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ニジュウ面相の別荘

本作は、この「ニジュウ面相クロニクル」シリーズ開始以前に、すでに執筆していた作品(2016年制作/パブーの「ルシーの明日とその他の物語」内に収納済み)だったのですが、

「裏野ハイツ奇譚」と「遊園地の怪人」の中間に位置する、ミッシング・リンク的なお話でしたので、

あえて、この位置に再収録させていただきました。

「まずは、屋敷の中に入る前に、この玄関をご覧なさい。この玄関マットは、25キロ以上の重さが加わると、自動的に監視カメラを作動させる仕組みになっている。肝心の監視カメラは、玄関灯の内部に潜ませているから、訪問者は自分が写されているとは、つゆとも気付かないと言う寸法だ」棟梁が得意げに説明してみせた。

 オレは、今、建てたばかりの郊外の新居を見に来ていた。これまで持っていたオレの家は、ことごとく国に没収されている。今度こそは、長く使える我が家を手に入れようと思って、日本でも一二の腕前と言われる大工の棟梁を雇って、この新しい屋敷を建ててもらったのだ。

 そして、このたび、屋敷もついに完成したと言うので、その棟梁と二人でやって来て、屋敷の構造を詳しく説明してもらっている最中なのである。

「なるほど。しかし、カメラだと見張るだけで、侵入者を直接捕えたり、翻弄したりはできないね。オレはそういう、もっと積極的な警護システムを望んでいるんだ」オレは言った。

「まあ、焦りなさるな。この屋敷のカラクリの本領は内装にこそある。さあ、案内するから、わしについてきたまえ」余裕でそう答えた棟梁は、玄関のドアを開いた。

 そして、棟梁に続いて、オレも屋敷の中へ入ると、バタンとドアを閉めた。

「まず、この入り口のドアだが、実は、この取っ手は、決まった手順でひねると簡単に外れてしまう仕組みになっている。屋敷への侵入者の知らせを受けた場合、運悪く玄関のドアの鍵をその時持ってなくても、この取っ手を外して、持ち去ってしまえばいい。取っ手がなければ、鍵がかかってなくても、侵入者はドアを開けられなくて、立ち往生するだろう?」

「ほう、面白い仕掛けだね。しかし、ドアが駄目なら、侵入者は窓から逃げ出すんじゃないのかな」

「そちらの方も心配ご無用。廊下のあちこちに、ボタンが設置してある。それを押せば、一階にある全ての窓に鉄格子が下りてくる仕組みだ。これで完全に袋のネズミだ」

 そして、棟梁がそばにあった壁の小さなボタンを押すと、確かに話した通りになったのだった。

 しかし、オレは鉄格子はあまり好きではなかった。いまいち景観を損ねるし、何よりも国のあの施設を思い出させるからだ。

「逃げ場を失った侵入者が廊下でウロウロしているようなら、さらにこっちのものだ。廊下には最大の罠である粘着液が用意してある。赤いボタンを押せば窓に鉄格子が下りたが、青いボタンを押せば、廊下の天井から粘着液が床へと降り注いで、足がべったり床にくっついてしまう。これで何人だろうと、この屋敷からは逃げられないはずだ」

 棟梁は、なかなか大掛かりな仕掛けも作ってくれたようである。これならば、中村の手下が大挙して、この屋敷に乗り込んできたとしても、一網打尽にできそうだ。オレの最大のライバルにも通用するかどうかが、まだ不安なのだが。

「確かに素晴しい侵入者殺しの罠だが、オレやオレの使用人も廊下を歩けなくなってしまうのではないかね」オレは棟梁に尋ねてみた。

「この粘着液向けの特製の靴を準備してある。粘着液を廊下に流したあとは、自分たちはこの靴を履けばいい。この靴は、底の部分が何十枚もの紙が貼り合わさって出来ていて、一歩進むごとに、一枚ずつ紙がはがれて、粘着液の上でも歩ける仕組みになっている」

「少しスマートじゃないね。たとえば、粘着液がくっつかない油を靴底に塗るとか、もっと他のやり方はなかったのかな」

「申し訳ない。この粘着液はかなり強力でね、現時点では十分に対応しきれる良い油が見つからなかったのだ。もう少し研究を重ねてみるから、今はこれで我慢してもらえないだろうか」棟梁が謝った。

