第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百三十三
―――プレイガストは旧知の漁村を、仲間に引き入れたんだ。
ボクたち『自由同盟』からすれば、何ともありがたい事実だよ。
彼はその吉報を聞くと、食料と寝床と『秘書』を求めた。
長老は彼の増長した態度に腹を立てつつも、従ってやったんだ……。
「ずいぶんと、気前がいい。つまり、帝国兵の偵察者を、嗅ぎ取ったわけですね」
「察しがいい。不気味なほどにな。心を、読もうとはするなよ」
「心を読んだわけではなく、状況を推理しただけにすぎません」
「帝国軍が、うろついている。犬たちが、イライラしているんだ」
「いつものように、息をひそめておけば見つかりはしません。大丈夫です。落ち着いて」
「落ちつけは、しないよ。こちらから、迎え撃ちたい気持ちになっているんだぞ」
「娘と孫たちのための怒りは、使い場所を心得るべきですよ」
「分かっているさ。そんなことは……だが……」
「安心してください。必ず、帝国軍はこの土地から一掃される。『トゥ・リオーネの民』は、自分たちの王国を取り戻せます。ここを『秘密の軍港』にすればいい」
「……『自由同盟』に、連絡を取る方法は?」
「いくらでもありますが、最善の策を議論したい。そのためにも……」
「食事と部屋と、秘書か。くれてやる。期待してやるんだ、お前のような男に。だから、必ずこの怒りに意味をあたえてくれ」
―――レビン大尉にとっては、新鮮な体験だったろう。
エルフの漁村での食事もそうだし、亜人種の生々しいまでの皇帝への怒りを見るのは。
帝国軍に破滅された亜人種たちの多くは、怒りよりも恐怖が勝っていたのに。
それを彼は愚かにも人種的な劣等性だと、信じていたのだけど……。
―――実際のところは、そうじゃないよ。
ただ孤立していたか、そうじゃないかの違いに他ならなかった。
無数の武装した帝国兵という『圧倒的な数』で囲めば、亜人種たちは怯えていただけ。
それを逆にすれば、平均よりははるかに攻撃的な彼自身でさえ口数が少なくなった……。
「……ちくしょう。くそったれ」
「食事時には、もう少しいい言葉を使うといいよ。士官に任命されたとき、一連のマナー講座を受けさせたはずだ」
「忘れちまったよ、あんなものは」
「まあ。本物のエリートではないからね。君は、パンのちぎり方さえ知らなさそうだ」
「噛みついて、喰いちぎればいいんだ。そっちの方が、早いし。美味い。エリートどもは、どうして嘘をつきやがるんだ?」
「欲望を満たすその瞬間さえ、自分をどれだけコントロールできているかを競うためだよ」
「つまらねえな。本当に……」
「向いていないのさ。いいじゃないか。これからは、より君に向いた日々が始まる」
「プレイガストさん、ですね」
「……秘書の到着かよ。いい身分だな、脱走呪術師め」
「ロックと申します。漁師で……ま、まあ。この漁村では、全員が漁師なわけですが」
「数学は得意かな?あるいは、読書の時間はどれぐらいある?」
「ボケナスめ。こんな小さな漁村に、本なんてどれだけあるんだよ?」
「あ、ありますよ。その……何せ、ここにおられる」
「このプレイガストが、かつてこの漁村に大量の本を寄贈したんだよ」
「そんな奇特な真似を、お前がしてんのかよ?」
「そうだよ。数学者としての顔もあるからね。インテリなんだ。君がへきえきしているエリートたちは、それなりの教養を有しているだけに過ぎないが。私は、連中の百倍は賢くて、千倍は読書欲を持っているんだ」
「偉そうに。呪術師のくせに」
「プレイガストさんが残された本のおかげで、私は読書好きになりました。ありがとうございます。この漁村に、私たちはいつも引きこもっていて、外との交流はほとんどありませんから」
「そいつは、つまらねえ村だ。エルフらしいがな」
「他者との交流を好むエルフの一族もいる。それぞれ固有の文化を持っているだけであり、種族で決めつけるべきではない。帝国時代が訪れるまでの人間族の多くが、村から一度だって出ずに、生まれて死んでいったんだぞ」
「知ったことか。そんな大昔は」
「君の子供時代さ。忘れていない方がいいぞ。年を取るほど、過去の思い出が自分を慰めてくれるようになるのだからね」
「ふん。教師ぶるなよ、数学者め」
「それで。ロックよ。君は、どのような本を読むのかな?」
「片っ端からです。プレイガストさんの寄贈してくれた本は、ぜんぶ」
「なかなか勉強熱心なようだ。難しい本もあっただろうにね」
「はい。私のような、学のない者には読み解けない本も多くありましたが。それでも、何度も、何度も読んでいけば……ちょっとずつ、賢くなれたような気がして。幸せな気持ちになれました」
「意味が、分からねえぜ」
「よ、よく言われます」
「知識を身に着けることで、君はより良いものになったんだ。ヒトとしての成長を、本はうながしてくれる。誇るといい。あれだけの本を読んだ者は、この大陸の上位1%に入るだろうから」
「そ、そう聞くと。なんだか、ちょっと誇らしく思えます」
「……根暗の読書野郎かよ。テメーにピッタリな『秘書』だな」
「ああ。知的な者でなければ、果たせない種類の仕事をしたいからね。ロック、これからよろしく頼むよ」
「はい!……何というか、その」
「何だね、疑問には答えをあげられるよ。私は数学者なのだから」
「その、も、もっと、怖い方かと思っていました。プレイガスト先生は……」
「怖いヤツだよ。だが、帝国軍と皇帝に関わるものにだけ、殺意が集中しているだけさ」
「そ、そうでしたか」
「ここの漁村の雰囲気もある。過去の記憶が、失われた妻との思い出が、私に、怒りと絶望の日々に陥る前の自分がいたという事実を、思い出させてくれるんだ。ここは、あいかわらず、いい村だよ」




