第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百九十五
―――存在自体が最強の『吸血鬼』でさえも、コンプレックスはいくつもある。
それはリエルにだってそうだろう、魔術のエキスパートではあるけれど。
『吸血鬼』の第五属性『闇』の前では、そもそも魔術が無効化されてしまう。
カミラは究極の魔術師キラーであり、リエルの天敵に近しい……。
―――もちろん、リエルには弓もあるし剣術も体術もあるからね。
実際に組手をしてみれば、カミラがどれだけ圧倒的な身体能力を持っていても。
しのぐことが可能なはずだよ、ふたりが本気で戦うことはありえないけれど。
とはいえ、リエルにもコンプレックスはあるというわけさ……。
「不遜な態度を取っているのか、この捕虜は」
「……エルフ。しかも、宝石眼の……エルフ……ッ」
「詳しいのか。エルフ族以外にも、この瞳の価値は伝わっているようで何よりだ」
「……旧い王族だ。エルフの、王家の特徴……」
「お前、エルフと関わりでもあったのか?」
「……あるはずがないだろう。オレは、帝国兵なんだぞ」
「はずがない、とは言い切れん。帝国兵になってから、数年でしかないはずだ。お前がガキのころには、帝国はまだはるか当方の一王国だったのだ。帝国式の考え方に染まったのは、最近だろう」
「うるさい。人間族と、エルフは……亜人種どもは、いつだって距離があった」
「ハーフ・エルフをちょくちょく見かけるぞ。正直、人間族の夫を持った身からすれば、そんなものは至極、当たり前に思える。古来、そして、はるかな未来でも。ハーフ・エルフを生む女たちは存在するのだろうな」
「……オレの親族に、そんなヤツはいない」
「いたのか。まるで、記憶を封じようとする態度に聞こえたが」
「違う。断じて、違う」
「断じるのならば、聞いてやろう。そもそも、それほど興味がないのだ。お前の傷は、すっかりカミラが治療しているし、私の作った秘薬も投与済みとなれば」
「……お前が、エルフの王族だろうに……っ」
「森のエルフの王族は、労働の汗の意味を知っているのだ。お前もそうだろう。敵ではあるが、自分の戦いが帝国を幸福な方向に導くと考えているからこそ、戦っていられる。我らが拠点に忍び込むなど、その気概は認めてやれるぞ!」
「本気で、褒めていやがるのか」
「戦士であるからな。強さを見せた者は、評価してやれる。戦場で会えば、射殺したことを誇りに思っただろう」
―――リエルも生粋の戦士だから、強い敵を殺すことを誇りに思うのさ。
男はよく訓練された帝国兵ではあったけれど、生粋の戦士というほどの純度はない。
リエルの言葉を、恐ろしく思ってしまったようだ。
殺すのが好きなような存在、そんな認識に至っていたのさ……。
「恐れるなよ、帝国兵。私は捕虜を痛めつける趣味は持たない。猟兵は戦場での堕落を防ぐために、常に高い職業倫理を有しているものだ。お前を虐待する者がいれば、私が叱るかもしれない。お前が相当に無礼であれば、まあ、事情を汲む日もあるかもしれないが」
「拷問も、使うんだろう」
「必要ならばな。だが、お前たちの練度がバラバラだったと聞いた瞬間、連携している様子はないと判断できた」
「そうとは、限らん」
「強がるな。お前は戦場工作のエキスパートぶりたいのだろうが、実際はそれほどの腕前ではない。『帝国軍のスパイ』などに比べれば、その腕は天と地ほどの差だ」
「なんだ、そいつらは……」
「秘密に隠せられた部隊も、軍隊のなかにはいるものだ。何度か交戦したが、いい戦士だったぞ。少なからず、その出自に秘密を有していたようだが」
「秘密、だと?」
「人間族ではあるが、『呪われた血』であったり、『ゴルゴホの蟲遣い』の一員だったりと。どうにも帝国社会で嫌われそうな異質な点があった」
「そういう連中は、マトモな部隊には入れない……」
「そうらしい。それゆえに、『帝国軍のスパイ』という組織で運用するしかないだろうし、我々のように『いかなる者でも使う軍隊』には勝てない。子供でも分かるだろう。優秀な者を、どちらがより多く、かき集められるのか」
「リエルちゃん、なんだか今日はとても賢いカンジがするっす」
「フフフ。私も遠からず、ソルジェの子を宿しては母親になる立場である。つまりは、良妻賢母を目指さなければならん!」
「……ハーフ・エルフを、産みやがるのか」
「そうなるな。私の子は、おそらく北方の大きな範囲を征服する王となるだろう」
「ハーフ・エルフが、王……っ!?」
「ありえないと思いたいだろうが、私にはその確信がある。より良い性格と、賢さを叩き込んでおきたいところだ。そのために、良き母親となる訓練もせねばならん。露骨な敵対者とも話して、知識を高めておきたいと思うに至った理由のひとつでもあるよ」
「敵と、話す?……それで、何が得られると言うのだ」
「確信であろうかな。私や我が子が戦うべきモノの正体が分かる。差別というものは、どうにも不思議な点がある。本能でもあるようだし、学びや体験で、ずい分と変わる。アリーチェという少女のおかげで、『プレイレス』ではハーフ・エルフは暮らしやすくなったぞ」
「……赤い竜の、ガキ……」
「『西』にも伝わっているのか。それは嬉しいことだ。我が夫など、彫刻家に依頼してアリーチェの石像を彫らせているぞ。ああすることで、何か啓蒙になるというものだ」
「ハーフ・エルフを、神格化したいのか」
「神格化、か。うむ。その言葉は、いい響きがある。目指すのも、やぶさかでないな。私の子の権力維持にもつながるのだし」
「欲深い、宝石眼のエルフめ……」
「女だ。多少は、欲深くて当然なのだ。しかも、母になるわけだからな」




