第四話 『祈る者、囚われる者』 その十一
「……こ、これが……『パンジャール猟兵団』……ッ。『自由同盟』の、『切り札』ッ」
冷静なる紳士、ニコロ・ラーミアが嬉しいリアクションをしてくれていた。オレたちの強さに畏怖を抱いてくれている。敬意と恐怖と、そして、驚愕。そういう感情を浴びせられると、猟兵の心は喜びに染まる。
「……嬉しいコトを言ってくれるよ。だが、君の職場を爆破した甲斐もあったぞ」
「い、いえ……あまり、意味が無かったかもしれません」
「いや。敵を逃さず全滅させられたんだ。もしも、彼らが冷静だったら、四人も殺された時点で、逃走するために全てを費やしただろう」
「ええ。我々は、暗殺が失敗しても、情報を本拠地に持ち帰る任務がありますからね」
「それをさせなかった。シアンはともかく、オレの脚は、いつまでもケットシーを追いかけ回すことには向かない。四方八方に逃げられたら、全てを捕まえられるとは思えないよ」
「……私の職場を、爆破した甲斐があったわけですね」
「あったよ。なあ、そうだろ、シアン?」
「……いい爆破だったな。粉々だぞ」
……たしかに。粉々だ。二度目の爆破で、ほとんど吹っ飛んでしまっている。瓦礫の山だな。ああ、キレイに飾りつけられた、うつくしい店であったというのに。残念なことだ。
あの赤ワインだけでも回収出来て、良かったのかもしれない。
オレは腰裏にある雑嚢を覗き込む。どうにかワインは割れていないようだった。ここで割れていたら、ニコロ・ラーミアは泣いたかもしれん。あそこまで手を入れていた職場が、消え去ったのだ。悲しいはずがなかった。
しかし。
彼もオレたちもプロフェッショナルだ。無意味な感傷にひたっているヒマはない。爆発のせいで逃げてしまっていた馬たちが、オレたちのもとに帰ってくる。オレの黒い馬は、なんとなく申し訳なさそうにしていたな。
大きな馬の鼻を撫でてやりながら、一声かけておく。
「気にすんな」
「ヒヒン!」
オレは黒い馬の背に跳び乗ったよ。シアンも自分の馬に乗っていた。
「ニコロ。オレたちは、西のワイナリーに向かう。ヴェリイ・リオーネと合流したい。可能なら、君も来い。ここに残っていても、君だけでは敵を妨害することは出来んだろう」
「……そうですね。死に場所ではあったのですが……」
「くどい。さっさと、馬を呼べ。馬には、乗れるだろう」
「は、はい。シアンさま」
ニコロは、指笛を鳴らす。『サール』の村にある馬小屋から、一頭の白い馬がカッポカッポと蹄を鳴らしてやって来る。ニコロの馬のようだな。よく躾けられているし、信頼関係がありそうだった。ニコロの前にしずかに静止する。
ニコロも不自由な左脚を力ずくで引きずり上げるようにして、馬の背に乗ってみせた。乗り降りには難がありそうだが、馬を操るだけなら問題は無さそうだった。
「……鞍をつけているとは、準備万端だな」
「私のための鞍というよりも、あなた方やヴェリイ・リオーネさまのための『予備』であったんですがね」
「素晴らしいサービスだな」
「戦闘能力が無い以上、これぐらいはしないと、アルトさまに申し訳が立たなくて」
「アルトさまね。それが、ヴェリイの?」
「はい。ヴェリイさまの恋人。そして、彼女のお腹に宿っていた子供の父親です」
「君は、そのアルトさまの護衛だったわけか」
「ええ。不甲斐ないことに。何も、出来ませんでしたが……」
「後悔があるのなら、死ぬその日まで努力しつづけることだな。それぐらいしか、いいアドバイスは思いつかん」
「……私には、勿体ないお言葉です」
