてくれたのは他ならぬアランだからね。変な顔もせず、聞いていた。ありがとう、さあ今度は君の声を聞かせて。さあ!小さいアラン!」
クリスはアランのすぐ前に顔を突き出した。
「近い近い」
太一はクリスの首根っこを掴んだ。
「・・・といて」
アランから微かに声が漏れた。
「え?!なんて言ったんだい?聞こえないよーい」
クリスは大声で聞き返した。
「ほっといて!・・・僕のことは・・・ほっといて・・・お願い」
アランは自分の腕を振るわせて怒鳴った。ただ、それも最初のことですぐに尻窄みになる。
アランのその反応を見たクリスは目を見開いて、太一とスンフを見た。その顔は『僕は何かしたかい?』とでも言いたげだ。
スンフは両肩を挙げてよくわからないとアピールしていた。室内の雰囲気は完全に嫌な空気となった。
「ははは、そら、どうだ。彼も嫌がってるじゃないか。自己紹介はその辺にして俺と建設的な話をする奴はいないか」
ディートが提案するとスンフは首を振った。
「ディートハルト。悪いが、とてもそんな気は起きないよ」
スンフは椅子に座って目を閉じた。
「興ざめだな~」
クリスは両手を挙げた。
「そうかい。・・・太一はどうする?乗り気じゃないなら俺は一人で考えるが?お前が言ったようにな」
ディートはにやり笑った。
「・・・ったく。せっかく面白いところに来たっていうのに。いいや、わかった。お前ら、とりあえず俺の話聞けよ」
太一は大きく溜息を吐くと椅子の一つに座り直すと、話し始めた。
「そうだな、お前らが本当に現実で生きてるっていう程で話をするぜ」
「無論だ」
ディートが茶々を入れた。
「俺の国は日本だ。日本の高校生っていえば、部活をしてるか、バイトしてるか、ツッパってるか、恋愛してるか、殆どの高校生はこれに夢中だよ。それは、お前らのところも変わらないだろ?」
「勉強が抜けてる」
ディートが手を挙げた。
「ああ、そういえば、それが本分だった」
「遊びも大事だよ」
クリスが手を挙げた。
「そうだよな」
「俺は働いている」
スンフが言った。
「そういう奴もいるよな。それでだ、俺が現実で過ごしていて、まずお前らのような奴に会える機会は殆どない。外人だからかな、さっきディートと話していても思ったんだけど、発想が違うんだよ。育ってきた環境も文化も違うからかもな。俺はそれがすごく面白いと思ってるんだけど、お前らはどうだ?ここにはテレビの話をしてる奴もいなければ、誰と誰が付き合ってるとか、日常の話をする奴はいないんだぜ。それに俺のことを知ってる奴もいないし、お前らを知ってる奴だっていない。そうだろ?」
太一は、一人一人確認しながら続けた。
「食う朝飯も違うだろう。コーヒーの濃さも違うだろう。風景を見たときの感じ方だって違うだろう。これは夢かもしれない。お前らも夢の一部で、ただ俺が想像した外人がそこに座ってるだけなのかもしれない。だけど、もし、そうじゃないのなら俺はそういう話をお前らとしたいと思うんだ。ディートが言うように今の状況を考えることも大事だろう。でも、俺はこの状況に答えが出せるとは思えない。考える過程も大事だろう、話し合う過程も大事だろう。だけど、俺はそんなことよりも今は、お前らと話をしたいと思ってるんだよ」
太一は鼻で笑いながらもう一度その部屋に座る四人を見た。
しばらくの沈黙が流れ一人の男が大きな笑い声をあげた。
「ははは、なるほどなるほど。いいね、太一。すごくいいよ。僕は気になるなあ、日本の話」
クリスは楽しそうに椅子を滑らせて、太一の目の前に来た。
「ああ、俺もだ。日本は車が有名だよな。知ってるぞ」
スンフが笑った。
「・・・車の技術なら俺の国も自信があるぞ」
ディートは負けじと言った。
「アランも気が向いたら自分の話をしてくれないか?気が向かないなら俺たちの話を聞いているだけでもいい。それだけでも普段と違う出来事は、お前にとっても刺激的だと思うぜ」
太一がそう声をかけるがアランはそこで小さくなっているだけだった。
それからしばらく四人で会話をしていると部屋にアナウンスが響いた。
『お待たせしました。十秒後に転送致します』
「お、早いな」
「いや、多分結構時間が経ったはずだ。気付かなかっただけで」
「確かに。少し腹が減ったな」
スンフが腹に手を当てた。
「いよいよ僕に相応しい美しくも、輝かしい、荘厳なる剣が与えられるというのか。だが、それは序章に過ぎない。なぜなら、僕はこれから・・・」
クリスの言葉の途中で太一の視界はホワイトアウトした。
次の瞬間、太一は、円形の部屋にいた。
部屋のその真ん中には五つの丸い台座が円状に並んでいた。
蛍光に光る台座はどこか未来の乗り物を彷彿とさせた。
『五つの台座の上にそれぞれ乗ってください。佩剣の儀を執り行います』
アナウンスの声を聞き、太一たちはそれぞれ目を合わせてから、ゆっくりとそのサークルの上に乗った。
「そっち僕が乗るー!小さいアランはこっち」
「・・・う、うん」
「乗るところで変わるのかディート?」
「変わらないだろ」
ディートは澄まし顔で台座に乗った。
太一は黙って目の前にある台座に乗った。
五人が乗り終わると、足元の台座はそれぞれの色に輝きだした。
その輝きはしだいに強くなり、太一たちを包んでいく。
太一の視界はすぐに真っ白になった。
太一は自分の意識が遠くなっていく感覚に襲われた。今までの突然ホワイトアウトする転送とは違う。
胸の心臓の奥を捻られるように、ぐるりと意識が回り太一は気持ち悪くなった。
吐き気と戦っているうちにおぼろげな意識は徐々に点滅を繰り返し、そしてついに太一の意識はバタンと音を立てて完全に途切れた。
「・・・・・ますか」
真っ暗な視界の中で、太一は声が聞こえてきた。
「・・・こえますか」
その声は耳から聞こえたのではなく、頭に響いた気がした。
それはまるで何かから隠れて声を出しているような女性の囁き声だった。
「・・・聞こえますか?」
「聞こえる」
太一は頭の中で答えた。
「私の声が聞こえるのですね」
「聞こえる。あんたは」
「私は・・・ナオミ。あなたを探していました」
「俺を?」
「はい」
「なんで俺を?」
「アマノタイチ。・・・やっと、やっと私の声が届いた。このときをどれほど待ったか・・・」
「なんで俺の名前を?やっとって、どういうことだ?」
「あなたには特別な力を・・・」