記憶
『――こいつが本当に『鍵』なのか?』
声が聞こえる。目を開くと、眼前には男女がいた。顔の部分は靄がかかったようにぼやけている。
『盟主様が仰っていたのだから間違いないわ。それとも、あの御方が信用できないの?』
不躾な発言を咎められた男は、あからさまに血相を変える。
『ば、馬鹿言え!そんな事あるわけないだろ!...逆に聞くが、お前は何も思わないのか?』
『ええ。私は信じていましたから。主神のお導きですよ』
『...ふん、そうか。まあいい。これで我らの悲願は成就される。あと五代は続いたであろう研究を、お前は体一つで成し遂げたのだ。ありがたく思えよ?伊織凜』
その言葉で、ようやく自らを自覚する伊織凜。
――ああ、そうだ。これは、まぎれもなく自身の記憶だ。
男の手が眼前まで迫ってくる。手も、足も、固く縛られていて動かない。
――今になって、やっと思い出した。この悪夢を。
男の手が額に押し付けられる。伊織凜は抵抗もせず、虚ろなままでいた。
『静謐を破り、永劫の門を開きし開闢よ。万象の千篇一律に正鵠を穿ち給え――"神降ろし"』
詠唱と同時に、魔法陣が赤黒く部屋を覆っていく。血脈のように蠢くそれは、正真正銘の血液。
血の匂いに閉ざされた部屋の中には、男女の静かな笑い声が響いていた。
伊織凜は目を閉じ、ただ受け入れる。自身の中に入ってくるそれを。体の末端から次々と、おぞましく、到底言葉にもできないモノが流れ込んできた。
自身が、喪失していく。誰かに、異常な何かに変化していく感覚。
意識を手放す直前、自然とその言葉は発せられた。
――矮小なる者達よ、祈りを聞き届けよう。われが、這い寄る混沌なれば。
記憶は、ここで途絶えている。