第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百三十六
―――プレイガストの依頼を受けて、エルフの漁師たちは北上を開始する。
沖を通るコースを通ったのは、海流を利用するためでもあり漁村の場所を隠すためだった。
帝国軍の捜索部隊も、当然ながら船をいつくも出していたからね。
遭遇すれば手あたり次第、捕らえられるかもしれなかった……。
―――だが、帝国軍が駆り出した船が狙っているのは岸が多い。
プレイガストはともかく、レビン大尉が亜人種と合流するなんて考えられないからね。
どれだけ彼が人間族第一主義の実践者なのかを、帝国兵らは理解していたから。
どんな事情があったとしても、大尉と西部の亜人種たちがつるむとは思えない……。
―――エルフの漁師たちや、ドワーフの漁師たち。
巨人族の漁師たちも、沖合では漁にいそしんでいた。
彼らの大半は帝国軍に支配されている状態であり、家族を漁業に従事させられている。
西部の帝国軍は亜人種たちに商いを許していて、その売上を税として奪っていた……。
―――漁業も西部の沿岸部では主要な産業であり、帝国軍はそれを妨害していない。
漁船に対しての支配力は、比較的小さいものだよ。
十大師団が支配したり、帝国貴族の統治が利いている土地だったりすれば。
もっと彼らの行動が制限されていたかもしれないが、意外なほどに管理が甘かった……。
「士官がそれぞれの私腹を肥やすために、『子飼い』の労働者を働かせるのを望んだからだよ」
「この土地の帝国軍は、かなり……」
「秩序を失いつつあるのさ。ユアンダートに、見捨てられた気持ちになっている。面倒見と教育熱心な、偉大な父親かのようだった皇帝ユアンダートへの愛情は、失われつつあるのさ。皇帝の理想よりも、彼らは」
「私服を肥やすために、動き始めているから」
「ユアンダートが知れば、激怒するだろう。当然だよ。必勝の戦略を、ここの帝国軍はやっていないのだから。それは、つまり」
「つまり、どういった原因なのでしょうか?」
「父親を想像するといい。支配的な父親が、権威を失うパターンを、私の残した心理学の本では、どう紹介してあったかな?」
「……愛情が、消え失せたときと……子供たちが、父親に対しての恐怖を感じなくなってしまったとき」
「その通り。辺境の帝国兵どもは、愛を失い、恐怖も失った。盲目的な忠誠を組織に強いるために必要不可欠な要素が、ふたつとも欠けてしまっているんだよ」
「それらが『自由同盟』が帝国軍に勝利できると考えられる理由にもなっていると?」
「そうだよ。組織の腐敗は、機能不全を起こさせるからね」
「……ですが、戦いには痛みを伴うものですよね」
「むろん、大勢が亡くなるだろう。しかし、その被害が大きくなるほどに……帝国軍からの離反者も増え始めるさ」
「政治的な選択肢になる。帝国兵からしても、『自由同盟』が?」
「そこで寝息を立てている大尉殿のようにね。望まなくても、法律が帝国兵を『自由同盟』に導くことにもなる。罪を犯せば、帝国軍にも居場所がなくなるんだよ」
「罪人、なんですね……」
「戦争というものは、不毛なものだ。人心を腐らせてしまいもする。レビン大尉だって、まともな兵士として生きていたはずが、腐敗があたえてくれる利益に、目がくらんでしまった」
「彼のような人物が、帝国軍には多い?」
「私は、レビン大尉の不正を暴きにきた査察官を始末したんだ。呪術を使い、間接的にだが。そのときに、彼のアタマのなかを、『覗き見した』のだよ」
「の、覗き見……」
「呪術には、視界を奪い取るものがあってね。それの、仲間みたいなものさ」
「さ、さすがは先生です」
「肝心なのは、その呪術により、得られた情報だよ。査察官は、秘密の告発文を記していたんだ。それを、私は『覗き見した』となれば?」
「不正を働いている帝国軍人を、プレイガスト先生は把握しておられると」
―――秘書ロックの聡明さは、プレイガストを十分に満足させていた。
うんうんとうなずきながら、彼はまた筆を走らせ始める。
帝国軍人の名前と、彼らの所属と階級と『金額』だった。
軍に収めるべき、統治下の民たちから徴収した金の量だよ……。
「こ、こんなに、大規模な不正が……っ」
「査察官は、彼らから賄賂をもらっていた。私がこのリストの末尾に書いたのは、軍人らが査察官を買収するために使っていた費用だよ」
「なかなか、大きな腐敗なんですね」
「レビン大尉は、不器用だったから。一見、清廉潔白に見える査察官に対して、この種の懐柔策をやれなかったんだ。愛すべき、愚かさとも言えるだろうよ。法律を逃れるために、法の執行者を買収すればいいという、古き伝統さえ知らなかった」
「……し、しかし。これらの情報があれば……」
「帝国軍内部を、さらに揺さぶってやれるだろうね。贈収賄については、ユアンダートがきびしく取り締まってもいる。『カール・メアー』の処刑対象になりかねんほどだよ。法に追われるようになったとき、帝国軍人に選択肢が現れる」
「帝国を裏切り、『自由同盟』に入れと……」
「そうだよ。英雄アインウルフや、カリスマ的な軍人メイウェイとなら、合流もしやすかろう。彼らが、拒めるほど『自由同盟』に余力がないと、不正軍人たちも分かっているんだよ」




