第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百三十四
―――秘書となったロックは、レビン大尉からすれば貧弱な青年に見えてしょうがない。
知的な強さよりも、軍事的な力や腕力を信じてきた男からすれば当然だったかも。
地図にも乗らない隠れ里の漁村などで、本を読み漁ってきた漁師くずれなど。
レビン大尉の世界観のなかでは、どう考えても無力な存在に他ならなかった……。
「さっそく、手伝ってもらうよ」
「は、はい。どのようなことでもお言いつけ下さい」
「私が書いた手紙を、漁船で送り届けるように、算段をつけてほしいんだ」
「漁師の船で、『自由同盟』に接触すると……?」
「そうだよ。そちらの方が、帝国軍には捕捉されにくいからね」
「『自由同盟』に、プレイガスト先生の手紙が渡ったら……」
「この漁村が、『自由同盟』に所属する機会を作れる」
「皆で、合流するわけですね?」
「女子供は非難させておきたいからな。帝国軍は、女子供でも殺す。残酷にな」
「おい、それは……」
「人間族相手にはしないかもしれない。だが、亜人種にはやるぞ。エルフにもだ」
「わ、わかりました……!それで、どこに向けて、船を出すべきでしょうか?」
「西部地域との、つなぎ目だな。『ペイルカ』に向けて、北上したまえ。帝国軍は、制圧されて、地上に戦力を集中させている。そうだろう、大尉?」
「ちっ。なんで、しってやがるんだよ?」
「その通りだと、彼は語っているね。まあ、しょうがないよ。この時期、あの浅瀬は軍船に適している場所でもない」
「潮流が、はげしくなりますからね。不慣れな乗り手では、船をあやつり切れません」
「帝国軍は、それなりの有能な船乗りではあるが、ことさら有能な操船技能の持ち主たちのほとんどが、第九師団に引き抜かれ済みなのだ。西部にいるのは、ゴミカスばかり」
「本当のこと言うんじゃねえよ。オレたちは、エリートじゃないが、十分に強かったぞ。少なくとも、西武にいた諸国の軍隊は、圧倒してやったんだ!」
「まあ、事実だから、ロックくん、腹立たしくても言い返す必要はない」
「わ、わかっています。『トゥ・リオーネの民』は、帝国軍のエリートじゃない部隊にも負けてしまった」
「戦力が、向こうは大きかっただけさ。気に病むことはないよ」
「……結束が、こいつらにはなかったぞ。『トゥ・リオーネの民』は、どいつこいつも、自分勝手だった」
「それぞれ小王国に分かれている。ここは、歴史的に、大陸北西部や、東からから多くの移民が流れ着いたような土地だからね。文化と種族の多様性が、融和を妨げる方向に作用してしまったんだよ。多くの神々を、祀ってしまったのも、宗教的な一致がやれなかった」
「その点、イース教を国教にした陛下は、やはり天才だと言える!」
「結束という意味では、たしかに見事であったよ。だが、イース教も、けっして一枚岩ではない。『カール・メアー』などの極端な集団に、ユアンダートは力を託し過ぎだ。恐れは、喜びの感情を色褪せさせるものだ。若者たちは、ゆっくりと嫌悪感を強めているだろうね」
「……そんなことは、ない」
「君だって、異端審問官がやってきたら、どんな目に遭わされるか」
「オレに、亜人種の血は一滴だって入っていない!」
「そうだとしても、罰せられるよ」
「な、なんだと……」
「ウワサは君たちの方が、よっぽど聞いていたはずだろうに。彼女たち、『カール・メアー』の使い方は、皇帝が嫌う者たちを破滅させるためだ。君のように、不正をしていた者は、とっくにブラックリストへ載っているのだよ」
「……うるせえよ。知ったことか」
「抑止が利き過ぎている。恐怖による政策に、ガマンが出来なくなるのは、いつだって若者だよ」
「オレを、若造あつかいするなよ」
「私にくらべれば、赤子のように幼いものだ」
「年寄りめ。若い連中は、全員、ガマンも知らんとでもいうのかよ!?」
「程度の問題さ。現に、士気は落ちるところまで、落ちているだろ。西部にいる帝国軍は、内部で分裂してしまっている」
「……うるせえ。それは……利益のためだ」
「ほらうみろ。信仰の一枚岩さだけでも、脆くも機能不全に陥っている」
「な、何だか、勝てそうですね」
「『トゥ・リオーネの民』だけでは、勝てないよ。だからこそ、『自由同盟』を呼び寄せるんだよ」
「か、勝ってもらうという意味でしょうか?」
「同盟に所属して、ともに勝利をする。それ以上でも、それ以下でもない」
「どうせ、こんなちっぽけな村は、支配されるさ!ソルジェ・ストラウスにな!」
「だとしても。帝国軍に焼き滅ぼされるよりは、ずっとマシだろう。レビン大尉、客観的に考えてくれ。どちらが、より悪い現実だろうかね?」
「……答えてやる義務は、オレにはねえ」
「ロック。君は、ああいったガンコな男にはならないようにしてくれ。ガンコさは大人の力でもなければ、男らしさなどでもない。あんなものは、ただの機能不全だ」
「こいつ、ケンカ売り過ぎだろ!?」
「け、ケンカしないでくださいよ!?お二人とも、そ、その……仲間、なんですよね?」
「私は仲間だと信じているよ。私を虐待した男でも、手を取り合う覚悟はしている」
「仲間だとは、思ってくれるな」
「じゃ、じゃあ。何だっていうんですか!?事の次第では、殺すしかありませんけど!?」
「ちっ。腐れ縁だ。邪魔は、しねえ」
「そのうち『自由同盟』の戦士に鞍替えするよ。君は、戦いにしか能がないんだから」
「うるせえ。勝手に、決めつけるな」
「は、はあ。らちがあきませんね」
「レビン大尉については、気にすることはない。私がコントロールしているから。彼にも利用価値はある。帝国軍の大尉だったからね。亡命させれば、それなりに宣伝効果はある。その種の戦いも、しなければならん。この地に居座る帝国軍を、揺さぶってやるんだ。さて、手紙を書いた。これを『自由同盟』の軍に届けてくれたまえ。素早い反応が得られるだろう」




