第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百二十八
―――野良犬たちは、プレイガストの命令に従う。
まるで誓いを立てるように、一斉に遠鳴をすると。
ふたりの馬たちから、離れていったんだ。
この森にやってくるかもしれない帝国兵どもを、待ち伏せして殺すためにね……。
「本当に、呪術で……っ」
「気にするな。私たちは、帝国軍に捕まるわけにはいかないだろう」
「それは、そうだが……」
「組織への愛を捨てるのは、最初は辛いものだが。すぐになれるよ」
「オレを、そんな薄情な男だと思うなよ!」
「無礼を働いたつもりはない。ただの一般論だよ。組織を遠ざかると、その束縛からあっさりと抜けられるものだ。君の一生を、帝国軍は保証したりはしない。それ知っているから、自分で『稼ぎ』を得ようとしたんじゃないかね?」
「うるせえ!そうだとしても、死なせたいとまでは……」
「我々が生きるために、努力をしたまえ。あの犬たちも、我々を守るために命令を守り抜くんだ。死ぬまで戦うという意味だぞ。犬では、何人かを道連れにしたとしても、生き残れるほどの戦果はあげられない」
「使い捨てかよ。まさに、犬だ」
「無意味にしないように。あれでも、命なのだよ」
「……お前が、言うんじゃねえ。お前が、戦わせてるんだろう」
「生きるためには、道具としてう消費してやるべきだ。敬意を持ちながら、見送ろうじゃないかね。我々の、兵隊たちを」
―――プレイガストの感情なんて、レビン大尉は理解してやる気はなかった。
犬たちよりも、帝国軍のほうに愛着があるのも当然だろう。
犬たちはそれでも、彼の感謝などを求めはしなかったんだ。
勇敢に『トゥ・リオーネ』の犬として、この土地出身の呪術師に従う……。
―――数匹の犬が、先遣隊にまでなったようだ。
恐ろしい速さで駆け抜けて、プレイガストたちを追いかけてきた帝国兵を見つける。
馬に噛みつくような野犬は、さすがに珍しいものだけれど。
こいつらは違ったね、馬に蹴られたり馬上の帝国兵に槍で打たれるのもかまわずに……。
―――馬の腹へと、その巨大な牙とサイズ以上に強靭なあごの力を使ったんだ。
馬を押し倒すほどの猛者は、さすがにいなかったけれど。
馬に深手を負わせて、足止めするには成功した。
常軌を逸した猛犬たちに、帝国兵は恐怖を感じる……。
―――狂犬の牙が持つ毒は、病を起こすものだからね。
帝国兵どもにも、その知識は十分にあったからこそ。
捜索を躊躇うほどの抑止力にはなる、もちろん仲間を殺された者は止まらない。
躊躇って馬の治療をしたりしても、馬を捨ててでも進んでくるさ……。
「時間稼ぎになれば、十分だよ。我々はこの林を抜けて、漁村に到着すればいい」
「そこまで、あんな野犬があてになるのか?」
「あてにしていい。私が、ユアンダートの怒りを買っても今まで生かされた理由が分からないのか?」
「何だと、言うんだ」
「私が有能だから。そして、ユアンダートは、私の予言を聞きたがってもいる」
「自意識が、過剰すぎるぞ。そんな要請はなかったんだ」
「なかったが、殺せもしなかった事実がある。私が、どれだけあいつを恨むのか、あいつだって分かっているよ。家族を、殺したんだぞ?」
「……それが、陛下の心にはあるから、お前を殺さなかっただけでは……」
「ハハハハ!そんな甘い考えを、ユアンダートがするものかよ。感情は、持ち合わせているだろう。ヒトだからな。しかし、普通の感情ではない。帝国を作った男だ。他人へのやさしさや同情で、立ち止まり、自分の所業をかえりみれるような男であれば……侵略戦争の覇者などには、なれなかっただろう」
―――反論するための言葉は、レビン大尉の心のなかにはなかったんだ。
ユアンダートは苛烈な侵略者ではあるからね、誰よりも殺した侵略戦争の企画者だ。
その残酷さだって、尊敬の対象じゃあるんだからね。
レビン大尉は、ユアンダートに無敵の残酷な指導者でいて欲しくもあるままだ……。
―――プレイガストのような無礼な数学者だか呪術師に、謝罪する男じゃないハズだ。
真の皇帝は、誰にも何の気兼ねもしないものであった欲しい。
竜のように他者をただただ下に見るような超越性を、皇帝に期待している。
レビン大尉は、自分ももっと邪悪で残酷な男になるべきだとこの期に及んで考えた……。
―――ユアンダートを『見習う』ことが、自分の人生を切り開く方法だと信じている。
踏みつぶすべきを、踏みつぶすことで。
自分はより偉大な男になれるような気が、してきているんだよ。
善良ではないし間違った考えかもしれないが、生存競争には向いている思考傾向だ……。
「……陛下のように、オレも。立ち止まらん!!」
「そうだ。それでいい。とても、腹立たしいが、ユアンダートを見習えばいい。この大陸で、最も生き残る力に秀でているだろうからな。どれだけの暗殺者に、殺されなかったのか。忌々しい」
「お前にとっては、そうだろう。オレにとっては、やはり英雄だよ。尊敬すべき男だよな!」
「何を崇拝するのかを選ぶのは、自由さ。君の信仰心に、文句はつけない。とにかく、利己的になりたまえ。我々には、それが必要だ」
―――森を駆け抜ける、人の気配はまったく見つからない。
荒れ果てた森で、薪を拾うために訪れる者もいないように思えた。
燃料にするのに適した枝が、そのまま手つかずで放置されているからね。
まったくもって、手入れされていない荒れ方も気になった……。
「本当に、漁村なんてあるのか?」
「あるとも。君には、分からんだろうがね」
「『トゥ・リオーネ』の呪術が、張りめぐらされているとでも?」
「そうだよ。目印があるんだ。おそらく君には見えない。そもそも、見るためのものじゃないんだ。法則性、だからね。ルールで、印を隠しているんだ。我々の信仰を知っている者だけが、追いかけられるし、気づくものだ」
「そんなものが、あるのか?」
「見破れないだろうよ、帝国兵にはね。だからこそ、あの漁村を見つけられない」
「すでに見つかっていて、皆殺しになっているかもしれないだろ」
「なっていたとしても、別に問題はない。我々に必要なのは、とりあえずの隠れ家と、『自由同盟』に合流するための拠点だ」
「オレは、帝国軍が見つけているに賭けるぞ。オレたちの仕事を、なめるなと言いたい!」
「勝手にしたまえ。私は、その逆に賭けてやる。これは、意地ではなく、君とのコミュニケーションの一環としてだ。生徒たちと、よくこうして遊んであげたものだ」
「うるせえ。お前の思い出話なんて、ごめんだ」
「その意気だ。やはり、君は横柄で愚かで、向こう見ずな方が魅了的だよ。突撃して、死んでくれそうな期待が持てるから」




