ダイヤモンドの告解
彼の真っ直ぐな背中が好きだった。
リーファは孤児で、教会の下働きをさせてもらっている。小さな村の神父様、彼はいつもピンと背筋を伸ばして、村のみんなに神の教えを説く。
“神の愛は皆に等しく”
その硬質で清廉な言葉を聞くと、リーファの心は、少しだけズキリと痛むのだ。
そう、彼女は神父に片思いをしていた。聖職者である彼に、絶対に叶うことのない恋を。
リーファに出来ることは、ただ教会を綺麗に掃き清めること、神の像を拭き浄めること、それだけだ。
リーファは切なかった。そして敬虔な信者でもあったリーファは、自分を責めていた。自分のように、邪な考えを持つものが、神聖な教えを説く場所で働いていていいのだろうか。彼女の胸は日に日にずっしりと石を詰めたかのように重くなっていったのだ。
ある時、彼女はもう耐えられなくなって、人のいなくなった夕刻、告解をすることにした。
「神父様」
彼女が浮かない顔をして話しかけると、彼は穏やかに包み込むような視線をこちらに向けてくる。
「どうしました?そのような顔をして、悩み事ですか?」
「はい……聞いていただけますか?」
リーファは話し始めた。
「私は、決して愛してはならぬ人を好きになってしまったのです」
「届かぬ愛はどこに行くのでしょう。私は神の教えに背いているのです」
苦しげに言葉を紡ぐ。
「リーファ。それは神の試練です。あなたが神に愛されている、その証拠です」
思った通りの答えを彼は返してくる。そう、それでよかった。聞いてくれるだけでよかったのだ。
「神父様……私は、この心をこの場所に置いて行こうと思うのです」
「置いて行く?それは……リーファ、どうゆう意味です?まさか教会を出て行くのですか?」
「……はい。今新しい仕事先を探しています。私のようなものが、この神聖な場所にいるべきではありません」
切なくてどうにかなってしまいそう。彼の姿ももうすぐ見納めになる。
「リーファ……私の告解を聞いていただけないでしょうか」
しばらくして言った神父の言葉に、リーファはびっくりして恐れおののいた。
「そんな、私のような者に勤まるようなことではありません」
「いいえ。私は__あなたに告解をしなければいけない」
彼は引かなかった。リーファが戸惑っているうちに、彼は話し始めた。
「私は、あなたの禁忌を、その視線の先を知っていました」
その言葉に、びくりと身体が固まり動けなくなる。
「あなたが苦しんでいることを、知っていました」
「それでも尚、優しい言葉をかけ続け、敬虔な神父を演じ、ここに留まり続けるように仕向けたのは私です」
「私は真実、敬虔な神父でありたかった。これが私の罪です」
「神父、様?」
「リーファ、私は__」
「なりません!」
リーファは悲鳴に近い声で叫んだ。その先を彼に言わせてはいけない。これは直感だった。彼はとんでもないことを言おうとしている。
「もう__もう十分です。私は救われました」
彼の瞳を仰ぎ見る。その瞳はうっすらと涙で潤み、窓から差し込む夕日で、ダイヤモンドのように光を反射している。リーファの瞳も同じように涙をたたえているはずだった。
「なぜ、私たちはこんな形で出会ってしまったのでしょうね」
彼は静かに言った。
「あなたの真実の言葉を聞いて、私も心が決まりました」
「神父様?」
「私は__私のようなものが神職にあるべきではない。私は、この職を辞そうと思います」
リーファはぎょっとした。
「本気、なのですか?」
「はい。時間は少々かかりますが、そのようにしたいと思います」
「リーファ、あなたは禁忌でなくなった恋を愛せますか?」
真っ直ぐに彼は見つめてくる、ギリギリの問いかけだ。
「私の愛した人は、硬質で清廉な意思を持つ、まるでダイヤモンドのような輝きを持つ人です」
「私は待ちます。たとえ報われなくとも、この思いを捨てることは出来そうにありません。ここに気持ちを置いていくというお話は、なかったことに」
「そうですか」
彼は何度も頷いた。
「これは、神父としての私の予言です。あなたのような敬虔な信徒が不幸になるなんて、ありえません」
その包み込むような微笑みに、涙がつうっと一筋こぼれた。
「神父様、たとえ神職でなくなったとしても、今まで、あなたの真っ直ぐな背中は、たくさんの人を導いてきました。それを、どうか__どうか忘れないでください」
「__ありがとうございます。リーファ」
__これにて告解を終わります。
その言葉とともに、教会には、沈黙が落ちた。
「私は思うのですよ。人の子として、未来は切り開くもので良いのではないかと」
リーファは思わず、彼を見つめてしまった。それは、神父としてはあるまじき言葉だったからだ。
「リーファ、出ていくのなら構いません。ですが、連絡先は置いて行ってくださいね」
微笑む彼は、やはりいつもと少し違う気がする。
「はい。その、神父様、少し雰囲気が変わりました?」
彼は、やっぱり微笑んだまま言った。
「いえ、戻っただけです。人の子は人らしく。最後まであがいてみようかと思いまして」
__覚悟はいいですか?
告げられた言葉にめまいがした。
ああ__なんという背徳だ。私は彼という聖職者を一人殺したのだ。
彼となら堕ちていい。その甘やかな提案にリーファはただ一言、応えを返す。
「はい」
それが__全てだ。




