第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百四十七
―――アーベルは『敵』を引き付けようとした、何人かが迫ってきたらしい。
逃亡の強行日程を経ていなければ、彼らは勝利しただろう。
アーベルもハーフ・エルフらしく、魔術と剣術の冴えを有効に使えただろうに。
敵地となった『プレイレス』を、東に向かって逃げ続けるのは心身をすり減らす……。
―――疲れた動きで振り回す剣は、普段の半分の速さだっただろうし。
魔術を放つために使える魔力も、似たようなものだ。
群れを成す敵を打ち負かすほどの力は出ずに、アーベルは追い詰められる。
迷いもあっただろう、『未来』が見えなくなっていただろうから……。
「……『囮』として、弱さがあった。今なら、分かる。オレは……あのとき、迷っていたんだ。もっと、憎まれるべきだった」
「仲間を守ろうとしているのが、伝わってしまったんだろう。それを敬意で評価してくれるか、あるいは嘲笑うかは、敵の質にもよる。おそらく、後者だった」
「そうだ。あいつらは、オレの行動を見抜いてしまったんだ。オレは、脅威だと思われなかった。殺すつもりより、仲間を守ろうとする甘い男だと、見抜かれた」
「騎士道としては正しい。ただし、戦場の価値観は、あまりにも気まぐれなのだ」
「……バハルさまほど、カラダがでかければ。セリーヌさまほど、強い魔術で、敵を丸ごと焼き尽くせれば……オレは、みんなを助けられた。助ける、つもりだったのに……生き残って…………それは、つまり…………」
「孤立して生き残れた理由は、ひとつだ。君らは、本当に尊敬すべき部隊だったようだね」
「守るつもりが、ま、守られていた……ッ」
「君は若い。若者を死なせたいとは、誰しもが思わない。騎士道が生きている部隊であれば、なおのことね」
「……算数が、合わねえよ。オレが、オレを……『囮』にして、見捨ててくれたら。もっと、みんな……生き残れただろうに」
「そうまでして生き残る道を、騎士道精神は許さなかった。彼らも、君と同じ。守ろうとしたかった」
「うるせえよ。間違っているんだ。オレは……い、生き残ったところで、未来はなかったんだから。て、帝国にも合流できない。それどころか、み、みんなを裏切るような真似を……復讐のために、『自由同盟』に寝返ってしまったんだぞ」
「君たちが仕えていたのは、帝国じゃない。バハル殿の意志に仕えていた」
「……バハルさまは、帝国に仕えていたんだ。じゃあ、オレたちも……オレも……」
「帝国軍に君の居場所はなかった。そんなことは、私以上に、君自身以上に、君の仲間が分かっていたんだよ」
「……みんなは、間違えた」
「間違ってはいない。命を正しく使ったと、私は信じる」
「うるせえよ。そんな、理解が……何に……っ。ちくしょう。オレは、もっと……もっと、強くなりてえよ……っ」
「なれるさ。教訓を得た。罪悪感も得た。強くなれる。兵士は、無限の困難に鍛えられるものだよ」
「……戦術を、教えろ。オレに必要なのは、そんな感情的な慰めの言葉じゃない」
「一途さは、すでに使えている。必要なのは、柔軟性だ」
「柔軟性ってのは、どういう……」
「真逆の方法論も、ちゃんと使いこなせるという意味だ。英雄的な力は、君にはまだない」
「……弱いのは、分かっている」
「より強くなる前に、知恵よりも器用さを使うべきだ。敵の邪悪さを、冷静になった今では見えているし、仲間の愛情も理解できるだろう。それを、より早く使うには、客観視するのが大切だ」
「自分の、主観を捨てる?」
「本をしっかりと読まされた者の発想をしてくれる。うらやましいよ。それは、君の大きな武器となる。とっくの昔に、知恵の種はまかれているんだ。それを、より使いこなすために必要なのは、深呼吸だ」
「バカに、しているのか?」
「落ちつくだけでいい。死にそうなとき、仲間が殺されかけているときでも、ちゃんと呼吸を整えろ。『冷静になれ』と自分に言い聞かせるだけで、賢さはいくらか動き始める」
「そんなに、単純なものかよ」
「戦場は日常生活よりは、ずっと、はるかに、単純だ。その部品である兵士も、兵士の部品である感情だってそうだ。ちゃんと、コツひとつで御せるから安心したまえ。自意識過剰にならないでいい。冷静になれと自分に命じるだけで、十分に使えるぐらいには、君は強い」
「……やって、みる」
「そうだ。その素直さは伸びる」
「それで。オレが、あの夜……仲間を救う方法は、あったと思うか?」
「ないね。君らの方が、格上だったから。勝てなかったのは、疲弊していたせいだ。疲れ果てた者は、戦場では負ける。それだけだ。戦術も何もない」
「……そう、だろうな。だが、アンタが、あの場にいたら?」
「敵を捕らえ、人質にしただろう」
「人質に、取る?」
「情報収集をしたいんだよ。誰が、襲撃者のリーダーなのかを、指の骨でも折りながら訊けばいい」
「……切り落として、やってもいい」
「残酷さは必要じゃない。必要なのは、洞察力の方だ。襲撃者の靴を見たか?」
「……靴は、身分が出る」
「そうだ。襲撃のために軍服を脱ぐかもしれない。階級だって、隠そうとするだろう。だが、靴まで脱ぎ変えるほどの器用さはないものだ。むしろ、自分たちよりも強い相手に襲撃をかけるのであれば」
「……慣れた靴で、移動しようとする。夜襲だ。足場は、見えにくいのなら、当然に」
「靴は、踏みつけてもいい。値段は、すぐに分かる」
「安物じゃないブーツを、履いているヤツか」
「夜目は利くだろう。君なら、見抜けたはずだ」
「かも、しれない」
「部隊の指揮官を見抜けば、そいつだけを襲う。襲撃を成功させるには、強い意志がいるものだ。それを担うのは、いついかなる場合も、現場の指揮官。そいつを殺せれば、少しは動きが鈍る。撤退させられたかもしれない。むろん、これは可能性に過ぎん」
「だが、あんたなら、何人か、救えたかも……ちくしょうめ」




