第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百二十九
「誰が、突撃なんてするかよ!!」
「勇敢さをほめているんだから、素直に喜びたまえ」
「やらねえぞ。やらすんじゃねえぞ!!あの犬どもみたいに、オレを、呪術であやつろうとした、お前を殺してやる!!」
「ああ。やらないから、安心してくれ。人心をあやつるための呪術は、そうたやすく何度も使えない」
―――信じなかっただろうけれど、思い込むことを選ぶ。
「オレは大丈夫だ、オレは大丈夫だ」。
「注意していれば、問題ない。そのはずだ」。
「オレは正気を失わない、プレイガストに負けたのは油断があったからだ」……。
―――必死に自分へ言い聞かせつつ、レビン大尉は呪術師をにらむ。
呪術師はおそらく彼の視線に気づいていただろうに、無反応なままだった。
結論から言うと、レビン大尉は賭けに負けてしまう。
その漁村に帝国軍が訪れた形跡は、まったくなかったんだ……。
「ど、どうして……門柱が、そのままなんだよっ」
「君らの鬼畜な『文化破壊行為』は、この漁村に及ばなかったということさ」
「バカな、ありえんだろう。こんな……沿岸部の偵察は……しっかりと……」
「見たまえ。ここは『隠し入り江』なんだよ」
「……海岸線が、岩壁に……囲まれているのか」
「星明りで青白く光っている。あれこそが、帝国軍の偵察からも、この場所を隠し通してみせたのだよ」
「海からでは、見つかりにくい」
「そう。さらに、呪術的な処置もしたからね」
「それで、そんなことで、ここを……見つけられなかった!?」
「呪術の力を、君は過小評価したがるが……それは、恐れているからかな」
「違う。断じて、そうじゃない」
「まあ、どうでもいいよ。ここまでついてしまったのだ。ついてきたまえ。賭けの勝者である意味を誇示するつもりはないが……君は、ここから戻るつもりはないだろう」
「……くそ。分かった……どう、するんだ?」
「この村の者に会うのだよ。『自由同盟』との合流を、彼らも望むと思うからね」
「隠れ切ったのなら、このまま、ひっそりと暮らしたいのでは?」
「そうは思えないさ。私たちに侵入されたのだからね」
「……おい。プレイガスト」
「ああ。分かっているとも。見張りが、いるのだろう。侵略者がすぐ近くに基地を構えているのだから、夜通しで見張りはやるよ。分かっているだろうが、手を出すな」
「…………こっちを、にらんでいるんだぞ」
「帝国軍をにらむなんて、帝国人以外からすれば至極、当然の行いだろう。神経質になるなよ」
「……クソが。武器を、捨てるっていうのか?」
「そこまではしなくてもいい。むしろ、不自然だ。私が、手を振ろう。きっと、あちらも悟ってくれる。私を忘れてなどいないさ」
「何年ぶりの、友人どもだよ」
「さあね。ずっと、会ってはいなかった。懐かしいよ」
―――プレイガストが腕を上げた、すると暗く沈み返った岩壁に囲まれた漁村に。
ひとつだけ明かりが灯って、その明かりに照らされてエルフの男の姿が見えた。
彼は槍を、いや銛を構えている。
何十メートルか離れているため、おそらく分投げてもこちらには届かないだろうが……。
「敵意は、十分に伝わっているぞ。あのエルフ……エルフか。ここは、まさか、亜人種の、エルフの漁村」
「そうだとも。今さら人種差別的な嫌悪を出そうとするなよ。態度次第では、殺されるかもしれない。庇えるチャンスがあれば、もちろん庇ってやるが……ここは、あくまで、あちらのテリトリーだ。私にも、君にも。彼らに命令までする権利はないのだ」
「……役に立たねえんだな。プレイガストよ」
「尊重しているだけだよ。私は、ユアンダートを殺したい。そのためには、この漁村だって、利用する。ほら……静かにしたまえ。彼が、やってくる」
