ニジュウ面相 対 赤ずきん(5)
江戸川宝石店の表通りに現われた謎の狼男については、展示場で待機していたナカムラ警部、コバヤシ青年、エドガワ店長らの元にも、すぐに報告されていた。彼らは、その後の状況の連絡が入るのを、その場で、固唾を呑んで、待っていたのである。
ところが、彼らの元には、もっと別の、全く予期していなかった報告が届く事になったのであった。
展示場の入り口から、一人の警官が、慌てた様子で、飛び込んできた。あまりにも興奮している彼の出現に、瞬間、コバヤシ青年たちもドキリとさせられてしまったのだった。
「おや、君は?この現場に配置された警官かね?見かけない顔だな」その警官を見て、ナカムラ警部が、鋭く、そう質問した。
「たった今、本庁の方から、こちらに派遣されたのです。事前に電話もしたのですが、なぜか、うまく繋がらなくて。実は、大変な事が分かったのであります!」その警官は慌てて言った。
「大変な事だと?一体、どうした?」と、ナカムラ警部。
「本庁の方で保管していた、この宝石店への犯罪予告状を再確認しましたところ、その文面が全く違うものに変わっていたのであります。犯人は、このトリックの為に、特殊なインクを使用していたのだと思われます。最初は透明でも、時間が経つと、自然と浮き出てくるインクです。だから、犯人の目的は、最初っから、この新しい犯行声明の方だったのでありましょう」
「何だと!で、なんと書かれてあったのだ?」
驚いているナカムラ警部に聞かれて、警官は、問題の犯罪予告状らしき紙を取り出した。それの字が書かれた方の面を、皆にも見えるように広げてみせたのである。
「見てください。新たに、今夜の10時にロマノフ王家の宝冠の大ダイヤモンドを頂戴いたす、と付け足して書かれています。署名もあって、差出人の名前はニジュウ面相です」
これには、ナカムラ警部だけではなく、コバヤシ青年もエドガワ店長も、顔をしかめて、言葉を失ってしまったのであった。
とは言え、さすがは、名うての鬼警部と言われたナカムラ警部のことである。動揺した心をすぐに落ち着かせて、彼は自分の腕時計にと目をやった。
「10時か。ちょうど、今すぎたばかりだな。となると、表で起きた狼男騒動は、はじめっから、我々の目をそらす為のオトリだったと言う事になるのか」ナカムラ警部は言った。
「待ってください。店の外に出現した狼男は、まだ警官たちが追跡している最中です。この狼男がニジュウ面相の化けたものだとすれば、奴はまだ、この店の中には侵入してない事になりますよ」コバヤシ青年が口を挟んだ。
「そうかもしれない。だが、ニジュウ面相と言うのは、魔術師のような怪盗だからな。安心はできん。それよりも、気になるのは、奴が盗むと予告してきたロマノフ王家の宝冠のダイヤとやらだ。支配人、そんなものが、本当に、この店の中にあるのですか?」ナカムラ警部は、エドガワ店長の方にと目を向けた。
「は、はい。一部の人しか知らない重要機密でしたが、確かに、我が店では、ロマノフ王家の大ダイヤモンドを極秘で保管させていただいておりました。ニジュウ面相とやらの凶賊は、一体、どこから、その情報を聞き出してきたのでしょうね?」エドガワ店長は、うろたえながら、答えた。
「そうと分かれば、我々の警備の態勢も、たった今から、変更しなくてはいけない。なんと言っても、犯行予告の時間は、とうに過ぎてしまっているのだ。果たして、財宝がまだ無事であるかどうかを、最初に確認しなくてはいけない!支配人、その大ダイヤは、一体、どこに保管してあるのですか?」と、ナカムラ警部。
「特に貴重な品物なので、ほら、そこの特製の金庫の中にしまってあります」
エドガワ店長は、すぐ目の前にある小さな金庫の扉を指さした。壁の中にと、じかに組み込まれた金庫である。その扉は、30センチ四方ぐらいの大きさで、ちょうど大人の目線ぐらいの高さの位置にあった。
