第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百四十六
「……騙されただけだ。難民みたいな状態で、ようやく流れ着いたと思ったら。いきなり、襲撃されてしまった」
「夜に?それとも、昼間に?」
「……夜だ。休憩所を、提供された。オレたちは、疲れ果てていたから……」
「グッスリと眠ったと。それは、薬物か……アルコールが関わっていたか?」
「呑まされていたんだ。オレは、呑まなかったけど」
「作戦を、指示されていたかな。すぐに、国境警備に立てるか、などの」
「……あった。大量の敗残兵が、西に流れていたから……指揮系統の再編に、時間がかかりそうだったんだよ」
「だろうね。権力争いもある。同じ階級だとしても、十大師団の軍人と、ただの辺境派遣部隊の軍人では、『格』が違うから」
「帝国軍の、美徳と言い難いトコロかもしれん。十大師団は、やたらと偉そうだ」
「皇帝肝入りの軍隊と、一般の軍隊では赴きが異なる。何であれ、十大師団のひとつであった、マイク・クーガー指揮下の兵士たちと、西部の帝国軍の兵士たちのあいだでは、主導権争いが生まれただろう」
「そうだな。オレたちが、襲われたのも……オレが、ハーフ・エルフだっただけじゃなくて」
「第九師団に所属していた傭兵部隊だから、西部の国境警備部隊からすればケンカを売りやすい相手だったのは事実だ」
「……そんな理由で、襲われただと」
「法律は君らを守ってくれない。正式な帝国軍ではないからだ。それと同時に、第九師団の敗残兵たちと合流し、西部との主導権争いの『手先』にされるかもしれない」
「傭兵だ。『汚れ仕事』を任されるときだって、あるからな」
「そうだ。国境警備部隊からすれば、君らが第九師団の残存将校に命令されて、部隊の幹部を拉致するかもしれないとでも考えたのだろう」
「……姫さまが、いたら。やってた。偉そうな西部の雑魚兵どもは、姫さまの手下になるべきだからな」
「軍隊内部の権力争いや、派閥争いとはみにくいものだ。身に染みて、分かっているよ。『外交』と『内政』……私も、まだまだ修行が必要な分野だから」
「……連中も、そういう理由で、オレたちを……」
「権力というものは、戦争の主たる動機のひとつだよ。西部の帝国軍将校からすれば、自分たちの組織が解体されて、第九師団の残存将校に『奪われる』事態は避けたかった」
「そのために。身内同士で殺し合うか……騎士道ってのは、どこに行ったんだ」
「……騎士道が生きているのは、腐敗していない軍のみ」
「マジで、そうだな。バハルさまのもとで、どいつもこいつも、戦ってみればいい」
「そう思える指揮官に出会えたことは、軍歴のなかで大きな宝となるだろう」
「……騎士道を、理解していたはずの仲間を……オレは、けっきょく……」
「彼らのためにも、勝つのみだ。寝込みを襲われたとなれば、あまりにも合理的な襲撃だね。恨みはないし、怒りもない。あるのは、恐怖だけだった。連中は、君らを恐れていただけ」
「……だろうな。まともに、やれば。勝っていた。生き残れたはずだ。あんな連中なんかに、負けたりは……しない!」
「卑劣な策での敗北の痛みは、多くを学ばせてはくれる。痛みが、君をちゃんと強くしてくるんだ。話してくれたまえ。どうやって、君は生き残れた?」
「……怒鳴り声で、目が覚めたんだ。あとは、物音。血のニオイも……」
「夜襲されたんだ。提供されたばかりの拠点で、襲われた。包囲していたはずだ。敵の狙いは、第九師団の残存兵力の解体……生き残りがいれば、攻撃される口実を、第九師団側に与えてしまうからね」
「……そうだ。オレたちの半分は、寝込みを襲われた。ケガ人が……運び込まれていた下の階は、火までつけられていたんだ」
「全滅させるつもりだったな。寝込みを襲うだけで、全員を暗殺できるほど、腕前がないと自覚があった。弱くはない。強くもないが、それなりの練度がある」
「……戦うよりも、先に」
「救助しようとしたんだな。君らは、仲間想いだ」
「……守ってやろうとしていた。傭兵は、薄情で、金目当てだって、言われるけど。オレたちは、金だけじゃない……まだ、バハルさまの部下でいたかったんだ。その生き方が、好きだからこそ。オレたちは、バラバラになれなかった」
「姫君や、団長がいなくなっても、君らは」
「生き方だ。それが、好きだった。時代遅れかもしれないけど。オレなんて、義理の息子だ。血なんてつながっていない。『狭間』だぞ。背負える、わけもないだろうけれど。オレは、ファリス騎士の伝統を、継ぎたかったんだと思う。みんなも、そうだった……」
「君は、それをちゃんと継承している。生き残れ。生きている限り、その伝統は君が継げる。私の軍にいる限りは、邪道は行わずに済むし……それから先は、君が選べるだろう」
「……分からねえよ。正しいのか、背負えているのか。そんな権利があるのかさえ」
「権利ならばある。血など、気にするな。君のおかげで、ライザ・ソナーズ『姫』の意志は分かった。表で人買いをやろうとも、亜人種を奴隷にしようとも。名高いロビイスト/政治屋であろうとも、情深い人物でもあった」
「……すごい方さ。時代に合わせながらも、真逆のこともしていた。バハルさまは、エルフの妻と、ハーフ・エルフの娘と……養子まで、ハーフ・エルフなのに。重臣として、仕えさせてもらえていた。オレは……オレは……姫さまの剣でいたい。バハルさまみたいに」
「なれるさ。それだけの強い望みがあれば、君はその通りに生きられる。そのためにも」
「……話す。オレたちは、囲まれていた。助けようとしたけれど、あいつらは、ケガ人を引きずり出そうとするオレたちに、容赦なく襲いかかってきた……全員が、そうじゃなかったかもしれない。あまりの、ひどさに……敵の手だって、ゆるんだかも……そのとき、誰かが叫んだ。オレを、利用しようとしたんだ」
「ハーフ・エルフが、いるぞ」
「……ああ。ハーフ・エルフがいる。『狭間』がいる。そう言うと、襲撃に積極的じゃない連中まで、動いた。だから、オレは……」
「それを逆手に取ることにしたんだな。帝国兵は、亜人種や『狭間』への殺意が強い。君は、自分でも主張しただろう。「ここにハーフ・エルフがいるぞ」と。『囮』となって、君に敵を引き付けることにしたんだな」
「……そうだよ。オレは、バハルさまみたいになりたかった。仲間のためなら、追い詰められた仲間のために、退路を切り開くために……ひとりでも、死んだとしても、道を開く。それが、帝国になる前の、ファリス王国の、騎士道だから」




