第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百四十八
―――ベテランの有利は、視野の広さなのは確かだ。
経験値や知識が形作る感覚というもは、常識離れした機能を帯びていくからね。
メイウェイやボクたち猟兵なら、襲撃部隊の指揮官だって見抜いただろう。
若いアーベルにはそれだけの経験値がない、これはただの慣れでもあるんだ……。
「たらればは、無意味だな。私がその場にいても救えなかったかもしれない」
「……でも、見抜けた。倒すべき相手を」
「それについてだけは自信がある。次の機会では、君もやれるだろう」
「……次の機会なんて、オレには……」
「失った仲間だけが、君のすべてではない。少なくとも、今、すでに。君は新たな立場で兵士として生きようとしている」
「……復讐の、ためにだ」
「かまわないよ。とりあえずの動機は、それで十分過ぎる。君は学んだんだ。得難い経験を仲間たちから遺してもらい、継承した。背負ったものがあるんだ。それを引きずってもいい。進め」
「……あいつらを、壊滅させてやる」
「知恵を貸してやれる。復讐の機会は、すぐに訪れるよ。国境沿いで暗殺を仕掛けるような兵士は、遠くに逃げられるものじゃない。血塗られた部隊には、受け入れ先なんて少ないものだ」
「……連中を、特定する方法は?」
「捕虜にしてから、見つけ出してやるのがいちばん安全だ」
「安全な方法なんて、求めちゃいない」
「誰しもが『ナワバリ』を持っているものだ。国境沿いの最前線であっても、いや、そういった重要かつ危険な地域だからこそ、兵士は本能的に場所に依存する。同郷の者で固まろうとしたり、同じ政治的信条を共有する者や、同じ種族で固まろうとする。君らが襲われた場所に、こちらが攻め込めば……否が応でも出会えるよ」
「……そうか。それなら……」
「何処で襲われたんだね。そろそろ、見えて来る頃じゃないか?」
「……あそこだよ。森が見えるだろ。ちいさな、つまんねえ杉ばかりの森が」
「船の素材になってくれる、良い杉なんだぞ」
「知ったコトかよ。とにかく……あの森の、向こう側だ」
「進路を変えよう。君の仇どもは逃げられはしないだろうから、すぐに会える」
「……勝手に、進路を変えてもいいのかよ……って。そりゃ、そうか」
「私がトップだからな。誰とどう戦うのか、決められるのが指揮官のいいトコロだ」
「……逃げられない、か」
「あの杉を売ろうと考えているかもしれない。なかなかいい稼ぎになる。連中にとっては資産とも言えるよ」
「腐敗か。略奪なんてマネは、騎士道が……」
「兵士としては、至極当然の行いでもある」
「……そうだろうな。そうだとしても」
「倫理観を高く保つのは、君にとっての武器になる」
「分かっている。オレは、騎士道を……継ぎたいんだよ。ようやく、分かったかもしれない」
「復讐をしよう。君らを襲った連中は、あの価値ある森からは逃げないさ。十大師団のように、給与面で優遇されているわけでもないだろし……戦争の報奨以外で稼いでおきたいと考える者も多い」
「あいつらも、そうか。エリートじゃないもんな。騎士でもない。あいつらは、ただの野良犬みたいな雑兵なんだ」
「戦場にある資産も、意識しておくといい。金のためにヒトは戦争をするんだ。行動や狙いが見えやすくなる」
「……もしかして、あの杉なんかのために、オレたちを襲った……」
「ありえる。絶対とは言わないが」
「……ちくしょうめ。どいつもこいつも、戦闘に集中していれば……もっと、強くなれただろうに……っ」
「誇り高く在れない兵士もいる。そういう相手には、容赦をしてやる必要もないだけに、気楽だろう」
「アンタも、騎士道が……いや、第六師団の流儀か」
「マルケス・アインウルフ将軍の部下としては、卑劣な裏切り者には乱暴な一撃を叩き込みたいところだよ。傭兵部隊を、襲うなんてね」
「……仕留めてやるぞ。すぐに……」
「偵察をしてやりたいところだが、森を守ろうとしているなら……ハナシが早くもある。火矢を放つとしようじゃないか」
「そうすれば、連中は……ッ」
「挑発にはなる。積極的な戦いを仕掛けてくるだろうよ」
「……金のために、戦うか。そりゃ、当然だ。当然だけど、そんな理由のために殺されたかもしれないと思うと……腹が立つ」
「復讐は、分かりやすい正義だ。やってみるがいい。矢は得意だろ?」
「もちろん。どんな装備だって、上等に使いこなしてやるよ」
―――メイウェイの命令のもとに、軍勢は動き始めた。
アーベルは数名の兵士を引き連れて、『プレイレス杉』の森に近づく。
帝国兵どもの影が見えると、アーベルは鼻を鳴らす。
不機嫌そうだ、遠くから見る敵影は想像以上に判別が困難だったから……。
「直接、対面しないかぎりは分からんか。どれが、どの部隊なのか……靴は、さすがに見抜けない距離だが……メイウェイの読みに、頼ってやる。火を、放つぞ!!」
―――選りすぐりの弓使いたちが、杉林に向けて火矢を放った。
すぐさま燃え広がりはしない、火災対策だったのか落ち葉を片付けてもいる。
森を守りに使って、待ちかまえるという布陣なのだとアーベルは理解した。
資産であるし、命を守るための武器なら……。
「こうやって挑発を仕掛けたら、すぐに反応してくれそうだ。オレが、ハーフ・エルフだって分かれば、すぐに……あいつらと会えるかもしれないな」




