裏野ハイツ奇譚 <疑問編>
裏野ハイツは、二階建の、たった6戸しか居住部屋がない、小さなアパートだったにも関わらず、好ましくない噂が、いくつも、まことしやかに伝えられていた。
裏野ハイツの怪しい噂で、真っ先に挙げられるものと言えば、やはり、202号室の謎であろう。この部屋は、現在、居住者がいるのかどうかが、近隣に住む人たちの間でも、よく分かっていなかったのだ。そんな曖昧な状態であっても、裏野ハイツの持ち主が、多数のアパート管理を一手に引き受けている不動産会社だったものだから、まるでお構いなしだったのである。
特に頻繁に囁かれていた噂は、この202号室の主は化け物ではないか、と言うものだった。死者の霊なのか、魔界の怪物なのかまでは断定されていない。とにかく、この202号室には、やばいモノが住んでいて、もし部屋を覗くような事をすれば、その人物の命は無いとまで、噂の内容は膨らんでいたのだ。
この不気味な噂に、201号室に住むお婆さんの情報までもが絡んできた。このお婆さんは、家族とも疎遠になっていたらしくて、彼女のもとに、長いこと、人が訪れるような様子もなかったのである。その為、一人ぼっちの生活が続くお婆さんは、寂しさのあまり、少しオカシくなりかけていた、と皆に言われ始めていた。あげくは、頭が錯乱していた彼女は、隣の202号室の化け物の事を、自分の孫だと思い込むようになっていた、なんて話が、都市伝説好きの間では伝わるようになっていたのである。
102号室も、まあ、似たような感じだった。こちらの部屋にも、ほとんど外出しないような人物が住みついていたのだ。ただ、こちらの住人は、年末の2日間だけは外出して、部屋を空けていたとも言われている。その時に、この人物を見かけた者の話によると、40代ぐらいの男性だったらしい。このように、普通の人間だと確認されていても、やはり、怪しい都市伝説はつきまとっていた。この男の外出中に、好奇心から、この102号室に忍び込んでみた若者がいて、その若者は、部屋の中で、何か、恐ろしいものを見つけてしまったらしくて、その後、発狂してしまったとも言われているのだ。
隠し事と言う点では、101号室に住む会社員にも、気持ちの悪い噂が囁かれていた。この会社員は、一見、とても人当たりのいい好人物のようでもあったのだが、聞くところによると、もともとは、彼には同居人がいたらしいのである。しかし、その同居人と会った人は全く存在せず、のちに、その同居人の気配は完全に消えてしまった。離れ離れに暮らすようになっただけの事だったのかもしれないが、他方で、この101号室の会社員が、時々、用途不明の大きなトランクケースを持ち歩くようになりだしたとも聞かれ始めたのである。一説では、このトランクケースの中には、会社員が殺した同居人の死体がバラバラに分解して詰め込まれており、会社員は、時間差で、何回にも分けて、死体の断片を外へ捨てているのではないかとも言われていたのだが、これも、もちろん、確証のある話ではなかった。
103号室には、若い夫婦が住んでいたが、こちらにも、ヘンな噂が流れていた。夫婦自身は、自分たちには幼い子供がいると公言していたのだが、それはウソじゃないかと、周囲の人たちには思われていたのである。と言うのも、この子が騒いだような声が、103号室からは、いっさい聞こえた事がなかったからだ。この子の存在については、何人かによって、見かけた事があると言う証言もあったにも関わらずである。その為、この夫婦も、やはり、少し心を病んでいて、幻の子供を育てていたのではないか、なんて事が、一部の人たちの間では囁かれていたのだった。実際に子供を見た事があると言う第三者については、夫婦の強い思念の影響を受けて、一緒に幻覚を見せられていたのだ、などとまで解釈されてしまっていたのである。
それにしても、怪しい噂だらけのアパートなのだ。それでも、空室だった203号室には、時々、新しい入居者がやって来るのだった。これらの噂を知らない、遠地の人が、このアパートの立地条件の良さに惹かれて、ついつい、入居を決めてしまうらしい。裏野ハイツを管理する不動産会社の方も、淡白な営利第一主義だったから、平気で、新入居者を受け入れてしまうのだ。
そして、やっぱり、入居後に何かが起きたらしくて、203号室の新しい住人は、数ヶ月ぐらい居座っただけで、いつも、逃げるように、このアパートから出て行ってしまうのだった。その理由は、ほとんどの場合、誰にも知られてはいない。行方不明になった人が居たなんて話まで、近隣では、無責任に伝えられていたのだった。
考えようによっては、この頻繁に入居者が入れ替わってしまう203号室こそ、裏野ハイツのもっとも怪しい謎だったのだとも言えそうである。




