ブラック企業のサラリーマン聖女は森のボロアパートで文学少女名探偵の暇つぶしに大魔王の必殺技をブラウン管でコントロールする伝説のおねぇ忍者や偽物の牛乳入りおにぎりで幕末に農民を救った入道雲ドラゴンと戦う
ブラック企業に勤める田中 幸は聖女であるが、その能力を発揮することなく、本ばかり読んでロクに仕事をしない美少女名探偵に仕事をさせるべく日々奮闘中。今日も彼女は資料を片手に森のボロアパートに赴き、ノックもせずに部屋に入った。住人の舌打ちする音が聞こえる。
「留守です」
「堂々と嘘をつくな」
安楽椅子の上で身体を揺らす少女が幸を睨む。手には読みかけの小説があった。
「仕事しろ。はい、今回の資料」
幸が机にどさっと資料を置いた。名探偵は嫌そうに資料を一瞥し、鼻を鳴らす。
「ところで暇つぶしに付き合ってほしい」
「仕事しろっつってんだろうが」
幸のツッコミを流し、名探偵はぱちんと指を鳴らした。
「カモン! 大魔王!」
床に輝く魔法陣が現れ、闇のオーラを纏い大魔王が降臨する。
「ふはははは! 特に理由なく世界を滅ぼしてやろうぞ!」
「さあ戦え勇者よ! お前が負けると世界が滅ぶぞ」
「なんで大魔王復活させてんだ!」
大魔王は名探偵と固い握手を交わしつつ叫ぶ。
「喰らえ必殺、冥魔暗黒波動!」
ぽふっ
「冥魔暗黒波動!」
ぽふっ
「ちょっと勘弁してくださいよ伝説の忍者さん!」
大魔王は後ろを振り返り、ブラウン管テレビの前で首を傾げている中年忍者に抗議した。
「ごめ~ん。なんか調子悪くて、叩いても治らないのよ」
テレビの側面をバンバンと叩きながらおねぇ調で言い訳をする忍者に、幸は無言で近づき、後ろ襟を掴んでポイっと窓の外に放り投げた。敗北を悟った大魔王は無念さをにじませつつ姿を消した。
「さ、さすがは幸。あたいが見込んだ勇者」
「仕事しろお願いだから」
「だがこれで終わりではない。真の悪夢はこれからだ! カモン、入道雲ドラゴン!」
床からモクモクと入道雲が湧き、やがて竜の形をとる。竜はギロリと幸を睨んだ。
「農民たちを苦しめるのはお前か!」
「何その盛大な誤解!?」
「私が事前に吹き込んでおきました」
「てんめぇ!」
幸は慌てて弁解する。
「私の実家は農家です!」
「なに? それは悪かった。この偽物の牛乳入りおにぎりをやるから許してくれ。では、さらばだ」
竜はなんかべちょっとしたおにぎりを幸に手渡し去って行った。偽物の牛乳の実体が気になる。
「くっ。幕末の再現ならず」
名探偵は悔しげに呻く。幸が何か言おうとした、そのとき、終業ベルが、鳴った。
「定時だ。また明日来て」
名探偵は幸を追い出し、ガチャリと鍵を閉めた。幸は空を見上げ――
――声にならない叫びが、森にこだまする。
抜けがあったら恥ずかしいなぁ。