「……ソルジェ・ストラウス、そして、ニコロ・ラーミア。さっさと仕事をしろ」
「は、はい!!」
「じゃあ。ニコロ、ヴェリイのいるワイナリーまで、案内してくれるか?」
「ええ。二人とも、こちらについて来てください!!」
ニコロは巧みな手綱さばきて、馬を見事に操った。信頼を感じさせる。長年の相棒であろうことは、一目で分かる。丁寧な乗馬に、しっかりとした馬の手入れ。そういうことが愛馬との絆を作るんだろう。
ニコロの馬を、オレたちの馬がついて走る。闘争本能剥き出しの状態から、クールダウンしないとな。荒野の風を浴びながら、ストラウスの野蛮な血を冷ましていく。もっと戦いたがったが……『サール』の村人たちが、青い顔して震えている。
あまり、彼らに凄惨な戦いを見せることはないだろう。年老いた者たちは、何十回も見てきた戦の光景を思い出す。生粋の戦士以外には、戦場の記憶など苦痛の種でしかあるまい。とくに、こんな何もない田舎で、細々と農業と信仰に身を捧げている人々にとっては。
荒野を走りながら、オレはこの小さな村に対する罪悪感を覚えてもいた。
村人の恐怖に引きつる顔を見ても、オレは楽しめない。
……なかなか、善良な傭兵だよ。民間人の皮を剥いで、楽しむようなヤツだっているというのにな。職業倫理のしっかりとした男ではあるよね……。
ビジネスのことを考えるとしよう。
「ニコロ、どれぐらいの時間がかかる?」
「30分はかかりませんが……それぐらいですね」
「なるほどな。話し込む時間がある」
「……ムダ話か?」
シアン・ヴァティが、バカな子供を叱るときの大人みたいな顔してる。
「そうじゃないさ。敵についての情報を知りたい」
「む。たしかに……」
「なあ、『アルステイム』は、今どうなっているんだ?」
「……ヴェリイ・リオーネさまが長を暗殺したのが、昨夜遅く。跡目争いが起きていますね」
「幹部同士で殺し合いか」
「はい。ヴェリイさまの『ボス』を新たな長にしたい我々と、自分たちこそが次の長に相応しいと主張する幹部たちが衝突しています」
「……どちらが、優勢だ?」
「正直、五分と五分と言ったところでしたが、ここに来て、私たちの方に大きく傾いたことを実感しています」
「ああ。さすがに一万の軍隊をオレたちだけで相手には出来んが、マフィアの戦闘員を処分するぐらいなら、難しくはない」
「ハイランド王国の『白虎』も、あなた方が潰したわけですよね?」
同じマフィア……と言っても、『ヴァルガロフ』の四大マフィアよりも『白虎』の方が大きい組織ではある。そして、戦闘に関しては、言うまでもなく『白虎』の方がはるかに上だ。
剣士の聖山『須弥山』と『螺旋寺』……あそこで鍛えられた『虎』たちは、達人クラスがゴロゴロいたからな。
「マフィアを潰すのには、慣れてる」
「……『アルステイム』もマフィアなので、ちょっと背筋が寒くなる発言ですよ」
「……悪は、滅びるべき。それが、世界の理だ」
シアン・ヴァティの言葉は真実だ。マフィアの存在が、国を腐敗して壊している。この荒野に点在する、惨めなほどに廃れた農村たちを見ていると、その事実を再確認できる。
「……元々は、我々こそが自警団だったのですがね」
「『ベルナルド・カズンズ』の理屈か」
「ご存じでしたか?」
「テッサ・ランドールに教えてもらってな」
「なるほど。この土地のキーマンには、出会っているわけですね」
「そうなる。あえてじゃないが、結果的にはそうなったんだ。スパイじゃないぞ?」
「……はい。疑っていません」
本当だろうか?
