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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『アリューバ半島の海賊騎士団』

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第五話    『復活の聖女は、仮面の下で嗤う』    その十一


「……ただいま戻りました」


 オットー待ちのオレたちに、彼はそのまったく元気のない言葉で帰還を告げる。この経営破綻ホテルへと戻って来るのが、彼には辛かったのだろうか。カレーはとんでもなく美味いのだから、それで心の苦しみを減弱することを選んでくれないかな……。


 せめて、明るい微笑みで向かい入れてやるとしよう。


「おう、お帰りオットー」


「お帰りなさい、オットー。収穫はあったかしら?」


「……ええ。想像していた以上に、あっさりと出会えましてね……」


「それにしては、何か浮かない顔ね?」


「まあいいさ。店主、オットーにコーヒーを頼めるかい?」


「それなら、ついでに私とリングマスターの分も頼みますわ」


「えーと。うち、喫茶店じゃないんだけど……」


「君のカレーは、コーヒーにも合う」


「……違う。コーヒーが、カレーに合うのだ。見てろ、その違いを教えてやる」


 よく分からないが、彼のカレーを愛する心に火を点けてしまったようだな。つまり、『主役』はカレーであるということを教えてくれるのだろうか……?


 うむ。よく分からないが、コーヒーが飲めるのなら、それでいい。きっと、あの中年野郎は、とてつもない集中力をつかって、最高のコーヒーを入れてくれそうだな。凝り性なのも考えものだよ。


 さて、飲み物の手配は十分だ。


 オレはソファーをあごを動かして、オットーをソファーに誘う。


「まあ、座れよ、オットー。君は登山から戻って来たとき以上に疲れている」


「そうですね。ホント、凍りついた崖でも登るほうが、よっぱどマシです……」


 なんだか疲れている。


 『サージャー/三つ目族』にとって、同族と会うとは、それほどストレスフルなことなのだろうか。それとも、その氷商人が、特別にオットー・ノーランのストレスになるような人物であったのだろうか―――。


 団長として、彼の上司として、その苦しみを聞いてやろうじゃないか。


「……何があったんだ?」


「それがですね。氷商人を探してみたら、すぐに見つかりました。彼は、ちょうど店に来ていたんです……」


「いいタイミングだったな」


「まあ、それはそうだったのですが……まさか、『彼』だったとは……っ」


「オットーの苦手な人物でございましたの?」


 なんでか嬉しそうな顔をしているように見えるのは気のせいかな。レイチェルは、慈愛が由来しているとは思えない質の笑みを唇で表現している。いつにも増して目が細く見えるオットーは、頭を抱えていた。


「……ええ。なんというか、それが……端的に言いますと、私の『兄』でした」


「まあ。お兄さまでしたのね!」


「そうか……その、良かったな、オットー?久しぶりだったんだろ?」


 サージャー族は離散している。滅びたとまで世間では噂されているが、実際には人間族の社会に潜入して、生き延びているとオットーは語った。


「……はい。軽く、14年ぶりぐらいです」


「君らの世界放浪も、大変な距離と時間になっているようだ」


「世界を旅するのは苦にはなりません。知的好奇心を満たしてくれますから」


「そうか、たしかに、この世界は不思議と発見に満ちているものな」


「ええ!この世界は素晴らしい……はあ。でも、まさか『兄』とは」


「苦手そうね!」


 とても嬉しそうな声を、未亡人猟兵の唇が歌ったように見えた。まあ、ツッコミはスルーしよう。未亡人殿が楽しいのなら、別にそれでいいような気がするし……。


 オットーは、うなだれていた首を上げて、オレを見つめてくるよ。助けを求めているのかな。でも、助け方がイマイチ分からない。オレ、未亡人の扱い方をまだ知らないんだ。


「……そ、それで。オットーよ。君の兄とは、どういう人物なんだ?」


「……名前は、トーマ・ノーラン。今は、『ボブ・オービット』と名乗っていますけど」


「……んー。ちょっと待てよ、それには聞き覚えがあるぞ……」


 どこだったかな?


