第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百二十六
―――プレイガストに対しての見方と印象が、すべて変わったとまでは言えない。
だが、レビン大尉のなかで大きな変化が生まれつつあった。
邪悪な呪術師に対してなんて、同情を抱いた日は全くなかったのに。
でも、今は違っていたからね……。
「そんな、言葉なんかで……」
「そうだよ。その程度の言葉なんかで、私は四人の家族を失ったんだ。理不尽に思えるかもしれない。思ってくれたかな?」
「まあ、多少は……いや、そう、だな……お前のためじゃなくて、お前の家族たちのために、少しだけ、良くないことだと……」
「良くないこと。なるほど、分かりやすい言葉だね。たしかに、良くはなかった。どれだけの苦痛だったのか、分かるかな。いやいや……分かりはしないだろう。この痛みは、私だけのものだから」
「……陛下は、本当に……そんな……いや……そうなのか。直接、王族のたぐいに無礼を働けば、そこまで報復されてしまうときもあるのだろう……」
「事実は変わらない。私は、家族を奪われたんだ。ただ、素直に、知識と知恵からの返答をしただけなのに」
「『可能性』、ごときで……もしもの、ハナシごときで……」
「その言い方については、やはり反論をしたくなるのだよ」
「反論だと?何か、間違いでもあるのか」
「可能性なんてものじゃないからだよ。私の指摘したとおりに、この数か月は帝国の運命は失墜しつつあるだろう?」
「……『蛮族連合』が、たった数度の大きな戦に勝利したからといって……」
「そうかな?それは、些細な変化に過ぎないとでも言うのかな?」
「違うと思ってなど……帝国軍のすべての兵士は、この遠征の勝利を疑ってなど、いないんだ。オレだって、そうだ。もう……兵士じゃなくなったとしても……本音から、疑いなど抱けやしない。帝国軍が、負けるものかよ」
「絶対の勝利者など、いるはずがない。歴史が証明したように、ありとあらゆる勢力が、ちゃんと陰りを見せて、滅びてきたんだ」
「帝国軍は、負けない。帝国軍は、強いんだから……」
「君は、間違った認識をしているよ。帝国軍が負けなくとも、帝国も皇帝も滅びるというシナリオが見えていないんだ」
「何だよ、それは……帝国軍が勝っていれば、帝国も皇帝陛下も安泰に決まっているだろ?」
「絆というものが、永遠だとは思い難くてね」
「帝国軍は、皇帝陛下に忠義と恩を感じている」
「感じている。それが、『感じていた』という過去形に変わる日がやがて訪れるものだ。これは、永遠の愛情なんかじゃないよ。ユアンダートがいくら君らを褒めて、たたえて、報酬を与えたとしても。家族のように無条件な愛で、抱きしめてくれるわけじゃないんだ。そして、家族の愛さえも、永遠じゃない。殺されたら、こんなに……悲しいんだ」
「……家族とかの愛と、忠誠心は、違うだろ」
「違わないよ。君のなかでも、大きくユアンダートへの感情は変わっている。かつてほどの忠誠心は持っていないだろ。この遠征は、君らからヤツへの愛をすり減らさせるには足りたものだった」
「……陛下を、恨んではいない」
「だが。かつてほど尊敬できないだろう。ヒトなれば、当然のことだ。自分から助言を求めていた相手が、真摯に事実を語っただけで……真実を、教えてやったのに、こんな目に遭わされた。私への同情や、私の家族へのあわれみの分だけでも、君の愛は、幻滅へと変わった。一代で帝国を築いた男を神格化して、あらゆる面で理想の男だと思い込めは出来なくなったはずだ。それは、正しい。ユアンダートは、ただの男に過ぎない。戦争や、支配や、ビジネスが上手だとしても、ただの邪悪な殺人者だ」
「……お前にとっては、そうなんだろうな」
「誰にとってもだ。まあ、私の考えなど、どうでもいいか。肝心なのは、私がかつて指摘したとおりに、現実が変わり始めたという点なのだよ」
「……帝国軍は、負けないなら―――」
「―――負けなくても、君のように、ユアンダートのそばから離れる場合だってある。最強の軍隊である点は、いまだに揺らぎはしないだろうが、この西の果てから、ユアンダートのために駆け付けようとする兵士は、かつてほど多くはない。君らのように、自己利益の確保に必死となっているのだからね。窮地に立たされた皇帝などより、我が身のほうが可愛いだろう」
「……命令が、あれば」
「動くかな?本当に?最新の君らの敗北を知っているかな?知っているはずだ。私でさえも知っている。帝国兵たちが、話し合っていたからね。『ルファード』と『オルテガ』さえも、ソルジェ・ストラウスに落とされた」
「……あれは、デマに違いない。ヤツは、『プレイレス』にいたはずじゃないか。それが、どうして『オルテガ』まで?」
「竜がいるんだよ。空を飛ぶ、最強の魔物をソルジェ・ストラウスは使うんだから。彼ならば、短期間のうちに移動していたとしても、おかしくはない。そして、彼は亜人種にとって、偉大な指導者だろう。亜人種を守ろうとする英雄なんて、永らくいなかったのだからね。いたとすれば……誰かわかるかい?無知な若者よ?」
「知らねえよ。そんな真似するヤツは、いなかったはずだろ」
「『亜人種びいき』の魔王と呼ばれた男が、はるかな北にいたんだよ」
「そんなヤツが、いたのか?嘘だろ?」
「ガルーナという国の王だった。ファリスとは古い同盟にあったが、ファリスが裏切り、根絶やしにされたのだ」
「……同盟を、裏切ることなど、乱世ではつきものだ」
「ソルジェ・ストラウスの故国である。ガルーナに対して、ユアンダートは恐怖していた。実に正しい恐怖を抱いていたな。やはり、亜人種と手を取り合うモノたちのなかから、ユアンダートの天敵が生まれた。ユアンダート自身が、それを予測していたから、ガルーナを裏切り、滅ぼしたのだ。だが、ソルジェ・ストラウスは生き延びた。竜までも。ヤツの治世は、もはや長くはない」




