第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百四十二
「手紙なんかで、そう動いてくれるものか?アンタは貴族でもないし、帝国軍の軍籍だって、もうないんだぞ?」
「それでも実績があるからね。無視はできないよ」
「……まあ、そりゃ、そうか」
「マルケス・アインウルフ将軍も、その種の『予備工作』を理解しておられた」
「そういう小細工をするようなイメージは、持っちゃいないんだが?」
「理解しておられただけだ。使っていたわけじゃない」
「……つまり、理解して『使われないようにしていた』と」
「そうだ。『内政』で、つまりは帝国内や第六師団内での結束を高めつつ、敵からの『外交』による妨害を受けないように心がけておられた」
「具体的には、どうやるんだ?」
「最前線で、指揮を執られたよ」
「そいつは、リスクがある」
「もちろん。だが、すべてのリスクに、リターンはつきものだ」
―――最前線に指揮官が出向くなんて、一種の間違いではある。
少なくない軍事の専門家が、「やめておけ」と助言してくれるものの。
効能というものは、確かにありはするんだよね。
確実な『統制』が行えるよ、マルケス・アインウルフはそれを重んじたようだ……。
「最前線に立つことで、組織を律して他者からの介入も監視する……」
「反乱を防いで、敵からの介入も防いだ?」
「そのとおり。英雄的な王族や指揮官には、最前線でそれを成し遂げてきた者も多い」
「マルケス・アインウルフとか、ソルジェ・ストラウス?」
「……そうだ。似ているな。今となっては」
「どっか、嫉妬があるのか?」
「アーベル。軍人に対して、その種の問い方は命取りになりかねない」
「悪かったよ。『狭間』なもんでね、意地悪に育っちまった」
―――誰にでも、コンプレックスはあった。
とくに、どん底にいるような気持ちであるときは。
イルカルラの太守の座から、引きずり落とされた痛みをメイウェイは忘れていない。
ソルジェやアインウルフに助けられ、イルカルラを生き延びた事実も……。
「私にだって、やれないことは多々ある。竜もなければ、あの『ユニコーン』も私にはないのだ。剣術や魔術の腕も、ストラウス卿には及びはしない。それに……」
「それに、何だ?」
「……血筋に、頼れないんだよ。ただの一般人の家に生まれただけに過ぎないから」
「まあ、それは。確かに」
「最大の『外交』が何か?決まっているよ、血筋だ。王族同士の婚姻など、『外交』の力として最たるものだ。それだけで大国を成した者もいる。戦よりも、ずっと大きな力とも言える」
「……マルケス・アインウルフは、帝国貴族で……社交界でモテモテだったな」
「貴族社会に強い。敵となった今でさえ、将軍の名誉はどこか保たれている」
「そいつが、『外交』の力……貴族社会や、王族の血の力か」
「私にはない。『外交』において、最高の力を使えはしないが。下士官には、私の出世物語は有名だ。帝国貴族からは、嫌われるがね」
「……西部にいる帝国兵の大半は、野良犬みたいな落ちこぼればかり。あいつらは、下から這い上がったアンタの物語に、共感しているのか?」
「嫌われては、いないだろう。警戒されてはいるかもしれないが。だからこそ、手紙が有効になる」
「つまり、もう……送っているのか?」
「『届かなくても構わない手紙』だからね。いくつものルートで、送っているよ。昨夜のうちに」
「……『毒入りのエサ』か。何人か、破滅させちまうかもな」
「敵の破滅は、喜ばしい。これから戦う敵は、どんどん内部崩壊して欲しいところだ」
「もしかして。アンタってさ、マルケス・アインウルフの、第六師団の『裏側』担当だった?」
「私が出世したのは、将軍のとなりで最強の騎兵だったからさ」
「そうだろうな。腹黒いヤツは、アインウルフ将軍には嫌われる。アンタは、もっとマトモな男だったから、後継者あつかいされた」
「マイク・クーガーよりは、私は上官から分かりやすく愛されていたと思うよ」
「鬱屈した気配は、アンタにはないな。貧乏少佐には、たっぷりだった」
「私と少佐は、どこか似てもいる。取り上げてくれた父親のような存在を、じっと見つめていたんだ」
「ファザコンっぽい……なんて、意地悪は言わないでやろう」
「そうだろうな。君にも、自覚はあるだろうから」
「……義理の親子関係って、複雑なんだぜ。当事者以外には、絶対に分からない」
「だろうね。だから、言わないでおこう。指摘してやりたい点は、いろいろとありはするのだが」
「今度にしろ。アンタのハナシだ」
「敵の結束を、割りにかかっている。すでに、壊れかけているだろうから、私の手紙で圧をかければ、何人か寝返りが生まれるかもしれない」
「合流したいからではなく、『せざるをえないから』」
「言っただろ。仲が悪くても構わないと。戦場に、敵の敵として出向いてくれれば、それで問題はない。あとは、その不安定な状況を、支えるべき者がいる」
「アンタが、マルケス・アインウルフみたいに『最前線』で、色々と差配するってわけだ」
「……その通り。君にも、期待している」
「何を?オレは、ただの一兵士だぜ」
「忠誠心を、期待している」
「裏切りはしない。だが……」
「……私はな、つねにアインウルフ将軍の背後や側面を守っていた。憧れたものだ。いつか……ああなりたいと。分かるだろう?」
「……ちょっとは、な。オレだって、バハルさまのとなりにいたんだ」
「アーベル、素直に告白しよう。私は、この戦で、地位を得たい。軍人として返り咲きたいんだ」
「……ああ、だろうな」
「だから。頼みたい。かつての私が、将軍を支えたように。私のとなりにいろ。裏切らない優秀な一兵士でいい。それが欲しいんだ」
「……裏切らない。昔のアンタには、ならねえが。裏切らねえから、思い切り暴れればいい」




