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ニジュウ面相 対 赤ずきん(6)

 宝石店内の展示場の中央に陣取ったマユミは、名探偵っぽく、こまっしゃくれた口調で、ゆっくりと、その推理を開始したのであった。

「今回のニジュウ面相の犯行の中で、もっとも変わっていた点は、犯行予告状に最初は何を盗むのかが書かれていなくて、あとから盗むものが指定されてきた点でした。ニジュウ面相は、なぜ、そんな回りくどい手順を踏んだのか、分かりますか、ヨシオお兄ちゃん?」

 マユミは、わざと、コバヤシ青年に話を振ってみせた。

「それは、まだ、この宝石店にダイヤがある事のウラが十分に取れていなかったから、とか・・・」

「そうかもしれないわね。だから、ニジュウ面相もカマをかけてきたのかもね。はじめから『ダイヤを盗む』と予告していたら、店長さんはしらばっくれて、そんなものは無いフリをしたり、犯行日までに速やかにダイヤを他の場所に移していたかもしれないものね」

「でも、マユミ君、それなら、ニジュウ面相は、何だって、犯行時刻ギリギリに、きちんと、ダイヤを盗む事を声明したのかね?予告状なしで、盗みを働いても良さそうなものだったのに」ナカムラ警部が口を挟んできた。

「ニジュウ面相は、ダイヤの存在どころか、そのダイヤの置き場所や取り出し方も、何もかも知らなかったのよ。だから、それらを一気に聞き出す作戦に出たのよ。そう、こんな直前に盗むと言われてしまったら、焦ってしまって、嘘をついたり、トボける事だって思いつかなかったでしょう?我々は、まんまと、ニジュウ面相の術中にはまってしまったのよ。さらに、わざわざ、事前に予告状をよこしたのには、もう一つ、理由があったわ」

「それは、何かね?」と、ナカムラ警部。

「警部さん。あなたたちを警備にこさせる事で、この店の中への人の出入りを活発にする為よ。ニジュウ面相は、そんじゃそこらのコソ泥とは違うわ。盗みの現場に、隠れて忍び込むよりは、誰かに変装して、堂々と侵入する戦術を得意としているのよ。店の中のあちこちに警官がいるような状態になってくれたら、その方が、ニジュウ面相も、さぞ、潜り込みやすいんじゃなくて?」

「ニジュウ面相は、警官に化けて、この店内に侵入しているとでも?しかし、わしは、この現場に配置された警官の顔は、全部、覚えておるぞ。その一人と入れ替わろうとしても、誰もが、格闘の上段者だから、簡単にはニジュウ面相にやられて、取って代わられたりはしないはずだ」

「そんな危険を犯すほど、ニジュウ面相も馬鹿ではありません」

「じゃあ、ニジュウ面相は、誰にも化けられないじゃないか」

「いいえ。ここで、あとから予告状の内容を変更した事が、大いに意味を持ってくるのです。警部さん、一人だけですが、警部さんの知らない顔の警官が、この現場には混ざっていませんでしたか?」

 マユミにそう言われて、ナカムラ警部もハッとしたのだった。

「たった今、本庁から、予告状の中身が変わった事を伝えに来た警官のことか!」

「その通りです。この調子だと、本庁から来たと言う話そのものも怪しそうですね。予告状の内容が特殊インクで変わったのではなく、全く別の新しい予告状を持って来ただけだったのかもしれません」

「そうか!あいつがニジュウ面相だったのか!あの野郎、どこに行きやがった!」ナカムラ警部が叫んだ。

「ええと。確か、店長が電子カードを取りに行った時、護衛として、一緒について行ったのでは?」コバヤシ青年も、すかさず、状況を思い出した。

 皆の目は、いっせいに、エドガワ店長の方へと向いたのである。

「あ、あの警官とは、電子カードを取って来た後、この展示場の中に戻ってくる手前で別れましたが」エドガワ店長は、しどろもどろに答えたのだった。

「エドガワさん。あの警官に、なにか挙動不審な部分はありませんでしたか?隙を見て、電子カードをすり替えられた、とか」と、コバヤシ青年。

「早く、あの警官を指名手配するんだ!この店内から逃がしちゃいかん!」ナカムラ警部も怒鳴った。

「待ってください、皆さん!もう、あの警官を探したって、見つからないし、無駄ですよ。第一、今、店長が持ってきたカードで、金庫はきちんと開いたじゃないですか。それに、店長が出て行ってから、戻ってくるまでの時間、あたしたちは、ずっと、この部屋にいました。その間の時間帯で、見つからないように金庫の扉を開いて、ダイヤを持ち去るような事は、誰であっても不可能です」マユミは、早口で説明して、慌てる皆の行動を制したのだった。