ルード王国のスパイ扱いされることも、オレは多いからなあ。まあ、やってることはスパイそのものかもしれないがな。非公式の外交官として、政治的な介入までやろうとしているわけじゃないが……結果は、そうなるかもしれない。
「―――『開祖』、『ベルナルド・カズンズ』……彼が、この土地の現状を見ると、大いに嘆くかもしれません」
「……戦神の名を冠する、聖なる自警団の戦士たちは、欲深く、つぶし合っているからかい?」
「はい。『オル・ゴースト』が消えた3年前から、この土地は、かつてよりも、はるかに罪深くなってしまいました」
「……否定する要素がないな。君らは、たしかに罪深い。だが、『オル・ゴースト』も腐敗していた。彼らも、ただのマフィアに成り下がってはいた」
「……はい。誰しもが、悪へと堕ちていました。あまりにも、理想を追い求めることを放棄していたのです……でも」
「……でも?」
「この土地は、私のような者たちの、数少ない居場所なのです」
「……『狭間』を差別しない土地であることは確かだな」
そこは尊く、得がたい土地である。
亜人種の支配する国や地域でも、『狭間』は疎まれる。種族の『姿』を盗んだ。『血』を盗んだ者として……下手をすれば、帝国以上の迫害を受けることだってあるのさ。世界の残酷な事実。認めたくないが、現状はそれだった。
「理想か。ベルナルド・カズンズは、全ての者が共存する世界を願ったのか?」
「そうなのだと思います。悪を律する、四大自警団。『マドーリガ/茨まといし聖杯』、『ゴルトン/翼の生えた車輪』、『ザットール/金貨を噛む髑髏』、『アルステイム/長い舌の猫』……そして、信仰と正義を司る、『オル・ゴースト/根源たる魂』」
「戦神バルジアの姿と、名を持つ組織たちか」
「我々は、本来は……もっと良いモノになりたかった。それを目指すべきだった。そうだというのに、そうはなれなかった」
「理想を体現することは難しいものさ」
「……どこで間違ってしまったのか」
「……嘆くよりも、現状を変えろ。『虎』は、その道を選んだ」
アズー・ラーフマと『白虎』に、堕落させられきっていたハイランド王国も、変わろうとし始めている。シアンからすれば、この青年の言葉は、どこか自国の現状と重なることも多いから、力づけたくなるのかもしれない。
「……現状を、変える。とても、勇気がいることですね」
「良くなるのかは分からんが、ヴェリイ・リオーネは行動した。辺境伯のスケープゴートになりそうだった『アルステイム』の運命、そいつをくつがえそうとしている。マフィアの親分が変わる。それ以上の意味を、彼女は求めているだろう」
「……ええ。そして……」
「復讐も求めるか」
「はい。彼女が求めているのは、同胞の安らぎと―――そして、ご自身の魂の救済」
「『首狩りのヨシュア』への復讐か」
「…………私が、アルトさまをお守り出来ていれば、良かったのですが」
「どんなヤツだ?ヨシュアってのは?」
「……彼は、『ゴースト・アヴェンジャー』……銀色の髪と、赤い瞳をして、戦鎌を自在に振り回す青年……いや、少年ですね」
「若いのか?」
「おそらく、現在でも、18才かそこら……若い……ですが、それだけに残酷で、容赦がなかった」
「君の脚を斬ったか。君は、どうして殺されなかった」
「……ターゲットではないからでしょう。私では、ヴェリイさまに対する『脅し』にはならない。アルトさまを殺すことが、ヴェリイさまへの『脅し』になる……そう考えていた」
「……彼女を、『ルカーヴィスト』が脅す理由があるのか?」
「……ヴェリイさまは、『アルステイム』の『巫女』の家系ですからね。四大マフィアの中でも、生き延びている『巫女』の家系は、ヴェリイさまの、リオーネ家だけです」
「戦神の教えには、詳しくない。『巫女』には、何か特別な意味があるのか?」
言いにくいことなのか、ニコロ・ラーミアは黙ってしまう。乾いて硬くなった土に、蹄鉄を叩き込む音だけが、しばらく響いていた。
この土地は、戦神の因果に縛られているような土地だ。『ルカーヴィスト』たちとの戦いに備える意味でも、この土地の宗教を知っておくべきかもしれない。『呪い追い/トラッカー』の力を、発揮させるためにも、情報は多い方がいいしね……。
だから。
彼が話すのを待った。しばらくの沈黙のあと、ニコロは語り始める。
「…………いつか……世界が悪徳に満ちたとき、『ルカーヴィ/殲滅獣』を召喚する役目を持たされた血筋……それが、『バルジアの暗殺巫女』の役目です」
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