 そういう事なら仕方があるまい。オレだって、すぐにでも、この屋敷を使い始めたいのだ。

「侵入者対策の仕掛けは大体分かった。次は、この屋敷から脱出する為のカラクリだ。逃走方法は十分に揃っているのかね」

「もちろんだ。しかし、その前に、一階のあちこちの部屋に設置しておいた仕掛けも見てもらえないだろうか」

 こうして、オレたちはまず応接間へと向かった。

 応接間の壁の一角には、高さ150センチぐらいの位置に、30センチ四方の四角い穴が空いていて、その向こう側にも部屋が一つあるのが見えていた。これは、オレから棟梁に頼んで作ってもらった隠し部屋なのだ。この隠し部屋には、この応接間からではなく、別のルートから中に入れる構造になっていた。

「応接間をこっそり見張る為の隠し部屋を作ってほしいという要望でしたな。この覗き穴の部分には、普通でしたらマジックミラーをはめておくところなのだが、それじゃ平凡すぎるので、旦那は肖像画を掛けておくとおっしゃっていた」

「そうだ。肖像画の目の部分だけを覗き穴にしておくのだ」

「しかし、わしが思うには、それもバレやすい気がする。そこで、わしはこんなものを用意してみたのだが」

 そう言って、棟梁は部屋の片隅に置いてあった額入り絵画を持ってきたのだった。それは、大自然の中の小さな山小屋を描いた風景画だった。山小屋そのものは下の方にちょこんとあるだけで、絵の大部分は大きく広がる星空で占められていた。

「実は、この星、全て穴なのだ。これを、あの覗き穴のところに掛けてごらん。隠し部屋の方に明りがついていれば、パーッと星空になるし、電気を消せば、闇夜の空に早変わりだ。この方がずっとシャレているだろう?」

「いや、それはだね」と、オレは口ごもった。「確かに面白いトリックだが、オレは好かないな。オレの趣味としては、やはり肖像画の方がいい」

「そうか。残念だな」

 棟梁はあからさまに不服そうだった。しかし、ここはオレが発注した家なのだ。オレは、肖像画の目が実は見張りの目だったというトリックで、訪問者をあっと驚かせたいのである。

 続いて、オレたちは調理場へやって来た。オレとしては沢山の使用人を雇うつもりだったから、かなり大きな調理場だ。レストランにありそうな巨大な冷凍室も併設されていた。今度は、この冷凍室の中を覗きにきたのである。

「この冷凍室には、ダミーの食材がいくつか置いてある。この牛のあばら肉と大マグロ一尾がそうだ。この二つは完全な作り物だが、言われなきゃ、誰も見抜けないだろう。そして、この二つの表面には、見えにくい位置にジッパーが付いていて、内部に物をしまう事ができるんだ。当然、耐冷製の素材で出来ているから、この冷凍室が使用中でも、中にしまっておいたものには何の影響もない。こんなところに物が隠してあるなんて、どんな泥棒の天才でも気が付く事はないだろう。まさに、最高の貴重品の隠し場所だ」

 棟梁は得意げに説明していたが、実際は、このオレこそが泥棒なのだ。冷凍室のこの秘密の貴重品袋には、盗んだ宝石や財宝などを隠しておくつもりだったのである。けっこう収納スペースは広そうなので、時には、誘拐した子どもだって隠しておけるかもしれない。

 そして、オレたちは書斎へとやって来た。ここがいちおう、オレの表向きの司令室となる。仕掛けの方も万全なものを用意しておいてもらわなくてはいけない。

「注文どおり、落とし穴は作っておいてくれたんだろうね?」オレはさっそく棟梁に尋ねた。

「心配なさるな。全ては旦那の指示どおりに作ってある。この旦那が座る執務用の机にはボタンがあって、赤のボタンを押せば、この部屋の入り口近くの落とし穴の蓋が開く。引っかかった人間は3メートルほど下まで落ちるから、落ちたら最後、自力で抜け出す事はまず不可能だ。オプションで、穴の中に水が流れ込む仕掛けも設置しておいた。いくら侵入者対策の為とは言え、あまり使ってほしくない罠だがね」

「君の感想はいらん。それで、もう一つの落とし穴の方は?」

「言われた通り、机のそばに作ってあるよ。こちらの蓋を開くのは青のボタンだ。しかし、侵入者殺しの落とし穴じゃない。旦那が緊急で逃げる為の落とし穴だ。よって、穴は垂直ではなく、ゆるやかな坂を滑り降りれるようになっているし、穴の底も行き止まりではない」