「じゃあ、ニジュウ面相は、どうやってダイヤを盗んだのかね?」と、ナカムラ警部。

「この金庫は、これまでに一回だけ開きました。中にあるダイヤを盗むのならば、チャンスは、そのひと時だけです。そうでしょう、店長さん?」マユミは、エドガワ店長にニコリと微笑んでみせたのだった。

「わ、私が盗んだとでも言うのか?私は、この店の総支配人だよ。私がダイヤを盗むだなんて、そんな話、おかしいじゃないか?」エドガワ店長は、焦って、言い返した。

「いいえ、どうかしら。だって、あなたは、本当の店長じゃないもん。実は、ニジュウ面相なんでしょ?」

 マユミのその一言に、瞬間、周囲は凍りついたように静かになったのだった。

「本物の店長さんが電子カードを手にした直前に、襲いかかって、入れ替わってしまったんでしょう?きっと、その時が、まんまと二人っきりになれて、絶好のタイミングだったんでしょうね。それに、ニジュウ面相は変装の名人だし、あらかじめ、その人物に化けるつもりで用意していたら、ますます、すり変わるのは簡単だったんじゃないのかしら。あとは、この部屋に戻ってきて、金庫を開くだけ。金庫の前に立てば、死角になって、その内側は周囲の人には見えない。その一瞬に、手品の要領で、素早く、金庫の中のダイヤを取り出して、手元に隠してしまった。自分で盗んでおきながら、『ダイヤがない!』と騒げば、これで予告状どおりの盗みも達成です」

 マユミは、この盗難事件のトリックを、一気に説明したのだった。

 ナカムラ警部もコバヤシ青年も他の警官たちも、身構えて、怖い表情で、エドガワ店長の方を睨んでいた。もし、彼が怪しい行動でもとれば、すぐにでも取り押さえるつもりなのだ。

「待ってくれ。その推理は乱暴すぎないか!状況からの推測だけであり、私がニジュウ面相だと言う論理的な根拠は一つも無いじゃないか!」エドガワ店長は叫んだ。

「あなたは、さっき、この事件がニジュウ面相一人の犯行だと言い切ってましたよね。でも、実際には、店の外では、怪しい狼男が暴れていて、陽動作戦を展開していました。だったら、状況的に、普通は、この予告盗難事件が単独犯だとは考えないような気もするんですけど?それが、この表の狼男の正体は、誰かに飼われていた大型犬でした。そう、確かに、今回の事件は、ニジュウ面相の単独犯行で正しかったのです!だけどですね、狼男の正体が犬だと言う報告がこの部屋に届いた時って、店長さんは、この部屋には居なかったんじゃありませんでしたっけ?」

 エドガワ店長は、声を出さず、憎々しげに、マユミの顔を見つめていた。

「ニジュウ面相には悪い癖があってね、仕事が終わった後も、まだ自分の犯行現場に居残っていて、自分が手玉に取った被害者や警察があたふたしている様子を見て、楽しんだりするんです。よっぽど自分の泥棒稼業に自信があって、ちょっとした犯罪芸術家気取りなんでしょうね。でも、今回ばかりは、だいぶ、やり過ぎちゃったみたいね。つい自画自賛し過ぎちゃったもんね」マユミは、さらに説明を付け加えたのだった。

 そこで、展示場の外からは、一人の人物を連れた警官が入ってきたのだ。その連れられた人物とは、下着姿に大きなガウンを羽織っていた。その顔は、なんと、エドガワ店長なのであった。

「支配人室で、縛られて、監禁されていたのを救出いたしましたので、こちらにお連れしました」と、警官はキビキビと報告した。

「支配人室の中で、隠してあった電子カードを取り出したあと、連れの警官に襲われたんだ!そいつは、私の服を奪って、私になりすましおった。ほら、そこにいる男がそうだ!そいつは、私の偽物だ!」下着姿の本物のエドガワ店長は、この部屋にいた店長を見ながら、激怒して、叫んだのだった。