―――闇のなか、銛を構えた潮焼けの赤い肌のエルフが近づいてきた。
戦士なのだろう、やせ衰えたプレイガストの姿よりもレビン大尉をにらんでいる。
戦いになれば、どうやって大尉を仕留めようかとアタマのなかで百度の戦闘を試みた。
一対一では互角だろうが、ここは彼らの村だった……。
「取り囲もうと、気配が……」
「いいさ。気にするな。殺す気であれば、とっくの昔に、君は殺されている」
「……ちっ。犬死に、させるんじゃねえぞ」
「もちろん。彼と対話するから、邪魔はするな。逃げようとも、してはいけない。背中に四本は矢が突き刺さるぞ」
―――プレイガストは、馬から降りた。
武器を置いて、ゆっくりとエルフのもとへと向かう。
エルフは森を握りしめたまま、くるりと前後を持ち直した。
尖った部分を、プレイガストから離したんだよ……。
「やあ。私を、若い君は知らないと思う。プレイガストだ」
「…………長老たちが、ウワサしていた」
「そうだろうな。私の印象は、それほど良くはないだろう」
「東へと去った。この村の娘を連れて……」
「そうだ。愛していたからだ。愛されてもいた。彼女は、遠くの地で、私の妻となり、私の子供たちの母親となったのだ」
―――レビン大尉は、気づいたよ。
帝国人やそれ以外の多くの土地で、異種族間の婚姻というものは嫌悪されている。
『狭間』である子供たちも、心からおぞましい存在と呪われるものだ。
レビン大尉はプレイガストのことを、またひとつ嫌いになれた……。
―――エルフの女を、弄ぶだけならいいだろう。
それは帝国兵だって、さんざんやっているからね。
だが、妻として娶り子供を成すなんて。
レビン大尉の価値観においては、吐き気を催すものだった……。
「……そう、か。それで、彼女と、彼女の子供たちは、どうなったんだ?」
「私は長く監禁され、拷問も受けた。帝国軍によって」
「……答えに、なっていないぞ」
「私が捕まる前に、全員が殺されたんだ。帝国軍の所業については、君らだって仕入れているだろう。『トゥ・リオーネ』の土地を、容赦なく蹂躙した。見届けているだろ?」
「……ああ。連中は、脅威だ」
「その通り。私を……長老に会わせてくれないか?」
「謝罪するのか、村の娘を死なせたと……」
「それもある。だが、協力関係を成すためだ」
「村の外の連中と、協力なんてしないから。オレたちは今日まで敵に見つからなかった」
「状況は変わる。私が来てしまったからな。呪いの守りも、絶対ではない」
「……不安を、あおったところで。我々の結束は……」
「揺らぐよ。ヒトは、思いのほか弱いものだ。とくに。君らは、純粋すぎる。今までは、自分を誤魔化せた。村の掟を守っていれば、安全だろうと。だが、もう、そんなことは思えないんだ。私と、帝国軍の大尉である、彼が来たんだからね」
―――エルフの戦士が、迷うことなく銛を大尉に投げつけた。
だが、銛はプレイガストの手に握りしめられて止まってしまう。
やせ衰えた腕のくせに、驚くべき力であった。
呪術の力で、筋肉を強化していたのだろう……。
「やめたまえ。彼も、私も、敵ではない。なぜなら、あの帝国軍の大尉殿は、帝国軍を裏切り、私を逃がしてくれたんだからね」
「……まさか、そんなことが……」
「起きるのだ。やみくもに、争おうとはしないでくれよ。私たちは、話し合いに来たんだから。安全の神話は、終わり。変わってしまった。生き残るための、唯一の方法は。私と共に、『自由同盟』の庇護下に入る道だけ。それ以外では、この村は滅びる」
「……お前には、決めさせん」
「そうだとも。君の一存でもない。長老と話し合いたい。そのあとで、彼が決めた方法に従えばいい。私や、大尉を殺したり、戦ったり、追い出したりしたいなら、そのときやれるチャンスがあるんだ。しばし、待ちたまえ……ようやく、長老のお出ましのようだ」