「我々は、今日は、ずっと一日中、この部屋に陣取っていた。つまり、誰にも見られずに、この金庫の扉を開けられた可能性はない事になる。この金庫の裏側は、どうなってるのですか?金庫の裏の壁から穴を開けて、金庫の中身が盗み出されてしまう恐れはないのですか?」ナカムラ警部は言った。
「この壁の裏側には、鉄の板が貼ってあります。それをぶち破るのは、大変な手間ですし、きっと、穴を開けるのに時間がかかり過ぎて、途中で誰かに見られてしまうはずでしょう」エドガワ店長は答えた。
「やはり、この正面の扉を開けて、盗む以外にない訳か。支配人、この金庫の扉は、どうやって開けるんです?」
「普通の鍵では開きません。最新式の電子カードを差し込まないと、開錠しない仕組みになっているのです。だから、そうとう腕自慢の金庫破りでも、自力では、この金庫は開けられないでしょう。私だけが持っている電子カードを使わない限りは、この金庫は絶対に攻略できません」
「で、その電子カードは?今、持っているのですか?」
「いえ。この店の中の、私しか知らないところに隠してあります。絶対に盗まれるような事はないはずだと思っていたのですが」
「じゃあ、早く、その電子カードを取ってきて下さい。電子カードが無事である事を確認した上で、この金庫の中にも異常がない事を確かめなくては!」ナカムラ警部が怒鳴った。
「は、はい」
エドガワ店長が、狼狽しながら、この展示場から出て行こうとした時、コバヤシ青年が、慌てて、声をかけた。
「ちょっと、待って!それこそ、ニジュウ面相の罠なのかも!店長一人で、この部屋の外を出歩くのは、危険です!途中で、ニジュウ面相に襲われて、電子カードを奪われてしまうかもしれません」
「でしたら、私が、支配人の護衛につくであります!」そう名乗り出たのは、本庁から犯罪予告状を持ってきた警官だった。
こうして、エドガワ店長は、警官に守られながら、この展示場から出ていったのである。
店長が戻ってくるのを待っている間も、ナカムラ警部とコバヤシ青年は、ひどく落ち着かない様子だった。まさか、イタズラかと思われた犯罪予告事件が、こんな大ごとになってしまうとは、考えてもいなかったのである。
「もし、ニジュウ面相が、すでに、この店の中に潜入していたとすれば、あの狼男の方は、誰か別人だったのでしょうか?」コバヤシ青年は言った。
「そうかもしれんな。ニジュウ面相の部下の一人だったのかもな」と、ナカムラ警部。
「でも、僕には、それは、ちょっと、信じられないのです。狼男のフリをして、これだけ、沢山の警官を振り回して、逃走し続けるなんて、かなりの才能と演技力がないと出来ないと思います。果たして、ニジュウ面相以外の人間で、それほどの事がやれる奴がいるものでしょうか?」
コバヤシ青年が疑問を投げかけた時、一人の警官が、この展示場の中へと入ってきた。新たな報告をナカムラ警部に伝える為だ。
「たった今、街中を暴走中だった怪人物の捕捉に成功いたしました」と、その警官は言った。
「お、どうだった?そいつは、ニジュウ面相だったか?」ナカムラ警部が、すかさず聞く。
「それが、捕まえた相手は、人間などではなく、大型犬でありました。人間ほどの大きさのシェパードが、あの怪人物と同じ服を着込んで、街道を走り逃げていたのであります。普通でしたら、こんな見誤りはしないでしょうが、なにぶん、薄暗かったし、それに、我々が最初に遭遇した時は、怪人物は確かに人間でしたので、先入観で騙されてしまったようです。どうやら、怪人物とシェパードは、どこか途中ですり替わったものと思われます」
「な、なに!」と、ナカムラ警部が、思わず叫んだ。
「しまった!完全にしてやられた!ニジュウ面相は、もう、とうの昔に、この店の中に忍び込んでいる!」コバヤシ青年も、つい、大声で悔しがったのだった。
