終わりの始まり
「オラオラァ! もう限界かぁ!? 泣いちゃう? なぁなぁ泣いちゃう? つーか泣けよ。
くっそつまねーなぁ!!」
乱暴な言葉を吐きつけながら暴力を振りかざすこのクズは一文字 小太郎。
この高校の学校長の孫だ。
とは言っても、こいつ自身に何か特別な能力があるわけでも、突出して優れた才能があるわけでもない。
単なる七光りのクズだ。
そのくせ、やたらいばり散らして弱者を虐げる。
周りの奴らも目をつけられてこの学校に居られなくなるのを避けるためか奴に逆らうようなことはしない。
それどころか喜んで協力してくるようなどこか頭のぶっ飛んだクズもいる。
それが、いつも一文字と一緒にいる取り巻き三人衆だ。
俺は名前も覚えて居ないが。
高校に入学して、何でこいつに目をつけられたのか、そんな事はもう忘れてしまった。
理由は大したことではなかったような気がする。
しかし、何が彼の気に触れてしまったのだろう。
いや、今更そんなことを気にしても仕方がないか。
あと一年、それだけ耐えればこいつらとの関係も終わる。
もうちょっとだ。
「ぶはっ!」
そんな事を考えていると顔面に衝撃が走った。
顔を蹴られたらしい。
諸事情によって痛みには慣れているがやはり、鍛えられない場所というのはあるもので
流石にこれには耐えられなかった。
「い、一文字君……いくらなんでも顔はまずいんじゃ……」
取り巻きの一人がそう進言するも全く意に介さない。
俺に暴力を振るうことに夢中なようだ。
さっきの攻撃で顔への攻撃が有効だと知ったからか、執拗に顔へ蹴りを入れてくる。
顔面に一撃が入るごとに今迄の溜まりに溜まったこのクズどもに対する怒りが、憎しみが湧きだしてくる。
人を傷つける事に快楽を感じ、人が痛みで歪む顔を見るたびに喜色を浮かべるその表情が
あいつらと重なった。
あの、屑共と。
今までの溜まりに溜まったこの感情が爆発しようとしている。
痛みで体を丸くした俺を見て満足げな表情を浮かべ、踵を返す一文字とその取り巻き。
誰一人として、俺が反撃に出るだなんて思ってもいない。
今なら、一人は確実に殺せる。
近くに積み上げられていた鉄パイプを手に取る。
目立たない校舎裏に連れてこられたのは不幸中の幸いだったかもしれない。
するといきなり、地面が揺れた。
外でもはっきりわかるくらいのかなり大きい地震。
気づくと一文字達はいなかった。
校舎にでも逃げたのか。
やはり馬鹿だな。
地震が起きたのなら普通は開いた場所に行くものだろうが。
特に一文字など権力を使って裏口入学したものだから学力がこの学校にあっていない。
普通に受験したのならまず受からなかっただろう。
とはいえ、逃げられてしまったか。
いや、怒りに身を任せて奴らを殺そうとしたが、冷静に考えれば今行動に移すべきではなかったかもしれない。
あそこで一人は殺せても残りさ三人は殺せなかった可能性が高い。
それに、俺は一文字を殺す以外にも果たさなければならない目的がある。
それを完遂するまで捕まるわけにも死ぬわけにもいかない。
思考に耽っていたからか全く気がつかなかった。
俺に向かって襲いかかってきた狼? のような動物の存在に。
というか普通、平和が取り柄の日本のこんな街中で野生の狼がいるだなんて誰が想像できるだろうか。
「痛ったぁ!! な……んだっ! こんの、犬っころが!」
体を庇って咄嗟に出た左腕に噛み付かれた。
一文字に嫌という程殴られた顔面が気にならなくなるほどの痛み。
いや、痛みというよりは火傷のように感じる。
昔、腹を包丁で刺されたときの事を思い出す。
狼の方に目をやるとまだ手を離してくれそうもない。
もしかしたら腕を噛みちぎられるかもしれないと思う程の力だ。
このまま噛み付かせておくわけにはいかない。
先程拾って手に握ったままだった鉄パイプを思い出すと、俺の腕から噛み付いて離れない狼目掛けて振り下ろす。
一撃目――まだ離れない。
二撃目――少し、顎の力が弱まった。
三撃目――もう少し。
四撃目――狼は腕から口を離して、力なく横たえた。
しばらくヒクヒクと痙攣していたが数秒後には完全に動きを止めた。
――その瞬間。
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「は?」
どこからか聞こえてきた無機質な声に素っ頓狂な声を上げるしまった俺を咎められるものはいないだろう。