第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百三十五
「わかりました、プレイガスト先生。ただちに、この手紙を届けてもらうようにします!」
―――素直な秘書ロックは、プレイガストの言う通りに行動をしたよ。
長老の命令もあるから、漁師たちも嫌な顔をしつつも協力せざるをえない。
プレイガストのかけた呪術に守られた、秘密の入り江から。
三人の漁師たちが乗り込んだ小型の漁船が、ゆっくりと海へと進む……。
「ばれねえのかよ。あんな、堂々と進みやがって」
「見張りは、立てていますので。ご心配なさらくても、大丈夫ですよ」
「お前らがどうなろうと、どうだっていいんだが……オレは、助かりたい」
「一蓮托生だという自覚が、芽生えつつあるのはいい傾向だよ」
「……うるせえよ。ちくしょうめ。オレは、しばらく寝るぞ!」
「ふむ。排他的な気質のあるエルフの漁村で、眠れるとはね」
「疲れ果てているのでしょう。彼は、自分の祖国を裏切ったわけですよね……?」
「裏切ったというか、自業自得の結果に過ぎない」
「先生も、お休みになられたら?……その、とても生気のない顔をされているというか」
「ひどい顔だろ。何年も拷問を受ければ、こういうボロボロの心身に成り果てるのだ」
「……そ、そうなんですね。ご苦労されました」
「そうでもない。興味深くも、あったよ。人々の心の観察に役立ったのだ」
「心理学についての本も、先生は残されてくれました」
「おお。読んだのかね」
「もちろん。何度も。私は……この閉鎖的な漁村が、いつか脅威にさらされるのではないかと、不安だったのです」
「結婚は、しているかね?」
「ま、まだですけれど。婚約者は、いるんです」
「ならば、彼女のためにも賢くなっておきたまえ。この漁村は、変わるだろうから」
「外から、たくさんの戦士たちがやってくる……」
「彼らは略奪者ではないよ。そうならないように、『人選』は気を使ったんだ」
「ソルジェ・ストラウスに、届くのでしょうか?」
「いいや。いきなり彼には届くまい。だが、私は選んでいるのだ。この地を占拠しているならず者の帝国軍どもでさえ、敬意を払う軍人がいる」
「それは、誰でしょうか?」
「想像力を、使ってごらん。あれだけの本を読破した君には、もう心に賢者が芽吹いているだろう」
「ど、独学では、賢者にはなれません……っ」
「そうとは限らん。ロックくん、これから我々は、過酷な戦いの日々に突入するのだ。堂々としていたまえ。その方が、精神を上手にコントロールできるものだよ」
「……む、難しいですが、先生がおっしゃられるのなら」
「君はこの戦いで出世する。そして、妻をめとり、子を持つのだ。長く語られるような英雄譚の一部に、参加しようとしている」
「わ、私みたいな、ただの田舎者が?」
「大いなる戦争に参加するというのは、そういうことだ。君も、時代の一部になる。想像力を、試してみるがいい。帝国軍が、尊敬する男は、どこの誰だろう?」
「……こ、皇帝」
「いちばんは、それだろう。いい想像力の使い方をしている」
「……軍人、でしょうか。帝国軍は、帝国軍の軍人を、気にかけて、崇拝している」
「そうだとも。だが、第九師団は嫌うよ。この土地の帝国軍は、十大師団に入れずに、雑兵として過ごしたのだ」
「コンプレックスが、あるんですね」
「悲しいかな、男の妬みは恐ろしいものだ。必ず、人を裏切らせる」
「では、第九師団以外の帝国軍人ですね……」
「長老は新聞を手に入れているだろう?読んでいるはずだ。そうなるようにルートを保っている」
「ええ。外について、知っておくために。長老たちは、『プレイレス』の新聞を必ず、入手しています」
「その周到さゆえ、彼は長老になれたんだ。君は、読んでいるな。新聞には、帝国軍の雑兵たちが信頼する軍人の名があった」
「囚われの身でしたのに、先生は……」
「看守から情報を集めている。君以上に、敵から情報を得ているんだよ。さあ、想像した男の名前を言ってみたまえ。間違ってもいい。失望はしないから」
「……マルケス・アインウルフ。帝国兵は、彼を英雄だと考えていたようです」
「そうだ。アインウルフ将軍。だが、彼は、この土地にはいない」
「……ですが、その部下であった男がいる。イルカルラ砂漠から、南下してきた……メイウェイ。先生は……もしかして、メイウェイに要請を?」
「その通りさ。野心ある軍人は、いつまでも砂漠の女王に飼い慣らされてはいないよ。必ずや、動く。もう、動いているかもしれないね」
「……軍人は、野心を忘れられないと」
「すべての軍人は、まして、彼ほど出世したような軍人は、名誉と勝利の味を忘れられない。この西部に、自分を重ねるかもしれないな。堕落しつつある帝国軍に対して、自分を見つけるんだよ」
「つまり、自分ならば、『トゥ・リオーネ』の土地にいる、帝国軍に勝利できるという自信があるんですね。どこか、自分に似ているから、手の内が分かると思う」
「そうさ。彼もまた、東の主戦場には向かえない男」
「警戒されている。帝国軍人だったから」
「彼は、この土地での勝利を求めているんだよ。有能な軍人として、ふたたび太守か、それなりの地位に返り咲きたいと。そして、その動機を満たしうる条件が、この土地にはそろっているんだ。彼は、私の手紙を無視できない。大きな勝利をあたえてくれるものだから」




