第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百三十七
―――プレイガストは記憶していた情報のすべてを、正確に書面へ変えた。
それらは、帝国軍人どもの不正を告発するための手紙たちである。
一枚ずつ封筒に入れて、査察官の名前を書いていった。
もちろん宛先は、それぞれ別の所属と名前だったよ……。
「ライバル関係にある者たちが、この土地を占拠している帝国軍人たちにはそれぞれいるんだ」
「その関係性まで、把握しておられるんですね」
「檻のなかでも、呪術師ならば情報収集はやれるよ。帝国兵は、私の前ではおしゃべりになってしまうんだ。呪術だけでなく、心理操作も仕掛けてやることでね」
「さすがは、プレイガスト先生」
「心理学と、演劇の本は役に立つものだよ」
「後者は、私にはちょっと難解すぎました。芸術的な才能には、乏しくて」
「そう思い込んでいるだけだよ。誰もが、自然と演技をしているものだ。君は、私に秘書だと任命されることで、秘書らしくあろうと振る舞い、そうあるべきだと信じ込もうとした。それが、人に演技を始めさせる」
「これも、演技……」
「その一種ではあるよ。自然なものさ。『ツェベナ』のアーティストたちの練習方法は、君の成長にも役立つだろうから、後々、確認しておきなさい。この手紙の手配を、つけたあとでね」
「帝国軍内に、送るんですね」
「ああ。不正を行った者のライバルたちに、この告発資料を送ってやるのだよ。そうすれば、彼らは最大限に利用してくれる」
「不正を暴いて、ライバルを蹴落とそうとしてくれるんですね」
「そうだ。彼らの居場所は、帝国軍内から消え去り……メイウェイを頼るだろう」
「帝国軍が設置したポストに、投函させれば……届くでしょうか?」
「独立性が高い、武装配達員に守られてね。彼らの郵便配達網は、ユアンダートの最高の発明のひとつだよ。宛先が戦地の士官についての手紙は、すべて無料で配達される。足の速い村人にでも、頼んでほしい」
「ええ、先生のおっしゃられた通りに」
「気をつけるようにね。見張られている可能性もあるんだ」
「帝国軍は、レビン大尉が誰かに手紙を送ると?」
「彼にだって、家族ぐらいいるからね。友人や知人も」
「……レビン大尉は、手紙を書かれないのでしょうか?」
「故郷に手紙が書けるようになるまで、しばらくかかるだろう。彼にとっては、帝国軍人であることは大きな誇りだった。おそらく、レビン大尉の家族にとってもね」
「……了解しました。大尉は、眠らせたままで」
「そうしたまえ。起きていると、ぎゃあぎゃあとムダに騒ぎ立てるかもしれない」
「そんな気がします。ずいぶんと、亜人種が嫌いなようですしね」
「『自由同盟』が勝てば、すべては大きく変わるよ。そのために、努力をしよう。政治的な工作や陰謀は、質よりも量が意味を成すものだ」
「たくさんの帝国軍人を、破滅させれば……」
「我々に利するよ。たとえ。『自由同盟』に合流してくなくともね。不正を企画し実行の出来る軍人は、最上級の人材とは言い難いが、それなりに器用で人脈を持つ。組織犯罪の中核を成せる才能があるんだ。そんな人物を、帝国軍から追い出せれば、現場の戦力は低くなる」
「諜報戦も、有益だと戦略教本には書かれていました」
「有効だよ。実に、有効なんだ。戦場におけるヒトの行動は、合理的な悪意によって決められているものだからね」
「『トゥ・リオーネ』の教えにも、似たようなものがありました」
「そうさ。この土地は昔から争いが絶えなかったからね。戦略に対しての研究は、古来、続けられてきたのだ。もう少し、各勢力の不仲さが弱ければ……帝国軍さえ、押し戻せただろうに」
「我々が、隠れるのも。元々は……」
「ああ。悲しいことに、『トゥ・リオーネの民』の間の争いによるものだったよ。仲が悪いというのは、大きな問題さ。それも改善すべきだが……」
「我々だけの力では、困難かもしれません」
「……そうだね。基本的には『自由同盟』に任せよう。帝国軍の脅威を前にしても、長年の不信感がお互いを許せない。歴史とは、まったくもって、厄介なものだが……ヒトを縛るんだ」
「……ええ。『トゥ・リオーネの民』の和睦が、この戦を契機として成されることに、期待しています。困難でしょうけれど、同じ境遇なんですから。この土地から、敵を追い返して、我々の土地を取り戻すんだ」
―――帝国軍人どもの不正を告発するための、『毒餌』はまかれた。
漁村のエルフのひとりが、それを帝国軍が設置したポストまで運ぶ。
かなりスリリングな旅であったけれど、亜人種奴隷のフリをしたおかげで成功した。
抗力のない『魔銀の首枷』をつけたまま、エルフの男は運び手となる……。
―――多少は怪しまれはしたが、その手紙は郵便網に乗ったのさ。
明日の夜までには、それらはターゲットに配達されるはずだ。
それらの毒が、この西部にはびこる帝国軍どもを毒してくれる。
プレイガストは満足しつつ、しばしの仮眠を取ることにした……。
「メイウェイに届けば、これで……ヤツが、この土地を解放してくれるよ。軍人は、誰しもが英雄願望の持ち主なのだから」




