第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百四十三
―――軍人らしい野心だったし、メイウェイほど有能な軍人なら当然の願望だ。
誰しもが成功したいと願い、その種の努力をするのはいつだって正しいものさ。
世の中を新しい方向に動かすのは、良くも悪くもこういった野心だから。
メイウェイが西部地方に自分の国を作ったとしても、ソルジェも許すだろう……。
―――不謹慎だけど、乱世の『面白いところ』じゃあるないか。
貴族でも王族でもない、ただの一般市民ごときだったとしても。
軍事的な才能ひとつで、国を築き上げられるのだから。
ある意味では、とても夢がある時代と言えるだろう……。
―――乱世でもなければ、なかなかこんなチャンスはないものだよ。
メイウェイは国盗りを考えつつあるし、それは決してメイウェイだけに限らない。
皇帝ユアンダートへの忠誠心が陰れば、その種の感情を持つ帝国軍人も増えるさ。
『自分が好き放題にやれる土地』を持ちたがるのは、ヒトの本能だと思う……。
「……最前線で指揮を執る者は、裏切りを心配しない者が必要だ」
「オレが、それの一人にはなる」
「そうすれば、戦後に報奨も期待していい」
「戦の後まで、考えているのか?」
「そちらの方が、兵士が強くなるからね。勝利し、生き残れば。君にも大きなチャンスとなるだろう」
「……オレは、仲間の仇が取れれば……」
「それだけの感情で戦えば、弱さとなる。より先を見るんだ。君は、ソナーズ侯爵家への忠誠も失ったのだから」
「……姫さまが、生きていれば今だって……」
「死者に、想いを奪われ過ぎるな。それで長生き出来た者は、多くいない。誰しもが、復讐心に身も心も焼かれ、それを成就する前に朽ち果てて行ったんだ。若者が、やるべきじゃない」
―――祖国の復讐のためにバルモア連邦や、ファリス帝国と戦える赤毛の男だとか。
愛する夫の復讐のために、帝国と戦い続けている人魚の踊り子だとか。
猟兵並みに強い復讐者ならば問題なく乱世も生き抜けるけれど、普通はムリだった。
誰しもが誰かを失う乱世の時代で復讐心は乱造されているけれど、成就者は皆無……。
―――自分より強い相手が、自分の大切な者を殺す場合がほとんどだから。
そうなれば、その復讐が成功する確率なんて知れてくるわけだ。
メイウェイの言葉は真実で、若いアーベルの危うさを心配してのことさ。
『未来』を思い描けている復讐者ならば、少しは生きる力を帯びれる……。
―――いつか天幕の下に戻ると誓ったレイチェルは、かつてよりも強い。
ガルーナを復興させる意志に燃えるソルジェも、ただの復讐者より強くなった。
アーベルにも、大きな夢を抱いて欲しがっているメイウェイがいる。
それはおそらく、かつての失敗もあってのことだろう……。
―――若手の人心掌握に、イルカルラで失敗したから。
いい軍人だが、政治力で負けた。
『外交』の攻撃性だとか、『内政』の弱さがもたらす組織の崩壊だとか。
メイウェイなら本が何冊か書けそうなほど、豊かで強い経験値を持っている……。
「……何か、考えておく。褒美の使い方ぐらい、オレにだって、見つかるさ」
「それでいい。なければ、私とつるめ」
「損すると思うぞ。ファリス騎士の、義理の息子で……『狭間』ってのはあつかいにくい」
「私なら、どうにかしてやれるだろう」
「自信満々だな。しばらく、干されていただろ」
「怖がられていたからね。名誉なことでもある。だが、見捨てられなかった。君も、私を訪ねてくれだろう。ソルジェ・ストラウスに頼りにくかっただけかもしれないが」
「……あの赤毛野郎には、頼りたくねえ。姫さまの敵だったし、バハルさまとセリーヌさまとも戦った。死んだあとのお二人だとしても……お二人を、倒したから」
「十分な動機だ。戦術諸々を、伝えたくなる健気さがある」
―――アーベルも、傭兵だからね。
あのメイウェイから、戦術が伝授される機会には食いついた。
けっきょくのところ、若い傭兵だ。
彼には『戦略』や『内政』や『外交』まで、想像がつきにくいんだよ……。
―――たとえ、説明されればアタマで理解出来たとしてもね。
兵士に必要なのは、戦術理解だけでいいと思い込んでもいる。
それでも、メイウェイが第六師団流の『戦闘』の概念を教え込んだのはムダじゃない。
メイウェイの語る戦術論にも、より豊かな解釈を付け加えられるだろうから……。
―――そう考えれば、メイウェイはなかなか上手な話術の使い手だったかも。
戦術論に興味深々なアーベルは、まるで友人のような距離感で馬を寄せてくる。
その馬術の巧みさを、メイウェイに見られながらね。
ああ成長中なのは、お互い様だってことさ……。
―――メイウェイはアーベルで、若手の人心掌握を学びたがっているし。
ファリス騎士流の馬術や武術だって、覚えておこうと考えていた。
アーベルの見せる動きから、それらを見抜いてしまえるからね。
第六師団の騎兵訓練も、メイウェイの仕事のひとつだった……。
―――ファリス騎士の流れを組む敵と、西部では遭わないだろうけれど。
マルケス・アインウルフは、別だからね。
かつての上司にアドバイスを送るためにも、アーベルはいい観察対象だった。
お互いに実りのある濃密な時間ではあるから、いいコンビだと断言していいよ……。




