第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百二十一
―――それは、レビン大尉にとっては寝耳に水だった。
混沌とした西部戦線で、どうにか自己利益の確保にはげむつもりだった彼にとって。
帝国軍を抜けるつもりなんて毛頭なかったし、そもそも『自由同盟』は敵だからね。
ありえないことだから、彼はつい感情的に怒鳴ってしまっていたんだ……。
「あ、亜人種どもと合流するなんて!!ありえないだろうが!?このオレは、このオレは帝国軍で、大尉にまでのし上がった男なんだぞ!?」
「戦場のチャンスをものにしただけでは、それ以上の出世は見込めないだろう」
「うるさい!オレは、まだ、まだ……」
―――反論したいのに、声はかすれるように力を失ってしまっていたよ。
まだ出世できると、いつも自分に言い聞かせてきたのかもしれないが。
どうにもこうにも、血を吐いて倒れるたくさんの部下を目の当たりにすれば。
『帝国軍内部でキャリアがある』なんって、とてもじゃないが思えなかったのさ……。
―――賢い男だとは、認めてやれないけれど。
一般的な知性は持っているのが、このレビン大尉だった。
もはや帝国軍に居場所なんて、彼にはなかったんだ。
そうなれば消去法的に選択肢が絞られてしまう、帝国軍最大の敵はどこにいるのか……。
―――言うまでもなく、『自由同盟』なのだと彼は考える。
不理解と傲慢な考え方もしていたようだ、帝国軍大尉の『寝返り』なら喜ばれると。
我々にだって組みたい者を選ぶ権利ぐらい、あるというのにね。
この経緯を知れば、ソルジェもクラリスもレビン大尉を受け入れることはない……。
―――この小物の大尉はともかく、邪悪な呪術師であるプレイガストについては。
とてつもなく大きな興味が、ありはするけれどね。
プレイガストが善良な人物だなんて、とても思えやしないけれど。
帝国軍に対しての『攻撃性』は、評価してしまえるのさ……。
―――ボクたちは帝国軍と戦争を繰り広げている以上、帝国に恨みを持つ強者は好ましい。
プレイガストが帝国兵を、いったいどんな方法で殺めたかなんてどうでもいいんだ。
大切なのは、この人物がちゃんと帝国軍に対しての攻撃力を持っているかだけ。
その点において、プレイガストは素直に喜べない邪悪さがある反面で魅力的な人材さ……。
―――檻に入れられたままでありながら、帝国兵どもを何人も殺せるんだからね。
呪術師はいつだって嫌われやすいところはあるものだし、彼だって好人物ではないが。
戦士としての能力だけなら、十分に魅力的な人材ではあるんだよ。
プレイガストは自分の価値を、かなり客観的に正しく評価はしている……。
「分かっているだろう。君の帝国軍のなかでのキャリアは、完全に終わった。不正は暴かれる。私に暗殺を依頼してしまったことだって、ばれるんだ」
「お、お前のせいだ。オレに……何を、しやがったんだよ!?」
「兵士と仲が良かったのは、君だけじゃないんだ」
「ま、まさか、お前は……」
「査察官もふくめて、何人かと交流を持っていた」
「さ、査察官、だと!?」
「彼は君の不正を確たるものにしたかったし、あちこちに秘密の捜査特権を行使できるからね。知らなかっただろう?辺境での戦時採用された君は、法理解の上で大きな弱点があるものだ。帝国軍は、あくまでも士官学校卒業生に期待している。彼らにしか分からないように、法律を運用する日も多い。君は、つまりね、仲間外れにされていたんだよ」
「オレより、殺した兵士はこの部隊にいないんだぞ」
「敬意は持たれるだろう。だが、それは、たかが知れているものだ。自分でも、理解しているはずだよ、レビン大尉。素直になりたまえ。君が本当のエリートじゃないなんて、誰よりも自分が知っているじゃないか?」
「うるさい、うるさいぞ!お前は、ほ、本当に嫌なヤツだ!このクソ呪術師め!」
「数日前から呪術を仕込んでいたんだ。君を操るために。嫌な呪術師と言われても、仕方がないね。査察官は、君の不正をよく把握していたよ。君が不用意さを発揮してしまい、隠蔽し損ねた小さな罪状も、見つけていた。知性と……何よりもが学力というものを感じられた態度だった。魅力的な男だったよ、君の四倍は、魅力的なんだ」