 オレが考え込んでいると、カウンターの奥でコーヒーに集中力を捧げているであろう男が、オレの脳みそにしまい込んで忘れかけていた情報を語ってくれる。


「―――『ボブ・オービット上等軍曹』。帝国海軍でもやり手の男だよ」


「そうだ!……トーポ村……じゃなくて、港町トーポの漁師たちと組んで、亜人税を誤魔化している男だな!」


「あら。なかなか楽しそうな殿方じゃない。オットーのお兄さまは」


「……ええ。彼は、なんというか細かな金を稼ぐ才能に長けていまして」


「いいことじゃないか」


「はい。でも、その……性格が合わないのです」


 そんなこともあるだろうな。オレも兄貴たちと毎日ケンカしていた。男の兄弟ってのは、純粋な仲良しにはなれない。どこかライバルであり、比較対象……四男坊のオレは、三人の蛮族どもにヒドい目に遭わされた記憶が多い。


 それでも嫌いではないし、憎くはないんだがね。今も生きていたら、仲良くなっていたのだろうか―――竜騎士の才能は、オレが一番あったような気がする。それを、大人になって、彼らを打ち負かすことで証明したかったな。


「……それで。兄貴には伝えたのかい?『血狩り』のリスクを?」


「ええ。もちろん。でも、知っていましたよ。それはそうです。だって、彼は、『帝国海軍の上等軍曹』ですから」


「まあ、敵同士ね!」


 なぜか嬉しそうなレイチェルさんがいるよ……。


「……そんなに悩むことはないんじゃねえかい?」


 中年ケットシーの声が響いていた。


「ボブ・オービット上等軍曹は、なかなか出来た人物だ。亜人種たちにも優しいし、帝国の兵士どもからも人気がある。ちょこちょこ、店も出したりしている、町の名士みたいな立場だよ―――まさか、亜人種だとは知らなかったが」


「……ええ。順調な人生を送られているようで、何よりでした。だから、避難してくださいという言葉をも、拒絶されましたが……『血狩り』のリスクは、ご承知でしょうに」


「……例のフルーツの粉末を渡したか?」


「ええ。団長によろしくとのことでした」


「―――フルーツってのは、なんだい?フルーツとは、あのカレーに入れるフルーツのことだろう?」


 フルーツの甘みがたっぷりの素敵なカレーを作る男、マルコ・ロッサが強い興味を示している。いや、もしかしたら、スパイとしての勘だろうか……。


 どちらにしてもいい勘だな。


「……じつは、グラーセス王国に足を運んだときに、とあるフルーツの粉末と出会ったのだ」


「……ほう?どんなものだい、ソルジェ・ストラウスくん」


「本来は、肉にまぶして使うモノだ」


「すると、どうなるんだ?」


「肉が、本当に軟らかくなる。分厚く頑強な『食肉用ベヒーモス』の肉をも、軟らかくしてしまうのさ。老人でも食べられるほどにね」


「そいつはスゴいな。玉ねぎのアレか?『犬殺しの毒』みたいに?」


「あれを十数倍に高めたカンジだ」


「……魅力的だね」


「ロロカ・シャーネルの予測によると、タンパク質を過剰に分解する作用があるようだ。ちなみに、現地のドワーフ女子は、血で汚れた衣服にコレを使う。洗剤代わりにな」


「ほうほう。肉どころか、血までが融けるのか……ってことは。おい、まさか……『聖杯』を乗り切れるのか?亜人種と、人間族の血液凝固反応を?」


 さすがはルード王国のスパイだな。ハナシが早くて助かる。


「そうさ。その粉末を『血の杯』に混ぜれば、血液凝固反応は起きない」


「なるほど。そういうアイテムも見つけてくる。賢しい男だな、ソルジェ・ストラウスくんは」


「料理にも使える……すじ肉だって、やわらかくフニャフニャにしちまうぜ?」


「そいつは興味深いね。今度、ルード王国の方に問い合わせてみるよ」


「そうしてくれ」


「それで。お兄さまはどうなさるのですか?……このままだと、戦うことになりかねませんけど?」


 さすがに、その質問のときはレイチェルは笑ってはいなかった。むしろ、親身な心配のそぶりを見せる。母性か。そう言えば、レイチェルは母親なんだよね。ちなみに息子さんは郷里に預けている。


 帝国領内だが……彼女たちの種族であるならば、見つかることもないだろう。見つかっても逃げればいいしね。あの子の安全については、なんの問題はない。問題は、ノーラン家のほうだな。


