第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百四十
「マルケス・アインウルフを、神格化しているんだな」
「誰しも師匠がいる。最良の教師と信じ込めるほどの、達人と出会えたなら幸運なことだよ。アーベルにも、いるはずだ」
「いるよ。養父の……バハルさまだ」
「養子になっても、さま付けか」
「身分というものが違うんだよ。オレは、分かっている。オレは……アリーチェの代わりみたいなもんだ」
「卑下しなくてもいいが、君なりのリスペクトと十代特有の感情だろう」
「分析するなよ。どうでもいいんだ。オレのことよりも」
「戦についたか。知りたいらしい。私の戦い方を」
「……負けないようにして欲しいんだ。オレは、仲間の復讐のために、アンタについたんだからな」
「分かっている。忘れるはずもない」
「そうか?ありふれた理由すぎて、新鮮味ってものがすり減っているんじゃないか?」
「ないとは、言わない」
「素直なヤツだ。当然だよな。こんなに、広い大陸で……いや、海の上でも戦いまくっているんだから。この九年間」
「大陸のすべてが赤く染まっていないのが、不思議なものだよ」
「ヒトってのは、雑草みたいにしぶとくはある」
「いい言葉だ。マルケス・アインウルフ将軍も、似たような言葉を口にされた。バハル殿が、それをお前に聞かせたか?」
「……セリーヌさま。バハルさまの、妻だ」
「養母殿だな、君の」
「そうなる。オレは……いや、いいんだ。アンタの戦い方について、教えてくれ」
「第六師団における戦闘ドクトリンは、古王朝時代に記された戦術書だ。将軍の祖父が、将軍に託した本。それがあったからこそ、アインウルフ家は領主となれた」
「古王朝の、軍事教本。何だって、すぐれていたとは言われるが」
「軍事面も素晴らしいものだ。滅びてしまったのが、もったいない」
「森羅万象、すべてが滅びる」
「いい言葉だ。古き叡智も絶対ではないが、それでもすぐれてはいる。結果として、第六師団は十大師団でも……最強とは言わないが、二番手か三番手だった。攻撃に関しては、一番だったろう」
「攻撃だけじゃ、戦は勝ち切れない」
「そうだよ。ときには守備的な戦術を使うべきときもある」
「……ハナシの腰を折っちまったか。続けてくれ」
「攻撃の戦術は、連携が肝であるが―――そもそも、第六師団の強さは、この連携にこそあったのだが、『戦術』というレベルだけで、連携を組まなかったことが大きい」
「……つまり、戦略的に、やっていたと?」
「そうだ。第六師団の作戦会議で使っていた概念を、まずは説明した方が早いな」
「用語の意味が、違うとでも?」
「古王朝式の一部分が、帝国軍の哲学となったのだが、ファリス王国の哲学が多く入っているのだ」
「第六師団は、それが乏しいと?」
「よりオリジナルな運用に近かったのは確かだね。レイ・ロッドマンが、どうして『プレイレス』での任務に引き抜かれたのか。有能な傭兵だっただけじゃなく、彼は第六師団に所属していたから、古王朝の伝統を否が応でも引き継いでいる『プレイレス』の赤い大地の軍人たちの心が読めると、グラム・シェアは考えたからだし、実際、そうだった」
「活躍していたが、ハメられてもいたぜ。うちの姫さまに」
「有能な者には特有の苦労がある。古巣から離れて、新しい集団に属したときには、派閥争いの洗礼を受けるものだ」
「よく生き抜いたもんだよ。オレたちも、隙あれば、ヤツを抹殺していたと思う」
「しぶとさは彼の力だ。運もあるし、情報収集能力も長けている。私と同じく、戦略より『上』の概念を使いこなせなかっただけで……ああ、本題に戻ろう」
「古王朝式の、第六師団の哲学ってのは、どういうもんだ?」
「細分化して、物事を分析するのだよ」
「つまり、戦争で使う考え方を……小分けにした?」
「その通り。最小単位は、『技術』だ。当人の技巧や、道具そのものも含む。他より優れた技術を使えば、有利だ。より壊れぬ鋼で槍をこしらえた兵士の方が勝つ」
「『技術』、ね。その次は?」
「『決闘』だよ。一対一での戦いだ。帝国軍や、ほとんどの地域で、一騎討ちは好まれないが……かつて、古王朝においては行われていた。ソルジェ・ストラウスと、一騎討ちをした。正確には、指揮官である敵の王を狙ったようだが……」
「そもそも、そういう文化が第六師団にはあったわけだ」
「その通り。『決闘』という単位で、我々は戦争を研究してもいた。帝国軍らしくはない」
「北方諸国の、スタイルでもない。もっと、大勢で殺し合うのが基本だったぜ。ファリスには、若干あったけれど」
「組織哲学に殉ずるのが、兵士というものだとよく分かっただろう。研究があったからこそ、将軍も動けた」
「『決闘』が、一対一の戦闘なら。その上が、そろそろ……『戦術』か」
「ああ。複数人同士の戦闘、それが『戦術』になるよ。実際、戦場で起きるすべてはこの単位で研究される。その上が」
「『戦略』だ。長期的な計画とか、だろ?」
「そうだよ。多くの軍事組織でも、この辺りは研究する。しかし、第六師団には、さらに上の概念がある」
「そいつは、具体的に何だ?」
「布陣運用などの戦術よりも、複数回の会戦をコーディネートする戦略よりも、さらに大きくて、そもそも基本的な力とは何だろうか?言い方を変えれば……装備品の質などの技術よりも、戦術よりも、戦略よりもはるかに重大であり、『何よりも決定的に戦争の勝敗を決める力』とは?」
「……ん。そいつは……」
「これはとてもカンタンだ。専門家ぶって、難しく考える必要はない。軍隊における強さとは、そもそも何だ?」
―――アーベルは賢い少年だった、自軍の隊列を馬上から見回してみたからね。
そうすることで、彼は悟れた。
メイウェイの言う通り、それは子供だって分かる答えなんだから。
軍隊の強さは戦術でも、戦略でもないんだ……。
「数の多さ、だな。人数がいる方が、より強いんだ」
「その通り。第六師団は、戦略よりも『上』の戦闘の単位を意識していたし、それを使いこなせる才能がアインウルフ将軍にはあった。それは、つまり。『内政』と、『外交』になる」
「政治って、オチかよ」
「『内政』が優れていれば、国内からより徴兵可能だ。そして、『外交』。他国や同盟国から戦力を『借りられたら』?内政を充実して、何十年もかけたところで、兵士の最大数を二倍にはできないが、『外交』を使えればたった一日で、倍に出来る。意識すべき、戦闘の単位だろう」