「どこへつながってるんだ?」

「すぐ外の庭だ。出口はゴミ入れの箱でカムフラージュしているから、まず気付かれないだろう」

「おお、見事な細工じゃないか。さすがは日本一の建築家だ。君にこの仕事を任せて、本当に良かったよ」

「ですがね」と、棟梁は顔を曇らせた。「旦那が机のそばに居ないと、この抜け穴は使えませんぜ」

「確かにそうだが」

「そこで、もう一つ、抜け道を用意してみたんだ」

 そう言って、棟梁は壁の一角にある大きな本棚の方に向かったのだった。

「その本棚がクルリと回る隠し扉だとでも言うのかね」オレは聞いた。

「いいや。そんな大掛かりな仕掛けだとすぐに見抜かれちまう」

 そして、棟梁は、本棚の最下段にある大判の百科事典全集の背表紙だけをペラリとめくってみせたのだった。その百科事典全集は、もとから背表紙しかないダミーで、その奥にあるべき本棚の背板もはめられておらず、さらに壁の向こうにつながる抜け穴になっていたのである。

「この方が気付かれにくいでしょう?旦那の体でも、ちょうど通れるぐらいのスペースだ。ここをくぐり抜けると、向こう側は隠し通路になっている。その先には梯子があって、素早く二階に昇れる仕組みだ。二階からの脱出ルートへ一直線って筋書きでして」

 オレは思わず笑みがこぼれた。この棟梁、なかなかオレの趣味が分かっているではないか。全く、この男に仕事を頼んで、正解だったと言うものだ。

「よし!それならば、その抜け道を使って、さっそく二階へ向かおうじゃないか!」オレは大声を張り上げた。

 そして、オレと棟梁は、隠し通路を使って、二階へ進んだのだった。隠し通路の梯子の先は、オレの寝室につながっていた。

 この寝室こそ、二階での逃走手段の要でもあるのだ。

 棟梁は、オレの為に設置してくれた、天蓋つきの豪華なベッドに手を当てた。

「見た目は普通のベッドだが、これも旦那の注文どおりの品物だ。この部屋のすぐ上は天井裏で、すでに準備が整った気球が隠されている。その気球とこのベッドが巧みに結びついていて、ベッドにあるレバーを引っ張れば、屋根や周辺の壁などがパアッと外れてしまう仕組みだ。次の瞬間、気球は浮かび上がり、このベッドが気球の下の籠に早変わりするって手はずだ。全く、旦那は次から次へとファンタスティックなアイディアがひらめくようで、不思議なお方だよ」

 棟梁は褒めてくれたが、実際のところは、オレはこの逃走手段を使う事には躊躇していた。過去に何度か気球による逃走は試みてみたものの、大体は失敗していたからだ。むしろ、この気球はオトリに使って、別のルートから逃げ出せないかと考えていた。本当はヘリコプターが欲しかったのだ。その為に、屋根の一角にはヘリコプターの発着場所も作らせていたのだが、あいにく、ヘリコプターそのものの購入が手間取っているところだった。

「まあ、屋敷の説明は、大体こんなもんだろうかね」棟梁は言った。

「いや、ありがとう。この屋敷、大いに気に入ったよ。別荘として、存分に使わせてもらうつもりだ。本当に感謝する。しかし、君もよくこれだけ面白い仕掛けが思いついたものだね」

「わしの先祖は、もともと戦国時代に忍者屋敷を専門に作っておったのだ。わしにも、その血が流れておる。ただ、それだけの話だ」

「なるほど。しかし、君自身も素晴しい芸術家だと思うよ。この屋敷はまさに最高傑作だ」

「お褒めにあずかり、光栄だよ。そこまで讃えてくれるのならば、旦那にだけは、教えてあげる事にするかな」

「何をだね?」

「実は、この屋敷にはもう一つ、カラクリを仕掛けておいたのだ。わしの先祖伝来の最強の脱出システムをね」

「そんなものが、ここに?」

「そうだ。もし、今まで見せてきたカラクリが全て敵に破られた場合は、一か八かで使ってみるがいい。なあに、ちっとも難しい仕掛けなどではない。ほれ、ちょんちょんぱ!これだけだ」

 そう、棟梁がちょんちょんぱ!と屋敷のある部分をいじくっただけで、その仕掛けはいきなり発動したのだ。

「おお!ちょんちょんぱ!それだけで、こんな事に?こりゃあ、絶対に逃げ出す事ができるな」

 オレは、その仕掛けを見て、あまりにうまく出来ているものだから、つい大笑いしたのだった。

「遠藤平吉の旦那。この先、この屋敷で何をしようと企んでいるのかは、わしの知るところではない。しかし、この屋敷はわしが全身全霊を傾けて作った大事な息子の一つだ。決して宝の持ち腐れにならぬように有効に使ってくれたまえよ」

