第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百十九
―――レビン大尉は、怖くなってくる。
自分の願いを、本当にこのたった一瞬のうちに叶えてくれたのだろうかと。
担がれるのは嫌だった、査察官の死を確かめに戻ったとき。
生きてピンピンしている査察官と出会うかもしれない、どんな顔になることか……。
―――ワガママな男には暗殺者の使用は向かない、それがセオリーでね。
暗殺者に仕事を頼んだときは、素直でいるべきなんだよ。
どんな言葉が返ってきても、おそらく半々の可能性だと信じるべきさ。
もしものときに備えて、自分から動こうと考えておけば問題がない……。
―――確実さなんてものを、暗殺者に求めるなんて愚かなことだよ。
やはり暗殺者を使っていない者には、伝わりにくい感覚かもしれないね。
100%の対象を仕留められる暗殺者なんて、基本的にはいない。
『暗殺妖精』と謳われる方々だって、100%とは言わないだろう……。
―――ミアは100%を、『やれない』と言ってもいいかもしれない。
分かりにくい説明だから、解説をしておこうか。
120%近く、殺してしまうからだよ。
過剰な人数の被害者を出してしまう『失敗』が、まだまだあるんだ……。
―――ガルフとソルジェは甘々だから、『それはそれでいい』と太鼓判を押すさ。
猟兵としては確かに正しい、でも暗殺者の目線ではちょっとマズさもある。
暗殺というのは政治の選択なんだからね、そうじゃない暗殺はあまりない。
邪魔な政治的関係性の相手に、こっそりといなくなってもらうための過激な方法だ……。
―――過激だけれど、これがまた必要以上の衝突を失くしてくれる点で優れているよ。
たとえば王位継承問題の最中で、内戦状態になりそうな王国があったとする。
厄介なライバル関係にある王さま候補のどちらかを、こっそりと暗殺できたら?
国を二分するような内戦だって起きずに、たったひとりの命でコトが済むかもね……。
―――ただの算数として考えたとき、この選択肢のスマートさが明瞭になった。
暗殺という政治的選択のおかげで、人々はときに戦争による死者の山を見なくて済む。
なんてありがたいことか、だからこの価値観を持った『ルードの狐』からすると。
120%をしちゃうミアの最高の仕事にだって、ツッコミどころがあるんだよね……。
―――まあ、ミアだって王家の重要人物を暗殺しろと命じられたら。
片っ端に王族丸ごと殺処分なんて真似はしないだろうけれど、過剰な暗殺に抵抗がない。
猟兵としての暗殺者と、『政治的な暗殺者』ではちょっと求められる力が違うだけ。
どうあれ大陸で最高の暗殺者たちのひとりに、ミアは含まれている……。
―――ミアの兄である、ソルジェもかなりいい暗殺者だから甲乙つけたい。
呪術を使えるという点では、ソルジェの方が暗殺者としては格上な部分もある。
隠遁や潜入能力だと、ミアの方がはるかに優れているけれど。
どちらにしても、100%以上だから『ルードの狐』らしさはない……。
―――なんで、こんなハナシをしているかと言えば。
レビン大尉がプレイガストについて、色々と思い出してしまっていたからだよ。
プレイガストは、ちゃんと100%を目指してくれるような暗殺者だったかな。
100%以下を失敗していたけれど、それ以上を心配すべきかも……。
―――呪術師のなかには、実験を好む者たちが大勢いるものだ。
どこの土地の呪術師だって、自分たちの力を完全に解明してはいない。
魔術よりも『弱い魔力』を用いる行為だからね、『見えにくい』んだよ。
分析するのが魔術よりも困難であり、研究対象としては難解だった……。
―――派手な魔術については、『身分の証』みたいな使われ方もしたね。
ソルジェたちストラウス家の人々が、複数属性の魔術を使える理由と同じ。
