第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百二十
―――ボクだったら、こいつの言葉を鵜呑みにしなかっただろう。
ただの駆け引きで口にしているんだろうなと、考えていたはずだ。
『ルードの狐』は、あまり悲観的な思考回路をしていないものだからね。
それにこの種の言葉もよく使うから、騙されちゃいけない……。
―――レビン大尉を操るためにこそ、プレイガストは発言しているだけかもしれない。
少なくとも、そう考えて方がこのおぞましい相手と渡り合えるだろう。
戦場で直接、鋼をぶつけ合わせるだけが戦いじゃないというのに。
帝国軍人の訓練は、その種の合戦よりもときに壮絶な戦術を教えないからね……。
―――軍隊同士の戦い以外を、プレイガストはして来た男だと忘れてはならない。
呪術師で数学者だったような男は、それほど戦場には足を運ばないはずだ。
例外はあるだろうが、あくまでも例外に過ぎないからね。
レビン大尉にアドバイスするとしたら、『敵が何かをよく考えろ』という言葉に尽きる……。
「……何人、殺したって言うんだ」
「君は、その質問でいいと思っているのかね?」
「どういう意味だ。お前、何か、おかしいぞ!」
「何人殺そうが、別に問題じゃないだろう」
「ば、バカを言うな!!」
「たくさんヒトなんて、死にまくっているじゃないか。君だって、その立場を勝ち取るために、大勢を殺したはずだよ。それなのに、何だね、今さら。潔癖症を主張するには、君は魂の髄まで血に染まっているのに。笑わせてくれるね」
「お、お前は……おかしい。やっぱり、アタマが壊れちまっているんだ!」
「壊れてなどいないさ。だから、呪術を使いこなせる。わざとじゃない。何人かを呪術で殺したのは……ああ、君の依頼で、君のために……君のせいで、何人かを呪術で殺してしまったのは、わざとじゃないんだ」
「お前……オレを、破滅させようと……っ」
「どうかな。むしろ、その逆かもしれない。君は、まだ確認していないよね。何人か、などはどうでもいい。必要なのは、私に対して……『誰』を殺したのか、ちゃんと確認すべきだろう」
「そ、それは……」
「私は、『誰』と『誰』を殺してしまったと思うんだね。聞いてみるといい。愚か者に、説明してやるのは得意だし、その種の行為に、ちゃんと優越感を覚えられる。いい数学の指導者だったと思うよ。皇帝に迫害されるまでは、有名な大学にいたのを、君だって知っているだろう。バカでは、その地位を勝ち取れないんだよ」
―――レビン大尉は、圧倒されつつある。
もちろん良くない態度だ、こんな高圧的で傲慢な呪術に対して下手に出るべきじゃない。
そういった『ガイドライン』か何かが、あったはずなのに。
だからこそ彼は、つい数分前まで呪術師に対して強気でいたはずだった……。
―――今では、その守るべき『ガイドライン』から逸脱してしまっている。
恐怖のせいで、レビン大尉は気づけちゃいないようだ。
プレイガストがしたいのは、レビン大尉を脅迫することだとね。
まばたきもせずにうす暗い檻の中から自分をにらむ呪術師に、彼は訊いてしまう……。
「お、教えてくれ。『誰』と、『誰』を殺したんだ、お前……っ」
「プレイガスト先生、その敬称を使いこなしながら訊きたまえ。礼儀だろう」
「……プレイガスト先生、『誰』と『誰』を、殺したんだ……殺したんですか」
「ああ。ようやく帝国軍人らしい水準に、戻れたようだね。教えてあげよう。君の部下たちのうち、この牢を守っている者たち全員だよ」
「は、はあ!?何を……お前、そんな……バカな!?」
「確認してくればいい。この牢を見張っている予定の連中だ。彼らは、全員、今頃、仮眠室で冷たくなり始めている。君が渡した酒を、飲んでいるのか……飲む前に死んだのか」
「ふざけるな!!そんなのは、嘘だろ!!」
「私を君が信じられないのは、分かるよ。こんな檻をはさんでいては、信頼関係なんて構築できやしないじゃないか。だから、私は理性的なアドバイスをしてあげている。見てきなさい。遠くないんだ。すぐそこまで、走ってみるべきだろう、レビン大尉」
「ま、待ってろ!」
「私は、待っていてあげるよ」
「お、お前じゃない!」
「意外と部下を想っているんだねえ。いいヤツじゃないか。気に入ったよ、レビン大尉」
―――恐怖に駆られて、レビン大尉は走ったんだ。
そして、兵士たちの詰め所にたどり着く。
そこには答えがあったよ、呪術師は残念ながら嘘をついちゃいなかったよ。
全員が血を吐いて、床に転がっていた……。
「そ、そんな……っ!?お、おい、お前ら……」
「れ、レビン大尉……っ」
「い、生きているんだな。生きて―――」
「―――どうして、酒に、ど、毒を……っ。う、裏切り、ですか……っ」
―――レビン大尉も、乱世を生きる軍人だからね。
何かを察したようだ、『自分はいつからあやつられていたのだろうか』。
よい疑問だったし、あまりにも破滅的な自己認識だった。
プレイガストは呪術を使っていたらしい、多くではないかもしれないね……。
―――少なくとも、プレイガストのターゲットはずいぶん前から。
レビン大尉だったらしい、レビン大尉は怒りよりも恐怖のせいで嘔吐した。
生き残っていた唯一の兵士も、そのころには死んでいたよ。
レビン大尉は自分の人生が破滅したことを知り、兵士から槍を奪い取ると歩いた……。
「お帰り、大尉。どうだったかね。おしゃべりな兵士たちを、看取ってやれたかい?」
「……オレを、呪術に……い、いつから!?」
「初めて会ったその日から、ゆっくり、ゆっくりと……狙ったんだ。君は、弱点が多い。利己的であり、不勉強だ。私の取り扱い方には、もっと気をつけるべきだったよ。ああ、教えてやろう。朗報があるよ。査察官は、ちゃんと呪術で殺している。つまり、君は……」
「これだけ、こ、殺したら……オレのせいだと、ばれる!」
「死にたくないだろ、レビン大尉。君は、そういう男だから。家族だって、守りたいはずだ。裏切り者の息子を持った父親を、罰されたくない。だから、考えたまえよ。つまらん復讐じゃなくて……生きるための努力をしよう。鍵を開けなさい。いっしょに、私が逃げてやろう。君は被害者だと思ってもらえるよ。そして、『亡命』できるんだ。私は有能なんだからね。ユアンダートだって、暗殺できるかもしれない。『蛮族連合』に……いやいや、『自由同盟』に合流しようじゃないかね」