 それが棟梁がオレに投げかけた、最後の言葉だった。オレも、棟梁の期待に十分応えるつもりだった。

 こうして、オレの郊外の別荘、いや、新しい秘密のアジトは完成したのである。刑務所を脱獄してから、かれこれ一年が経つ。そろそろ、オレが大事件を起こす事を、世間も期待し始めている頃だろう。

 かくて、オレ、怪盗ニジュウ面相は新たなるアジトを拠点に、世を騒がすべく、犯罪活動を再開したのである。


 しかし、予想以上に、宿敵アケチ探偵の出動も早かった。度重なる攻防戦の末、じょじょに追い詰められていったオレは、例のカラクリ屋敷のアジトへと撤退した。今回のアジト内のカラクリのオンパレードには、さすがのアケチもかなり苦戦していたようにも見えたのだが、さすがは巨人と呼ばれるほどの名探偵である。ついには、全ての罠を突破され、オレも八方ふさがりにまで追い込まれてしまったのだった。

 そして、とうとうオレはアケチ探偵に捕まってしまったのである。かくなる上は、棟梁に伝授されたちょんちょんぱ!の仕掛けを使ってやろうとした、その直前にであった。

「いやあ、ニジュウ面相くん、今回はまた凄いお化け屋敷を作ってくれたものだね。さすがの私も、あと少しでこの屋敷の罠に屈服するところだったよ。しかし、悪の栄えたためしはない。今回も君の負けだ。君のこのアジトは、国に没収させる事にするよ。これほど面白い仕掛けが沢山揃ったカラクリ屋敷だ。一般市民に開放して、見学料でもとってみたら、さぞ政府の良い財源になる事だろうよ。そうそう、君自身にも新しい別荘を用意してやっているからね。こないだ完成したばかりの最新警備システムの整った刑務所だ。これには、さすがの脱出の名人の君でも脱獄は不可能だろう。今度こそ、今までの罪の全てを暗いブタ箱の中でじっくりと反省してくれたまえ」

 オレを捕まえたあとの名探偵は、そう楽しげにオレヘと話しかけてきたのだった。全く、憎々しい奴だ。

 オレの身柄は、アケチ探偵より警視庁の中村警部へと引き渡され、希代の大怪盗であるオレは再び刑務所に逆戻りしたのだった。

 今度オレが入所させられた刑務所は、確かに今まで見た事がないほどの厳重さだった。なによりも、建物の警備システム自体が飛び抜けて優秀なのだ。さて、この強敵をどうやって破ってやろうとオレが思案していた時である。

 何者かがオレに面会を求めてきた。会ってみると、それが何と、あの大工の棟梁なのであった。

「旦那、お久しぶりで。旦那が何らかの犯罪関係者じゃないかと言うのは、わしもうっすらと気付いてはおったよ。しかし、まさか、あの世紀の大怪盗のニジュウ面相だったとはね」

 オレと面会した棟梁は、笑いながら、そう話しかけてきた。

「何をしに、ここに訪ねてきたんだい?」オレは棟梁に聞き返した。

「いや、実を言うと、この刑務所を設計したのも、わしなんだ。本当に旦那は運がいいよ。わしの作った家から家へと移り住めたんだからね」

「捕まったオレのマヌケぶりを笑いにきたのかい?嫌なジジイだ。確かに、君の作った建物だけあって、オレも今回ばかしは脱獄にかなり手こずってはいるがね」

「いやいや、旦那はラッキーなんだよ。ほら、例のアレ、覚えているかい?」

「例のアレって、もしかして?」

「そう、もしかして」

「ちょんちょんぱ!」

 同時に言って、オレと棟梁は思わず一緒に大笑いしたのだった。

 この棟梁は、自分の作った建物にはことごとく内緒で、ちょんちょんぱ!を仕掛けていたのである。この刑務所もまた、例外ではなかった。

 全く、自分のアジトでは、このちょんちょんぱ!を使い損ねていて良かったと言うものだ。この仕掛けだけは、さすがのアケチもまだ知らなかったのだから。

 こうして、翌日、オレはちょんちょんぱ!を使うと、あっさり脱獄を成功させ、この難攻不落の最新刑務所をまんまと後にしたのだった。


      了

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