第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百五十二
―――貴重な馬を回収したアーベルは、『仲間』を呼んだ。
アーベルの突出を心配していた友軍兵が、馬に近づくとその背に乗っていく。
馬を回収してくれるのさ、ついでと言わんばかりに捕虜も回収させた。
いい勝利ではある、メイウェイがどんなに天才でも褒めてくれるだろう……。
「……ろくな死に方を、しないと思うぜ」
「オレに言ってるのか?だとすれば、そんなことはとっくの昔に理解している」
「……ちくしょうめ。腹立たしい敗北だ」
「捕虜として、丁寧にあつかってやれ。オレの捕虜だ!」
「分かっているよ。これだけ馬も回収出来るなんて。まだ、両軍がぶつかる前だぞ?」
「才能があるんだ。不運な人生を、実力で価値あるものに変えられるほど」
「そうらしい。気をつけろよ。無理せずに、下がるんだぞ」
「……もう少し、挑発をつづけたあとでな」
―――アーベルは下がらなかった、無理するつもりはない。
敵の動きから、まだ『挑発できる』と判断しただけだった。
林は絶対的な境界線のようになってしまい、帝国兵どもは一歩も出て来ない。
怒号は飛び交っていたが、アーベルの『強さ』に敵は戸惑っていたんだ……。
「飛び出すから、返り討ちにされるんだ!!」
「いいや!!突撃した者への連携が、まったくなかったせいだろ!!どうして、援護射撃のひとつもしてくれないんだ!?」
「命令は、待機だったはず!!」
「臨機応変に動けなければ、指揮官のいる意味がないんだぞ!?」
―――責任の押し付け合いになっていた、不仲な軍勢はこれだからいけない。
アーベルは堂々と林に近づいていき、敵の視線を自分一人に集めてみせる。
矢を射れば当たるかもしれない距離だったが、帝国軍の指示は『待機』のままだ。
ハーフ・エルフのことを、心の底から憎んでいる連中だというのにね……。
「お前ら、オレが嫌いだろ!!ハーフ・エルフに、何人も殺されて、馬まで奪われているのに!!どうして、指をくわえたまま、やられていやがるんだ!!ちょっとは、勇気ってものを見せてみろよ!!」
―――なかなかのあおり上手だった、これもまた戦場ではときに必要とされる技巧だ。
アーベルへの悪感情が高まっているおかげで、無駄に集中しているおかげで。
メイウェイは、密かに作戦を命令することが出来るのだからね。
彼ほどの男が何もしないはずがない、絶好の機会は活かすべきだよ……。
「少数でいい。森の北側に回り込め。静かにだ。気取られないように背を低くして進んでくれ」
「了解です、ただちに行動を開始します」
―――少数ではある、だが少数だからいい点もあるのさ。
敵から見つかりにくいという利点が、この種の行動には大切だからね。
ほふく前進だとか、自軍の影に隠れながら。
メイウェイの命令を受けた戦士たちが、こっそりと移動を完了させていく……。
「『プレイレス杉』は、偵察には向かないからな。見張りを登らせるには、ややすべりすぎる」
―――戦場で大きな力を発揮するのは、『高さ』だった。
物見やぐらを組めれば、敵の陣形のすべてがしっかりと把握できもする。
坂道を駆け上るのは、それだけで体力も時間も消費してしまうし。
頭上からの攻撃というものに、ヒトは基本的に反応しにくもあった……。
―――『プレイレス杉』は最高の建材ではあるけれど、物見やぐらの代役としては不適だ。
枝打ちの時期は、まだ二か月以上先だったからね。
夏の日差しを受け止めるように大量の枝が元気に生えていて、とげとげしくて登れない。
帝国兵どもがこちらの動きを把握できないのを、メイウェイは悟っていた……。
―――植物の状況だけが、判断材料の全てではないとも付け加えておこう。
馬で駆け抜けたアーベルの動きに対しての反応も、考慮してのことだ。
高い位置から矢を放つ者もいなければ、適切な命令さえやれていない。
帝国軍が内部対立で荒れているとは言え、ああもコケにされるのは実力以下だ……。
「やぐらを組めなかった。疲れすぎているのか、離反者が多かったのか。あるいは、前線に兵力を置きたくないという意志の果てに、後方に兵力を移動させるので必死だっただけか。読めることは、かなりあるぞ。アーベルは、いい働きをしてくれているんだ」




