第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百二十二
―――レビン大尉は、しぶしぶ応じるしかなかった。
プレイガストの言いなりになることにこそ、彼は恐怖を覚える。
名誉だって守りたくもなっていた、不正は多く行ってはいたけれど。
辺境に派遣される軍の大尉としては、それなりに平均的な回数だという認識がある……。
「人生、最大の汚点だった」
「不正などに向いていなかったよ。知性が君には足りないし、学歴だって足りなかったね」
「うるせえ。学者だったからって、バカな田舎出身者を悪く言うな…のし上がるのは、大変だったんだぞ」
「分かってあげよう。さあ、さっさと牢の鍵を開けてくれたまえ。これから、君と私は、しばらくのあいだ、逃亡劇の同行者となるのだからね」
「おうよ。オレに、呪術をかけるんじゃねえぞ」
「腹を決めたまえ。そして、賢くなるんだ。私も単独での逃亡は、したくないのでね」
「……開けるぜ。下がってろ」
「断るよ。怖がらなくていいと、知らせたいからね」
「意地の悪い、クソ野郎め」
「私は短気ではないが、短気ではなくとも、呪術師相手に口を慎むべきだよ。私には生き残るための選択肢が、いくつかあるんだ」
「うるせえよ。ねえさ。オレが、開けなくちゃな。だから、選んだんだろう。オレなんて、どうせ嫌いだろうに!」
「それなりにいい勘をしているね。ほめてあげるよ、レビン大尉」
―――この戦いの勝者は、何であれプレイガストだった。
牢を開けられると、プレイガストは堂々とした態度でそこから出る。
まるで講壇に立つときの、数学教授のように背筋を伸ばしていたんだ。
レビン大尉はその態度が気に食わなかったが、たしかに時間はない……。
「臭すぎる服を、さっさと脱いじまえ。その身なりじゃ、いくら何でも怪しまれる」
「風呂にでも入りたいが、そうもいかないか」
「ガリガリに痩せちまっているから、オレの私服でいいか」
「くれるのかね。ありがたく頂戴しよう」
「貸すだけだ。オレは……」
「『自由同盟』に入りたくないなら、途中までで十分だよ」
「……おう。当然だ。だが……」
「行く当てがあるとは、思わないがね」
「うるせえ。道中、考えればいいだけだろうが……っ」
「その余裕があればいいね。君の人生に幸運が訪れればいいと、願っていてあげよう」
「上から目線は、やめておけよ」
「短気な青年をからかうのが、好きなのだが……まあ、チームワークのために自重もしてやれるさ」
―――夜の闇のなか、おそらく一生仲が良くなれそうにない二人組が動き始める。
レビン大尉は私室に侵入し、金目のものと私服の何枚かを取ってきた。
プレイガストにそれらは似合わなかったけれど、問題はない。
あまりにも臭い囚人用の服さえ脱げれば、とりあえずは安心だった……。
「大尉の特権というものが、あるんだ。数日は、機能するだろう」
「十二時間以内と、考えておきたまえ。帝国軍の連絡網は、優秀だと知っているはずだ。希望的な観測は、捨てるといい」
「……うるせえよ。分かっている。アタマじゃな」
「心での整理も、さっさとつけるんだ。君は、帝国軍から追われる立場となった。お互い、助け合うとしよう。馬がいいね。弱った足腰で、健康で若い兵隊の脚から、逃げられはしないから」
「任せろ。西部戦線には、くわしい。お前は、そうじゃないだろ?」
「いいや。私はずいぶんと長い旅をしたんだ。そして、秘密主義だった。西の果てに逃げた理由は、東から追いやられたという理由でけじゃない」
「……まさか、お前は……」
「リオーネの民のひとりだった。古王朝の文化と知識を求め、東にわたり。さらに、そこから……帝国に渡ったんだ。まだ、王国時代だったころに。ユアンダートが呪術を本当に恐れる前だからこそ、学者としても呪術師としても、招いてもらえた」
「お前の本性を知れば、陛下は即刻、殺していただろう」
「どうかな。楽に殺してもらえるほど、好かれてもいないよ」
「どれだけ、嫌われているんだ。お前、メシの量、もっと減らせという指示だったんだぞ」
「だろうね。立っていられるほどの栄養を、君らが提供してくれるのは不思議だった」
「……冷静ぶるなよ。どうせ、ショックだったろ?オレたちに、お前はあわれみをもらっていたんだ。馬鹿にしていた、兵隊なんかによ」
「痛み入るよ。感動的な、あわれみの量だ。こんなにガリガリにされてしまった」
「……はあ、殺しておけば良かったぜ」
「そしたら、君があの牢屋に私の代わりに入って、査察官に対しての恨みをブツブツ言いながら、心を病んでいただろうよ」
「……黙れ。馬番を、騙す」
「……ああ。馬泥棒か。諸君らに捕まる前は、よくやったものだよ」
「……知っているよ、だから―――」
「―――殺しておきたまえ。騙すのでは、足りない」
「あいつらが、馬泥棒をしたかのように見せかける?」
「そんな風に解釈はされないよ。君の仕業だと思われるだよ。死体を処分してもね」
「……たんなる、口隠しか」
「抵抗があるなら、私がやったように見せかけてもいい。いや、私が、やろうか」
「おい……ガリガリのお前が、あいつら二人をやれるのかよ」
「じゃあ。同時にやろう。君は、右を。私は背の小さいほうをやるとするよ。ガリガリの情けないカラダをしているからね」
「……それは、お前……」
「ナイフさ。隠し持っていたんだよ。気づかれなかった。君らは、呪術師のいる檻に対して、あまりにも怖がり過ぎだよ。入って調べれば、見つけられたのにね」
―――レビン大尉は舌打ちしつつも、笑顔を『作った』。
若い馬番たちに近寄っていき、声をかける。
馬番の兵士どもは、敬礼をして大尉に備えた。
いきなり殴られるかもしれないと、彼らは覚悟していたようだね……。
「ぺちゃくちゃ私語をしていやがったな。お前ら、たるんでやがるぜ」
「も、申し訳ございませんっ」
「つ、つい。眠気覚ましに、会話へ頼ってしまったんですよ……っ」
「黙って、手を腰の裏に組め。あごは、上げてろ。ぶん殴ってやるよ」
「は、はい……っ」
「も、もうしわけありませんでした……」
「ちゃんと、学べよ。アホども……」
「う、ぐううう!?」
「た、大尉、何を、それは、あまりにも―――ぎひいい!?」
「ああ。首を切り裂けたね。これで、すぐに死ねるよ」
「……こいつも、だ。悪いな。すまねえ」
「た、たいい……ど、どうし―――――」
「首の骨をへし折れるとは、なかなかに力持ちだな。彼らの死体を、隠しておくといい。私は、ガリガリで貧相なカラダにされているから、どうにも向かない」
「ああ。ちくしょうめ。もっと……鍛えてやっておくべきだったか」
「指導者というものは、その種の悲しみを抱くものだよ。部下の悲惨な死に方を目の当たりにしたときはね。だが、それはつまらん感傷に過ぎない。さっさと行動したまえ。部下の死体に、感情など捧げている余裕は君にないんだよ、レビン大尉」
「お前にも、だろうが」
―――死体をふたり分、隠したよ。
レビン大尉は彼らからも奪った、金と武器をだ。
槍をひとつプレイガストに差し出した、少し危険だとは思いつつも。
だが、武器を使った戦いでは負けない自信があった……。
「槍をくれてやるから、自分の身は、守れよ」
「ああ。ありがたい。力の譲渡は、信頼の証だよ、パートナーくん」




