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08 少女と束の間の休息


「………………ううっ」

 腹部が痛い。それに、両腕が動かない。私は、クラーケンに……。

 回復魔法により傷を塞がれたとき特有の、ジクジクと内臓を締め付けるような痛み。その痛みに、ハルの意識が、徐々に覚醒した。

 目を開くと、そこは見慣れた自室の天井。窓のカーテンの隙間からは、朝の白い日差しが差しこんでいる。

 いつもの部屋だった。ただ、普段と唯一異なるのは、いつも起床と同時に感じていた下腹部や腰、喉の痛みが無いこと。

「私、イグテアを助けようとして、それで……。」

 思い出す。私を抱え上げたセシリアの瞳。

 そうだ。クラーケンに襲われて、イグテアを助けるのに必死で……セシリア様に、助けられたんだ。

 あの時、イグテアを死なせまいと無我夢中でクラーケンの口へ飛び込んだものの、勝てる算段などは一切無かった。しかし、気が付くと体が勝手に突き動かされていた。無我夢中だったのだ。同時に、必ずセシリアは助けに来る――決して、彼女へ好意を抱いているわけではないのに、なぜかハルは、そう確信していた。

 本当に、来てくれた。

 意識が遠のく中で感じた、セシリアの甘い香りと、あたたかな腕。なぜ、氷の様に冷たく感じているセシリアに対して、あたたかいと感じたのか。ハル自身にも分からなかった。しかし、自分の窮地を助けに来てくれた事、その理由が例え、ハルの能力云々であったとしても、純粋に嬉しい。ハルは、そう感じていた。

 私は一体、どれくらい寝ていたのだろうか。

 特に体力が落ちた感覚もなく、意識はスッキリとしている。

「起きたのね。」

 突然開かれた扉から、正にハルがいま考えていた人物が、相変わらずの無表情で入ってくる。

「ノックくらいして下さいよっ!」

 起床した直後のためか、ハルの心臓が飛び跳ねた。

「自分の道具に指図される筋合いは無いわ。」

「道具道具って、そんなに大切な道具なら、もっと早く助けに来てください!」

「まさか、貴方があんなに弱いなんて思わなかったから。」

「誰かさんに毎日魔力を吸い取られているせいです!」

 いつも通りのセシリアの様子に、ハルもすぐにいつもの調子になる。

 セシリアはハルのベッドの側に立つと、ひと言、言い放った。

「脱ぎなさい。」

「…………はあ!?」

 この状況で出てくるとは思えない発言だった。相手が四賢聖という事も忘れて、つい声を上げてしまう。

 まさかセシリアは、こんなボロボロの状態でも魔力譲渡をさせるつもりなのだろうか。流石にそれは節操が無いというか、倫理観が崩壊している。

 ハルは布団を目元まで引き上げると、怯えた小動物の様に威嚇した。そんなハルの反応に、セシリアは呆れたようにため息をつく。

「病人を襲うほど困っていないわ。それより、ふざけてないで傷口を見せなさい。」

 ハルは一瞬きょとんとした。そして、羞恥に顔がみるみると赤く染まっていく。

 そんな言われ方をしたら、まるで私が、そういう事ばっかり考えている変態みたいじゃないか。

 ハルは心の内で悪態をつきながらも、言われるがまま、寝間着のボタンを外そうとする。だが怪我のせいで腕には殆ど力が入らず、指はボタンを滑るばかりだった。

「腕、どかして。」

 悪戦苦闘するハルを見かねて、セシリアがハルのシャツのボタンを、上から順番に外していく。

「………………っ」

 なんかこれ、ちょっと恥ずかしいかも……。

 裸なんて、何度もセシリアに見られている。だが今は、外にまだ太陽が元気に輝く朝。それもセシリアは、いつもの加虐的な笑みを浮かべた表情ではなく、いつになく真剣な眼差しだった。これまで味わったことのない、羞恥心にも似たくすぐったい感情が、ハルの中に湧き上がる。

 何だろう、この気持ち。分からないけど、早く終わってほしい。

 つい、セシリアの顔から目を逸らしてしまう。すると全てのボタンを外し終えたセシリアが、ハルのシャツをはだけさせた。

「お望み通り、夜のようにしてあげようか?」

 セシリアの悪戯っぽい声に、ハルは咄嗟に「結構です!」と声をあげる。そして、セシリアを睨むように見る――はずだった。そのはずだったのに。

 ハルは呆気にとられたように、セシリアを見つめていた。

 悪戯っぽくこちらを見るセシリアが、くすくすと子どものように笑っていたのだ。普段の無表情とも、「どうハルを甚振いたぶろうか」と、頭の中で計算をしているような表情とも違う。

 先ほど感じた、くすぐったいような、もどかしいような。そんな違和感が、大きくなっていく。

 戸惑うハルの様子に気が付くこともなく、ハルの反応に満足したセシリアは、ハルの腹部にできた大きな傷跡をひと撫でした。

「このままだと痕が残りそうね。夕食前に、ノアの所に行きなさい。」

「セシリア様も、人の傷跡の心配とかするんですね。」

「私をなんだと思っているの?」

「……人の体を道具としか思ってない、鬼畜?」

「そんなはずないでしょ。そう思っているのは、あなたに対してだけよ。」

 矛盾しているじゃないか。

「私の道具に傷がつくのが嫌なの。」

 セシリアはそれだけ言うと、部屋を出て行ってしまった。

「なんか、いつもより弄ばれた気がする…………あれ、これどうやってボタン元に戻すの!?セシリア様ぁ!」

 セシリアは閉じた扉の向こう、ハルの叫びを聞くと、微かに頬を緩めた。

 だがそれもほんの一瞬で。またすぐに普段の無表情に戻ると、執務室へ向かうのだった。

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