「もちろんオレたちとしては戦いたくはないが、状況次第では、それもありえることは伝えたんだな?」


 オットーは、しずかに頭を縦に振ったよ。


「……帝国の旗色が悪くなるか、あるいは自分が追い込まれるまで、彼は逃げません。それに、部下も抱えているようですから。その……『狭間』の部下も多くいるようです」


「……彼らも『血狩り』で引っかかる可能性があるのか。オットー、彼とその部下は、オレたちのサイドにつく可能性はどれぐらいだ?君なら、この可能性も訊いているだろう?」


「……50%。状況悪化で他に選択肢がなくなれば、即日、寝返ってくると思います」


「フットワークの軽そうな人物だな」


 だが。悪いことではない。よく訓練された『狭間』の戦士たち。敵とすれば厄介この上ないが、味方に出来るのであれば……十分な戦力だ。


「『狭間』はどれぐらいいるんだ?」


「兄の部下と知り合いだけで、22名。他にも、かなりの数がいるだろうとのことです」


「まあ、そうだろう。『狭間』でも身体的特徴がほとんど出ないヤツもいる。それならばバレることなく、人間族として帝国軍に入隊することは容易い」


 下手すれば、親にも秘密にされている世代もいる……とくに、ハーフ・エルフ。彼らは帝国の人間第一主義が蔓延するよりも以前から、疎まれてきた。シスター・アビゲイルや、ヴァンガルズ兄妹のような、世間には身分がバレていないハーフ・エルフもいるのだ。


「……ええ。おそらく、今後は、入隊試験に『血の杯』が組み込まれるでしょうけれど。かなりの数の『狭間』が、摘発されるかもしれません」


「……帝国軍の弱体化につながることは喜ばしいが。彼らを帝国軍が『どう扱うか』に関しては心配だな」


 まずは、拘束するのだろうが……それから先はどうだろうか?


 最悪は、片っ端から処刑していくという状況だな。


 帝国国内の世論が、何を望むのか……もはや人間第一主義は、帝国国民の総意になりつつあるようにも思える。オレはハイランド王国で見たぞ。帝国に軍事的な貢献までしてきた亜人種たちを、悪人のように追放し、財産も人生も破壊することを帝国人は許容した。


 おぞましいほどの排他的な精神が完成しているな。何年も何十年も共に生きていたはずの隣人を、そこまで憎むようになっているということだ。老人も、病人も、子供も女も関係がない。人間族で無ければ、憎悪と迫害の対象になるのさ……。


 帝国に息づく、排他的な悪意は加速している。今後、『血狩り』で逮捕された『狭間』の帝国軍兵士に対して、帝国人は最悪の選択をするようになるのだろうな―――。


 沈黙するオレは、必要以上に暗い表情をしていたのだろうか。それとも、怒りの瞳は、冷たいのか。それとも熱量を帯びていたのか。よく分からない。


 ただ、コーヒーは、オットーより先にオレの前に置かれていた。


「……マルコ・ロッサ?」


「まあ。コーヒーを飲みなって、ソルジェ・ストラウスくん。君が悩んでもどうにもならんこともある」


「……どうだろうかな。でも、ここってさ、カレーのにおいが染みついた、地味なホテルだけど。世界を変えるための戦いの最前線でもあるわけで……オレは、何のために戦うかを、ハッキリしておきたくてね」


「どんなのだい?君がこの戦いの果てに見る『夢』は?」


「……簡単なものさ。ガルーナにあったものを取り戻す」


 なんでかね、右手の指が、物欲しそうに動くんだ。


 バカみたいな力を帯びて、関節を腱で鳴らしながら、竜の爪が獲物を掴むときみたいに動くんだ。この手で、この指で、取り戻せと、オレの魂が歌うんだ。怒りと、飢えの曲調で。


「そこは君の故郷だったなあ、ガルーナの竜騎士くん」


「ああ、そうだ。ガルーナを、『誰もが生きていていい世界』。それを、力ずくで奪い返すのさ」


 そいつがね、アーレス。


 オレに怒りを与えてくるこの世界への、真に正しい復讐のような気がしているよ。


 世界の真理だ。暴力で奪われたものは、暴力でしか取り戻せない。世界がオレからガルーナに吹く風を奪ったのなら、オレはこの世界の全てと戦ってでも、その風を取り戻す。これは、そういう戦いなんだよ、アーレス。




読んで下さった『あなた』の感想、評価をお待ちしております。


もしも、ソルジェの指が求める『風』を気に入って下さったなら、ブックマークをお願いいたします。

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