『魔術を使える』という時点で、露骨に言えば『貴族や良家の証』でもある。
奴隷のガンダラや孤児のジャンは、魔術の素養が比較的乏しいだろう……。
―――カミラについては、どう解釈していいか分からないけれど。
本来は寒村で埋もれた一般市民であり、貴族ではなかったんだ。
三大属性よりも、はるかに貴重で圧倒的な『闇』なんて使えるんだけれどね。
あれは彼女が継承しただけだから、とも言えそうだし……。
―――何であれ、魔術は『貴族の証明』としても使われて来たけれど。
それに比べて呪術というのは、何ともコッソリとし過ぎていたものだ。
隠しておきたい力でもあるし、そもそも見えにくさと難解さがあったから。
研究がそれほど進まずに、永らく我々は放置していた感がある……。
―――呪術というのは、おそらくね。
直感が届かないような繊細かつ小さな世界観を持った学問、数学あたりで読解すべきさ。
だって魔術よりも繊細かつ小さな魔力で、不思議なことに長々と作用するんだ。
少ない魔力が長く機能するなんて、ちょっと変なところだろう……。
―――小さな魔力しか消費しないから、長くもつのだという説明は打倒ではあるけれど。
距離の問題だってある、魔術よりも離れた場所に作用できるのはどういうことか。
ソルジェの魔眼だって、見るだけで仕掛けられるんだからね。
『魔力を直接ぶん投げているようなものである魔術』よりも、ずっと遠い距離さ……。
―――何やら不思議な力学がそこにはあって、おそらくそれが研究の障壁だ。
数学者が、この呪術というジャンルと相性が良さそうだね。
ソルジェも実は数学が得意だよ、北方野蛮人の割りには。
はたしてプレイガストという男は、どうだったのだろうか……。
「あんな、短時間で暗殺できたってのは。つまり、あれか?強力だったから?」
「私は数学者でもあった。確実性を好む。会話には、しっかりとした前提条件があるべきだよ。強力だった?何とも、受け取り方に困る言葉じゃないかね」
「……派手に、殺してないかってことだ、賢いボケナス野郎め」
「賢いボケナスか。たまに言われるよ。私とお付き合いをしてくれた女性や、男性だと無礼な友人たちがね」
―――数学者だったりすれば、困るなあと思うんだ。
呪術師であり、数学者でもあるものだったら。
もしかしたら、ルクレツィア・クライスが研究論文を仕上げるよりも先に。
彼女より呪術の分野で一歩だけ深い理解をしていて、強力かもしれないってね……。
「どうなったと、思うんだい?」
「何が、だ」
「ああ。主語を抜いていたね。すまない。じつはわざとだよ。家庭教師をしてこともあるから、ちょっと試したいんだ。理解力や、アタマの切れ味や……私を、どう認識してくれているかの諸々が、言葉と態度に反映されてくれる」
「答えろよ、何が、だ」
「私に無礼な言葉を使った男たちの多くが、後悔をしただろう。一々、確認しちゃいないんだがね。私という男は、どうにもこうにも執念深くて、心がせまいんだよ。忘れられないね、暴言のひとつひとつが。ああ、嫌になる。記憶のなかから、いつも這い出てきやがるんだよ、私が殺したのに、まだ黄泉の世界からうるさく騒ぎ立てるんだ」
―――「勇気を持つんだ」、強気な男ならそう思っただろう。
ソルジェだったら鼻で笑ったかもしれない、ソルジェはかなり変だから。
猟兵に比べれば、はるかに一般的な価値観を持っているレビン大尉。
彼は恐怖に打ち勝ち、無理やり乾いた声で訊いたんだ……。
「ひとりだけか?の、呪いで殺しちまったのは、あの査察官だけなのか……それとも」
「ああ。君は思ったよりも、ずっと賢いな。賢いボケナスも、驚きだよ」
「答えろ、ボケナ……」
「言えなくなったのかい。恐怖が、君の心に居ついてくれたね。それを待っていた。ああ、教えておこう。何人か殺したよ。とても危険な呪術で、見境がないからね」