 ここまで証拠が揃ってしまったら、もはや、言い逃れもできないのである。

 この場にいる一同は、ニセのエドガワ店長の周囲をグルリと取り囲み、ジリジリと、その輪を縮めていった。凄まじい緊張状態に包まれて、追い詰められたニセ店長も、ガッと構えたまま、微動だにしないのである。

 次の瞬間、警官たちは、わっとニセ店長に飛びかかった。警官たちに囲まれて、もみくちゃにされて、ニセ店長の姿が、はたからは見えなくなった。

「盗まれたダイヤを発見いたしました!」ニセ店長と揉み合っていた警官の一人が、手を高く上げた。その手には、キラキラ光る巨大なダイヤが握られていたのだ。

 しかし、警官たちの奮闘も、そこまでだった。ニセ店長は、突然、狂ったように暴れ出したのである。ものすごい怪力を発揮していた。たちまち、警官たちは、周囲へと弾き飛ばされてしまったのである。

 再び、ニセ店長の周りを、警官たちが、用心しながら取り囲む形になった。

 その時、ニセ店長であるニジュウ面相は、奇妙な吠え声を出して、なんとも動物的な気味の悪い動きをし始めたのだった。

「なんだ?ニジュウ面相め、ここでも狼男に変装して、僕らを翻弄するつもりか?」コバヤシ青年が叫んだ。

 しかし、ニジュウ面相の変身は、変装なんてレベルではなかった。耳がピンと立ち、口にはギラリと牙が光って、指先からは鋭い爪が伸び、顔一面にも毛が生えて、完全な狼男に化けてしまったのだ。その状態で、ニジュウ面相は、あらためて、激しく咆哮したのだった。

「皆!こんなハッタリに怯むな!ニジュウ面相を捕まえろ!」ナカムラ警部が怒鳴った。

 だが、狼男となったニジュウ面相は、これまで以上の凶暴さで、ひどく抵抗し、暴れたのだった。警官たちは、まるで、彼のそばに近付けなかった。それどころか、彼がもっと本気で暴れようものなら、せっかくの包囲も突破されかねないような有様だった。なんとか、ここまで追い詰めたはずだったのに。

 うっかり、警官の一人が、ニジュウ面相めがけて、発砲してしまった。確実に、彼の体に着弾したようである。ところが、それでも、ニジュウ面相はちっとも怯んでいなかったのだ。

「こいつ、防弾チョッキまで着ていたのか!」ナカムラ警部がつぶやいた。

 その言葉をかき消すように、突如、幼い少女の声が部屋一面にこだました。

「違うわ!こいつは、人ではなく、本物のオオカミよ。人間オオカミよ!あとは私に任せて!」

 その声に、この場にいた皆が反応した。一同は、声の方角にと目をやった。

「赤ずきん!」と、真っ先に口を開いたのは、マユミだった。

 そう、声の主は、あの赤ずきんだったのである。狼男と警官たちが乱闘している最中に、いつの間にか、この展示場に忍び込んでいて、今は、ガラスのショーケースの一つの上に、超然と立っていたのだ。

「この子は、厳重な警戒の店内に、どこから侵入したんだ?」ナカムラ警部がポカンとした。

 でも、そんな事は、もはや、どうでもいい話だ。今や、状況は、赤ずきんと狼男のニジュウ面相が真っ向から対峙する形になっていた。

「逃がさないよ、100年オオカミめ!こんな東の果てまで来て、盗みを働いてるなんて、ちょっと悪さが過ぎたようだね。あんたには、この地で引導を渡してあげるよ!」赤ずきんは、幼女とは思えないドスの利いた声で、タンカを切ったのだった。

 そして、赤ずきんは、狼男向かって、飛びかかっていったのである。あとは、もう、人智を超えた戦いなのだった。あまりにも異様な戦いに、周りにいた警官たちも加わる事ができなくなってしまったのだ。

 とは言え、敏捷に動き回る赤ずきんでも、狼男相手では、かなり不利そうなのである。敵は不死身のお化け狼だ。なみの人間の武器では、とても立ち向かえそうな感じではないのである。

