第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百二十七
―――確信している理由が、プレイガストには理解できなかった。
『自由同盟』をどれだけユアンダートが恐れるというのか、想像がつかない。
分かっているのは、やはりこの男が狂気に呑まれていることだけか。
とっくの昔に、壊れてしまっているのだろう……。
「いいか?私の妄想などではない。実際のところ、ヤツはガルーナを恐れていたんだ。自分の論理の天敵だと、知っていたからな。私が指摘するまでもない。あいつは、分かっていたくせに。世界というものは、バランスを保とうとするものだ。無限の勝利など、誰だって手にすることなどできないんだよ」
「……そんなに、ソルジェ・ストラウスなんかを評価するのか」
「当然だ。実際のところ、ずい分と帝国軍を殺してくれたじゃないかね!」
「……まだまだ、いる。オレたちだって……」
「君は、もう。帝国軍じゃないんだ」
「……そいつも、分かっている」
「……私の感傷的なハナシを、聴いてくれた礼をしなくてはならんな」
「必要だとは、思わないが……」
「必要だろう。君に、選択肢をやらなくてはなあ。私は、『自由同盟』と合流して、東へと戻るよ」
「……この土地を、知っているんだな」
「逃げ道を、教えてやれる」
「……信じられるものかよ。たとえ、お前が、真実を口にしていたとしても!」
「では、答えはひとつだけだ。より安全そうな道を、行こうじゃないかね。君と、私とで、しょうがないから、『自由同盟』に踏み込むのだ」
「……どうやって、行くんだ。あいつらは、ずっと、遠くにいる」
「海まで行こう。そこに、漁村があるから」
「……お前の、知っている漁村か?」
「そうだとも。帝国軍は、制圧しちゃいないさ」
「バカなことを言うなよ。沿岸部は、みんな……」
「盲点というのは、そういう思い込みから生まれるものだ。続きたまえ」
「……おい。馬を、走らせるのかよ」
「そうだ。一刻でも早く。この雨が、守ってくれるさ。足跡を飲み込んで!」
「どうだかな。もう、ちいさくなって来てやがるぞ」
「なればこそ、急くのだ!追手と戦うにしても、もう少し、マシな状況がいいだろう」
「マシな状況とは、何だ!?」
「身を隠せる場所があることだね。とりあえずは、それだけでもいい。ああ……心地良いよ、レビン大尉!君は、この解放感を理解してくれないだろうなあ!」
「分かるかよ。お前は……何年、ぶち込まれていたんだ!?」
「忘れたよ。そんなものを数えると、悔しさで死にたくなるだろう。とにかく、急げ」
「ちくしょうめ。どうして、オレは……あんな呪術師ごときについていくんだ!!」
―――他に選択肢など、なかったのは確かだ。
どんな言葉も、プレイガストが口にしたものなら絶対に信じられないから。
プレイガストは馬を走らせ、レビン大尉は追いかけるしかできない。
何て不利な条件なのだろうか、世の中はいつもいつも理不尽だ……。
―――雨がかなり弱まってしまう、どれだけ雨が足跡を消してくれたか。
もっと土砂降りになればいいなどと、考えてしまったのは初めてだ。
舌打ちして、怒鳴りたくなる。
悪い知らせを耳が聴き取ってしまったのは、そんな瞬間だった……。
―――狼たちの遠吠えを、いや野犬たちの遠吠えをレビン大尉は聞いてしまった。
馬がおびえるのが分かったし、プレイガストが犬たちの声を真似て叫ぶのも見た。
吠えてるんじゃねえ、呼び寄せるなバカ野郎が。
怒鳴りたかったはずなのに、右と左が気になって仕方がなかった……。
「犬だぞ、犬だ!!野犬が、いやがるんだ!!」
「ハハハハ!どうだかな!!」
「野犬だ……帝国軍に、ついて歩きやがる野犬は、狼よりも厄介なんだぞ!!オレたちを、喰らおうとしていやがる!!」
「犬を、買いかぶっているね」
「ふざけんな!帝国軍の残飯を喰うせいで、帝国兵から、エサをもらうせいで。野犬どもは、ヒトに慣れちまっているんだ。そいつらは、ヒトを恐れない。なれているから、怖がらずに、取り囲んで、襲ってきやがるんだ!」
「犬は、そこまでの連携をやらないね!」
「やるんだよ!やるんだ!」