「だ、だまれ!!だまれよ、オレを……オレを、あやつっていた……だと!?」
「呪術には、間接的に仕掛けられるものもあってね。君の部下たちや、君を疑う査察官を経由することで、君をじっくりと時間をかけて操れたんだ。進退窮まった君が、私に救いを求めてくるなどと、査察官との交流でしっかりと把握できていたからね。賢い者に、愚かな者は敗北するようになっているのが、戦場ではない空間におけるセオリーだよ。君より、彼ははるかに賢くて、正しい男だったんだ。不正を憎むなんて、素晴らしい人間性じゃないかね」
「オレを、だました!」
「だましたのは、私だけだよ。手柄を横取りしないでくれたまえ」
「て、手柄だと……っ」
「『自由同盟』に入るためには、いい手柄だろう。帝国軍の大尉を操り、毒入りワインで帝国兵を殺させたんだ。私の力を、『自由同盟』は欲しがるだろうさ。君については、どうだか知らないがね」
「な、なにを?」
「君は、『自由同盟』に評価されにくいぞ。考えてみたまえ、部隊でいちばん殺した男なんだから。君が殺した者に、どれだけ亜人種がいたのかね」
「そ、それは……人間族も、殺したぞ!!」
「人間族は、『自由同盟』にも多くいる。部下から聞いているはずだよ、不正な金稼ぎに夢中になっていたとしても、さすがに聞こえてきただろう。『プレイレス』は解放されたとね。あの文明豊かな土地は、ついに『自由同盟』の力を借りて、帝国を打ち破ったんだ。竜に乗った、赤毛の竜騎士がその奪還の軍勢を率いたことも、知っているはず」
「……ソルジェ・ストラウス。竜に乗るという……『魔王』」
「ああ。亜人種びいきの、強力な『魔王』だな。私はね、彼に興味があるんだ。ユアンダート嫌いという点で一致しそうだし、彼の呪術師的な側面も興味深く思う。魔物と……神話クラスに強大な魔物である、竜と、どうやって彼は契約を結んだのかな」
「知るかよ、蛮族のおぞましい儀式か何かだろ!?」
「知的好奇心を、満たさなければならん。私はな、研究者なんだ。ずいぶんと時間を損なってしまったが、それだけに、よりいい研究対象に出会いたくたてねえ。ユアンダートや帝国軍への復讐もやれるのなら、一石二鳥以上じゃないか」
「オレが!お前を、出すと思うのか!?オレを、は、破滅させようとする男を!!」
「何を言うのかな。破滅させようとする?……間違いだよ。すでに、君は、破滅しているんだから。あれだけの死者と状況証拠と、そもそも、真実が君を放さない。君が破滅してしまったのは、他でもない君だけの責任だよ」
「う、うるさい!!オレは、悪くない!!不正に、手を染めなければ……見合った金を手に入れられなかったんだ!!」
「分不相応な夢を見たな。十大師団にも入れなかった君は、ただの野蛮な青年だった。あきらめるべきだったぞ、マジメにガマンしておけば……私にすがるしかない状況まで、堕落せずに済んだのに」
「お前なんて、そこから出さない」
「それもそれで、かまわないよ。『自由同盟』が訪ねてくるまで、耐えるだけ。君は、となりの独房かな?」
「な、なにを……っ」
「一人で逃げようとしても、ムダだよ。私が呪術で、君の居場所を把握するからだ。すぐに密告しよう。事情も話してね。君が主犯だ。私は、君の願いのとおりに呪術を振るった」
「部下を、殺せなんて言っていない……っ」
「そうかな?私は、他の帝国兵に伝えるよ。君が、命じたのだと」
「信じるかよ、みんな……」
「嘘でもいいのさ。みんなは復讐したがる。ユアンダートの命令で、『殺せない』私には手を出せないが……君は、違うからね。さあ、そろそろ決めなくては。見張りの交代の時間は、やってくる。逃げるための時間は、無くなりつつあるぞ。君は、選べるだけマシだ。私に逆らい破滅して、牢屋送りか。リンチで殺されるかもしれないな。あるいは……私と逃げて、敵に寝返るかだ。乱世らしくて、いいじゃないかね、裏切りなど」