その直後、エドガワ店長も、この展示室へと帰ってきた。手には、小さな木箱を抱えている。この箱の中に、例の電子カードがしまってあるのだ。
「支配人、さっそく、金庫を開けてみてください。どうも、状況が怪しくなってきました」ナカムラ警部が、緊迫した顔で言った。
エドガワ店長は、すぐさま、言われた通りに行なったのである。彼は、金庫の前に立った。小さな金庫の扉は、その手前に店長が立つと、周囲からは、よく見えなくなってしまった。
それでも、ガチャッという音がしたので、金庫が無事に開いたのは、皆にも分かったのである。
ところが、その先がいけなかった。
「な、ない!どこにもない!やっぱり、盗まれている!」エドガワ店長が、悲痛な大声を出したのだ。
コバヤシ青年もナカムラ警部も、慌てて、エドガワ店長のそばに駆け寄った。ここまで近づけば、彼らにも、金庫の内側が見えるのである。店長の言葉どおり、金庫の中は空っぽだった。
あまりのことに、コバヤシ青年たちも、愕然としてしまったのだ。
「皆さん、どうしてくれるのですか!あのロマノフの大ダイヤは、国宝クラスの貴重な宝物なのですよ!それを怪盗に奪われてしまうなんて、なんたる不覚でしょう!これだけの優れた警官や探偵たちが揃っていながら、何をやってるんです!あなたたちは、たった一人のニジュウ面相に軽くあしらわれてしまったのですよ!恥を知りなさい!この失態を、一体、皆さんは、どのように償ってくださるおつもりですか!」
エドガワ店長は、目を尖らせて、顔を真っ赤にして、猛烈にわめき続けたのだった。でも、大事な宝石をまんまと盗まれてしまったのだから、そりゃあ、相手かまわず、怒りたくもなるであろう。
コバヤシ青年やナカムラ警部も、これには、さすがに、バツが悪そうに、肩を落としていたのだった。本来なら、早急に捜査にかかりたいところなのだが、まずはエドガワ店長に落ち着いてもらわない事には、先に進めないのだ。
ところが、そんな時、展示場の中には、少女の笑い声が響き渡ったのである。
この場にいた皆は、ハッと、笑い声の方に目を向けた。
そこには、マユミが、可笑しそうな顔をして、つっ立っていたのだった。
「マユミちゃん!いつ、ここに?」驚いて、コバヤシ青年が尋ねた。
「あら。ずっと、さっきから居たのよ。応接室に一人で居ても、つまらないから、こっちに来ちゃった」マユミは、すまして、そう答えたのであった。
10時の犯行時刻以降、事態がどんどん急変していって、皆はすっかり事件にと気を取られていた為、小柄なマユミが、こっそりと、この部屋に戻って来ていたのにも、気が付かないでいたらしい。
「とにかく、今は大変な状況なんだ。さあ、応接室に帰って。皆の邪魔をしちゃ、イケナイよ」コバヤシ青年は、弱りながら、マユミを外へと追い出そうとした。
「あら。そんな事をして、いいのかしら?ニジュウ面相は、まだ、この部屋の中にいるわ。誰も外に出さないようにした方がいいんじゃないのかしらね?」
マユミが、そんな事を口にしたものだから、この場にいる皆はギョッとしたのだった。そして、機転を利かせた警官のうちの何人かは、すかさず、この部屋の入り口の前にと、通せんぼするように、立ちふさがったのである。
「マユミちゃん。もしかして?」と、コバヤシ青年が言いかけた。
「そうよ。事件の一連の流れを見ていて、あたしには、誰がニジュウ面相なのかも、分かっちゃったの。その犯行のトリックもね。ニジュウ面相は、まだ、外へは逃走していないわ。この部屋の中で、ある人物に化けたままよ!」マユミは、力強く言い放った。
小娘がこんなデカい態度を取っている事に我慢できなくなったのか、不服げなナカムラ警部が何かを言おうとしたが、それをコバヤシ青年はそっと制止した。
「さあ。いよいよ、少女探偵マユミの出番のようね」
マユミは、皆に見守られる中、この展示場の中央へと歩いていき、そこで、周りをグルリと見回しながら、気取って、立ってみせたのだった。
つづく




