第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百五十四
―――戦場で陣形が有効なのは、合理的な優位性もあるけれど。
心理的な威力についての側面も、十分にあった。
包囲されるだけでヒトは情けなくもおびえるし、恐怖があれ思考力は自滅を招く。
もしも、この状況でソルジェやアインウルフが敵軍にいたらどうするか……。
―――全軍に退却させたかもしれない、負け戦をする意味などないからね。
戦うべきだと信じたならば、最前線に躍り出たかもしれない。
後ろに退きたがっている軍勢すべてに、分からせるためさ。
指揮系統の意志をね、引き下がることは許さないと……。
「攻めるにしても、退くにしても。どちらの哲学で行動するべきなのか。それを示せるほど優秀な指揮系統は、もはや君らにはないというわけだよ」
―――指揮官が最前線で戦うのは無謀という説もあるが、およその戦上手はそれをやる。
ソルジェあたりは『最強の戦力』でもあるし、最前線の指揮官はメッセージ性が強い。
前に出て戦うのだという明白な意志を、表現して伝えられるから強いんだ。
リスクもあるが、その使用方法を理解しているのなら無効な策では全くない……。
―――それをやれる才能が、敵にはいなかった。
勇敢さや復讐心を見せた兵士がいただけで、肝心の偉い連中が二の足を踏んでいる。
メイウェイには見えている、退きたい敵と戦いたい敵が『分断』を招いているのがね。
かつてマルケス・アインウルフは、古い戦術書にある概念を教えてくれた……。
「『スプリット/引き裂く』という概念だ。敵が、前後別の方に行きたがっているがゆえに、戦力はずいぶんと弱くなってしまう。その『裂け目』が、第六師団が攻め込むべき場所になるのさ」
―――木々が邪魔しようとも、戦術のコンセプトは揺らがないものだよ。
包囲したのは、敵を心理面と陣形。
どちらの面においても、引き裂くためなのだからね。
メイウェイの望みの通りに、敵は弱体化して『裂け目』を見せている……。
「隠れるのがいきなり上手になった、などという珍事が起きていなければ。敵の右翼は逃げ始めてしまっている。包囲に対処しようとしている勇敢な者たちと、逃げるべきだという消極的な者たちが、不一致な考えのままに南西へと伸びてしまった。こちらの包囲に誘い出されている。おかげで、中央とのあいだが、薄くなっている」
―――戦術の基本は、人口密度のコントロールだからね。
集まれば当然強いし、疎になればもちろん弱いものだよ。
メイウェイは突撃すべきポイントを、見切っている。
立ち並んだ杉のおかげで、敵だって動きにくいのだから反応が鈍く疎である場は……。
「あまりにも美味しい狙い目になる。攻め込むのもいいが……まあ、今は」
―――メイウェイは欲張らないことにした、まだ戦士を使うつもりはない。
ただ素早く騎兵たちを呼び寄せて、中央に集めただけだった。
自分も最前線に出て、敵と仲間に対してのメッセージを送る。
『突撃して敵を破壊し尽くすぞ』、将がそこにいる意味はとても分かりやすい……。
―――敵は、この動きに対処出来なかったんだ。
南西に逃げて伸びるように戦力を動かしていたけれど、彼らは中央に戻れない。
騎兵の動きについて行けるはずもないし、そもそもその意志も命令もなかった。
のろしのせいで北に釘付けにされた連中も、同じく動けなかったよ……。
―――何せ、のろしの数は意味深に増えていたのだから。
ただの脅しであり、実際にはそれ以上の意味は何もなかったけれど。
メイウェイという無敗の戦上手が、『何か仕掛けてきそうな気がする』わけさ。
恐怖と想像力はよく混ざってくれるから、敵はのろしが怖くてしょうがなかった……。
「隊列を組め!歩兵たちよ、足音を一致させながら歩くぞ!」
「イエス・サー・メイウェイ!蹴散らしてやりましょう!」
「亜人種の戦士も、人間族の戦士も……同じ歩みで!」
「帝国軍を憎む感情は、我々にとって最大の絆なんだ!!」
―――音楽も頼った、歌ではないけれど。
力強い一歩が、赤く乾いた地面を踏み鳴らしながら進んでくれる。
それらは融け合うような音だ、メイウェイに統率された軍勢の動きは見事だ。
訓練なしで、そうまで動けたのにもコツというものがあるよ……。
―――動いていない部隊も、実際にはかなりいるんだけれど。
彼らに対しての指示があった、足踏みと槍で地面を叩けというカンタンなものさ。
それらを合わせて、リズムを取らせるようにという指示だからね。
一致した前進はそれらの音に支えられていたし、足音が大きくなるだけでも効果的だ……。
―――恐怖が敵を狂わせているんだから、その恐怖を大きくすると有効なんだよ。
相手に恐怖させる方法なんてものは、子供に聞いても答えを教えてもらえるはず。
そうだよ、大きな音を立てるだけでヒトを怖がらせられる。
暗闇で皿が割れる音が響いたとき、不安を感じない人物はどれだけいるのか……。
―――まして、殺意に燃える戦士たちが一致した動きで迫っている。
亜人種への憎しみだけでは、この恐怖に勝てないだろうね。
まして、無敗のメイウェイが指揮している軍勢だ。
帝国軍はその統率の取れた隊列を見るだけで、勝率を悟っていた……。
「……負け、る。包囲されているんだ。動けもしない……っ」
「こ、こっちは内輪揉めしているような状況なんだぞっ。や、やっていられるか!」
「……戦うべきじゃ、ない」
「さ、下がろう!ここで、死ぬべきじゃないだろう!」
―――敵の多くがその考えに至り、逃げ始めてしまった。
メイウェイの読み通り、以上の結果になっている。
それはメイウェイ自身の名声が、相手に対して作用した結果だ。
メイウェイはまだ知らなかった、第九師団の残党にも西部の帝国兵にも……。
「私は、思っていた以上に、評価してもらっていたらしい。ならば、答えてやるとしようじゃないか。少しばかり、間引かせてもらうぞ」