「狼の群れと、間違っている!犬は、犬が嫌いなんだぞ!犬が選んだのは、ヒトなんだよ!犬は犬を見捨ててこそ、本当の犬になれる!野犬は、野犬に絆を持てない!あいつらは、ヒトとの絆で、ヒトを襲うだけだ!さみしいんだよ!」
「違う!!オレは、見たんだ……狼じゃない。野犬だ。犬っころが、ヒトを襲うんだ!」
「恐れるな。ここらの犬は、とくにそうなんだよ。ヒトには、牙を剥けない。正確に言えば、私たち、『トゥ・リオーネの民』にはな!」
「オレは、どうなるってんだ!!ここの土地のモノじゃないだろう!!」
「大丈夫だ。私が、そばにいるかぎりは……君は、私といるべき理由がまたひとつ増えたな!!あきらめやすくなって、良かった!!他の道は、もう、ない!!ああ、犬たちが、私たちを歓迎しているぞ!!」
―――指笛をプレイガストは吹いた、レビン大尉はこの呪術師をぶん殴りたくなる。
耳のいい偵察兵ならば、気づいてしまうからだ。
甲高い指笛は、不用意なほど遠くまで響いてしまう。
野犬たちの影が、ついにレビン大尉の視界に侵入してきた……。
「バカが、呼ぶからだ!犬が、来やがったぞ!デカい犬が!」
「『トゥ・リオーネ』の犬は、あんなものだよ!色々と混ざって、強くなった!みにくいものが多いが、能力が大切だろう!我らが故郷の犬は、貪欲で、賢く、『トゥ・リオーネ』の血を理解する!来るがいい、並走しようじゃないか!!」
「お前の、飼い犬じゃないんだぞ!!そもそも、この土地の犬じゃねえ、ずっと、長く、帝国軍の遠征と……こ、殺した亜人種たちの村にある死体を、喰らってきたんだ!ヒトの血肉の味を、お、覚えているおぞましい野犬の群れだ!!」
「君は、誤解している。その野犬たちは、『プレイレス』の犬や、それよりもずっと東の犬たちは、とっくの昔に、『トゥ・リオーネ』の領域に踏み込んだ瞬間に、我らが犬に殺されている!!ほうら、見たまえ!おぞましく不格好だが、とても賢い犬たちを!!」
―――野犬の群れが、プレイガストに従い始める様子をレビン大尉は目撃した。
不思議な指のサインを振り回し、それに犬たちは応えて並走を始める。
馬を狙っている様子がない、敵意は消え去っていた。
まるで猟犬の群れであるように、犬たちは彼らふたりの一行に加わっていた……。
「マジかよ。こいつら、本当に……手懐けた!?」
「血のニオイが、分かったんだよ。私に、仕えるべきだとね。ああ、まったく。この土地は、本当に……呪術が盛んなままでいてくれて、助かる」
「呪術と、言ったのか!?」
「そうだとも。そう言ったよ。聞こえたなら、答えをやろう。どうせ、君は質問したいんだろ?この犬たちの調教に、『トゥ・リオーネ』では、どういう手段を使うのか!」
「さっさと、答えろ!!どうせ、もう、予想はついているんだ!!」
「予想のとおりだ。君の心をのぞくまでもない。『トゥ・リオーネ』において、犬を育てるとき使うのは、鞭と知恵、支配者としての風格、毒餌もときにはあるが……すべてにおいて優先されるのは、呪術だ!」
「呪術で、獣をあやつる……ッ。蛮族の世界の、技じゃないか!!」
「蛮族だと?それは、君たちがものを知らんだけだ。多くの力が、世の中には転がっているだけのこと。この犬たちが、私と君を救うんだぞ。たったひとつの命令で、彼らは忠実な殺人者となる!」
「おい、まさか!!」
「殺させるのさ、我々を追いかけてくる帝国兵どもが、この、彼ら野犬たちの森に入ったら。嚙み殺してしまえと!」
「よせ、やめろ!!」
「甘い考えを、捨てたまえ!!生き残る気があるなら、私と異なる道を歩めないのなら、答えはもう出ているんだ!!私の所業を見逃せ!!かつての同僚たちだって、見捨てるんだ。それは、もう、我々の敵だ!!」
「うるさい!!お前も、お前も絶対に、オレの敵だからな!!」
「かまわんよ!!だが、命令はさせてもらう!!」
「やめろ!!犬ども、とっとと散れ!!なんで、本当に、そいつをじっと見つめているんだ!!野良犬のくせに、忠義なんて!!」
「帝国兵を食い殺せ!!ここに来た兵士を、命をかけてで食い殺せ!!お前らにとって、その命令は、命よりも絶対だ!!」




