第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百五十
―――アーベルは深追いをしなかった、その必要もなかったからだ。
攻撃された帝国軍の一部が、アーベルを目掛けて飛び出してくる。
騎兵であり、弓を構えた男だった。
アーベルは帝国軍が身をひそめる木々に対して、並走するように馬を走らせる……。
―――誘い出して戦おうとしているのさ、帝国騎兵はそのときはまだ一騎だったから。
戦端を開くキッカケになるかどうかは、半々だろうと考えている。
自分を追いかけさせながら、ハーフ・エルフの聴覚を頼っていた。
距離を測るのは得意技に入るだろう、戦場暮らしはそこそこ長い……。
「ハーフ・エルフごときが、調子に乗っているんじゃねえ!!人間族を、帝国兵を殺しやがって!!オレの仲間なんだぞ!!」
「……腹が立つなら、殺してみろよ!!」
「もちろん、生かしてはおけん!!ハーフ・エルフは、増長しようとしている!!赤い竜の悪夢は、払拭せねばならんのだ!!」
「アリーチェの夢を見たのか。それでも、何も変わらないのなら……お前は、射るべき敵なんだ!!」
―――並走し始めた敵が弓を構えるよりも、わずかに早く。
アーベルは身をのけぞらすようにして、矢を放った。
風に乗せるような軌道の果てに、敵兵の右の太ももに矢は深々と突き刺さる。
痛みに敵がうめいて、不用意な動きを体がしてしまうのが見えた……。
―――馬はその動きに驚いて、飛び跳ねてしまう。
もしかしたら、太ももを貫通した矢がわずかに馬の肌に到達していたのかもしれない。
敵兵は馬体につかまり切れずに、そのままバランスを崩して落馬してしまった。
赤土の大地に勢いよく叩きつけられた彼のそばで、馬は居心地悪そうに立ち止まる……。
「あっちの馬よりも、お前の方がいいな。お前が暴れても、オレはしがみついてやるがね」
―――自分の馬に言い聞かせながら、反転していく。
落馬した帝国兵のそばまで行くが、その前に理解していたことがあった。
敵の右手首が折れ曲がっていること、そのおかげで弓を操るのは不可能になっている。
恐怖と怒りと、屈辱の感情が歯をむき出しにさせていた……。
「おのれ……ッ。とどめを、刺しに来やがったか……ッ」
「まあ、そんなところだ」
「……ハーフ・エルフごときに、殺されてたまるかよ」
「じゃあ、自決でもするのか?オレは、別に止めたりしないぞ。オレは、もっと、お前たちを殺さないといけない気がするからな」
「どういう、意味だ!?」
「オレが誰か、知らないだろう」
「知るかよ、ハーフ・エルフなんぞ……」
「お前は勇敢だ。西の卑怯な雑魚どもとは考えにくい。もしも、東から流れて来た部隊なら、ライザ・ソナーズ中佐の傭兵部隊について知っているんじゃないか?」
「……中佐の、傭兵部隊には…………まさか」
「そうだ。オレは、そこに所属していた」
「亜人種の、奴隷戦士……ッ」
「奴隷じゃない。オレはあくまで、姫さまにお仕えしていたんだよ」
「『狭間』ごときが、中佐に……ッ」
「世の中ってのは、フクザツだな。オレも、ありえない不思議な待遇だったと信じている。でも、それも現実なんだ。帝国軍に対して、裏切られるそのときまで……オレは、裏切ったりしなかったんだぜ」
「……お前は、あの……」
「ウワサがあるのか?そうだろうな。合流して来た傭兵部隊を、受け入れてはくれなかった。西部の帝国軍は、本当に質が悪いし、何よりも性格が本当に良くない。姫さまが亡くなられても、オレは帝国軍のために戦ってやるつもりだったのにな」
「……どうあれ、これは戦だ。正しくなくても、兵士は味方を擁護する……ッ。お前は、我々の敵なんだ」
「それでいい。少し、腹は立つけど。当然だとも、思う。オレは……お前をいつでも殺せる状況にあるし、間違いなくお前の敵なんだから」
「……殺せばいい。拷問でもして、うっぷん晴らしでもするか?」
「そんなつもりはないよ。殺してやりたいが……でも、敵を森から引き出せれば、それはそれでより良い結果でもある。作戦だ。戦術……オレに引きつけられたら、それでいいんだが」
「動かないさ。練度の前に、勇気がない連中なんだから……」
「徹底的に守るか。それは、たしかに悪くはないけど。こっちの将は、メイウェイなんだって事実を知っているのか?」
「……知っている。偵察だって、出しているし……」
「『宣伝』していたからな。カール・エッド少佐も、ドゥーニアとかいう砂漠の姫さまも」
―――使えるものは、何だって使うべきだからね。
メイウェイという『天才』が、戦場に出るという情報は出回っていた。
あえて広めているんだよ、敵はその事実におびえてくれるだろうし。
『帝国軍を裏切った将官』の存在を宣伝すれば、効果的なプロパガンダになる……。
「メイウェイなんて裏切り者に、びびると思っているのか?」
「バカじゃなければ、そうなるだろう」
「ヤツだったとしても、統率出来るとは思わん」
「戦場で伝説を持っているヤツは有利だぜ。こっちも従いやすい。第六師団並みとはいかないだろうが、それと同じ戦術で、仕掛けてくるぞ」
―――政治的な選択肢を、帝国兵どもにアピールしたいんだよ。
『寝返るメリット』が、ちゃんとあると。
アーベルは敵の動きを探る、言い争う様子も見えた。
迷ってるのさ、アーベルを倒して仲間を救うか否かを……。
「統率が利いていないのは、そっちのようだ。オレたちがお前らの軍列にいたら、メイウェイにおびえずることもなく、勇敢にお前を連れ戻しただろう」
「因果応報だとでも、言いたいのか」
「そうだ。一致した動きをやれなくなるのは、オレたちの呪いだな。裏切りをしたせいで、第九師団の敗残兵たちさえも、お前のために動けない」