 いよいよ、押され気味になって、今にも殴り飛ばされそうになった時、赤ずきんはピョンととんぼ返りを打った。すると、その姿は、何と、小さな子犬、いや、人面犬にと変わったのだった。

 それを見て、マユミが、思わず、歓喜した。

「そうか!そうだったのね!赤ずきん。あなたが人面犬だったんだ!あなたの言っていた事が、今、分かったわ。オオカミを、唯一、倒せる狼ハンターとは、あなた自身のことね。毒には毒を、ケモノにはケモノを!そのように小犬に化けられる能力こそが、オオカミを退治できる秘密だったのね!」マユミは、嬉しそうに、大声を出したのだった。

 こうして、双方が動物化した事で、いよいよ、ニジュウ面相と赤ずきんの戦いは互角となったのである。今までは、あらゆる攻撃を受け付けなかった狼男も、人面犬の噛みつきと引っかき攻撃には、かなり手を焼いているのだ。

 もはや、周囲にいる人間たちは、呆然としながらも、両者の戦闘を見守り続けるしかなかったのだった。

 次第に、狼男の方が、形勢が悪くなり始めているのである。さすがは、赤ずきんは狼ハンターなのだ。

 その白熱する戦いを、マユミだけは、違和感を抱くこともなく、夢中になって見物して、赤ずきんの方に熱心な声援を送っていた。

 そこで、ついに、赤ずきんのフィニッシュが決まりかけたのだ。赤ずきんである人面犬は、強烈に狼男にタックルして、ぶちのめしたのである。狼男の大きな図体は、思いっきり、吹っ飛んだ。ところが、その向かった先には、運悪く、マユミが立っていたのである。

 ハッとした時には、すでに遅かった。狼男の巨体が、自分めがけて、一気に迫ってくるのだ。思わぬ状況に、マユミは、絶句して、目を見開いた。

 衝突した時、ドスンと音がしたかどうかは、分からない。ここで、マユミは意識を失ってしまったのだった。


「マユミちゃん。マユミちゃんってば。ほら、起きて!」

 そのような声とともに、体を揺すられたものだから、マユミは、ゆっくりと目を覚ましていった。

 彼女は、キョトンとした。

 今、自分は、応接室のソファの上に寝ているのである。そばには、優しい笑みをたたえたコバヤシ青年も立っていた。マユミを起こしてくれたのは、彼なのである。

「あれ?赤ずきんは?ニジュウ面相は捕まったの?」マユミは、ぼんやりと口にした。

「まだ、そんな事を言ってる。事件は、もう解決したんだよ。さあ、一緒に家に帰ろうね」コバヤシ青年は、穏やかに、マユミにそう告げたのだった。

「え?今、何時?」と、マユミ。

「もう、犯行時刻の10時からは、1時間以上も過ぎている。これ以上、待っていても、何も起こりはしないさ。だから、宝石店の警備の方も撤収さ。僕も引き上げるから、マユミちゃんも一緒に帰るんだ」

 コバヤシ青年が説明してくれても、マユミは、まだ、ピンとこないような、浮かぬ表情をしていたのだった。それでも、マユミは、ソファから静かに下りると、まっすぐ立ったのだった。

 コバヤシ青年が、マユミの手を引いた。二人は、ゆっくりと、出口の方へと歩き出したのである。

「今日は、遊んであげられなくて、ごめんね。次の日曜日は、マユミちゃんに、いくらでも付き合ってあげるよ。人面犬だろうが、口裂け女だろうが、納得がいくまで、二人で探してみようね」コバヤシ青年は、マユミに、優しく、そう話しかけたのだった。

「え?でも、お兄ちゃんって、人面犬もニジュウ面相も信じてなかったんじゃ?」と、キョトンとしながら、マユミは返した。

「そんな事はないさ。平凡な現実ばかりが全てとも限らないよ。マユミちゃんが信じているんだったら、それは、もしかしたら、真実なのかもしれないし、正しいのかもしれない。それがロマンってやつなのだろうし、冒険したり、探偵を志す僕らにとっても、一番大切にしなくちゃいけないものなのさ。先生だって、いつも言ってるじゃないか。

 うつし世は、ゆめ。

 よるの夢こそ、まこと。

ってね」そして、コバヤシ青年は、にっこりと微笑んでみせた。

 それを見て、マユミもまた、とても嬉しそうな笑顔になったのであった。


      おしまい

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