第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百十八
―――レビン大尉は、かなりのショックを受けたようだ。
ユアンダートへの裏切りという言葉は、彼の感情をグチャグチャにしてしまう。
そんなつもりはなかったのに、という逃げ道を使いたくなっていた。
だが耳にまとわりつく拍手の音が、弱腰であることを許さなかった……。
「なめんな。何が、第二の誕生日だ」
「自立したのさ。精神的にね。ユアンダートに対して、今まであった大きな尊敬が、今やどうだろう?年老いてしなびた、弱々しい君の実父と、似通ってきていないかね?」
「うるせえよ。親父なんて……もう、何年も見ていない」
「見たら、きっと、親孝行したくなるだろう」
「そんな仲良し親子じゃ、ねえんだよ」
「いいや。なるさ。ヒトというのはね、それほど多くのバリエーションを持ってはいないものなんだよ。君は、まだ知らないだけだ。おどろくほど、誰しもが、同じような道を歩むという事実をね。それは、落胆もするが……成長もさせる。ああ、特別な性格でなくても、生きていけるのだと。凡夫であると認めたとき、多くの場合、心理的な成長を伴う」
「長話を、するなよ」
「必要なんだ。君の感情を、解明しておきたい。査察官。査察官のどこが嫌いだね。ちゃんと教えてくれたまえよ。そっちの方が、しくじらないでいい」
「100%だ。しくじるな。しくじるなんて、絶対に、ゆるされないんだぞ!」
「分かったよ。そのために、聞かせてくれたまえ。どこが、ゆるせないんだね。呪術で殺してやりたくなるほど。私という関わるだけで重罪になりかねない呪術師に、こんな夜更けにひとりで会いたくなるほど」
「脅しやがった。この、このオレをだ!!」
「指摘したんだろう。当然のことさ。彼は、彼の仕事をしただけ。恨むべきじゃない。怒るべきでもない」
「あれは、脅しだった。脅迫だ。オレが……横領しているみたいに……っ」
「しているだろう。まあ、誰しもが、やっているはずの行いだね」
「その通り!誰しもが……全員が、やっているんだ。それなのに、あいつは、あいつときたら。自分は、オレとは違うみたいな顔をしやがって……っ」
「みじめな嫉妬だね。君は、彼ほど美しくなれない。汚れてしまっているからね。罪は、厄介なものでね。消えてくれないんだ。永遠に、君の背中に染みついてしまって、絶対に取れやしない。洗っても、洗っても。取れないんだよ。ずーっと、こびりついている」
「うるせえ、黙れ!!」
「ああ。願いを叶えてあげよう。この私、プレイガストとう呪術師は、パートナーを大切にあつかうんだ。尊重してあげよう。沈黙を始める。何秒、耐えられるかな?私と、君のどちかが、沈黙を破るまで……」
―――呪術師プレイガストは、口をつぐむ。
その黄色く濁る瞳は、ひん剥いたままだった。
レビン大尉は腹立たしくて仕方がない、急ぐべきなのにどうしてこんな時間を?
ムダ過ぎると思ったし、実際のところ本当にムダだったんだ……。
―――つまり、どういうことなのかと言えば。
プレイガストはどこまでも、この若くて勉強不足な大尉殿をからかっているだけ。
積年の恨みがあったのだろうし、それよりも先に娯楽だと認識していたのかも。
あやつりやすくて見通しが利くオモチャを、子供も老人も好むものさ……。
「……さっさと、はじめろよ!」
「やはり。君の負けじゃないか。分かっていたよ。君のガマンは、100秒ともたないのだ。かくれんぼを楽しむ子供たちと、まったくもって大差がない。もっと、鍛錬したまえ。呪術を教えてやろうか?心地良いよ、それを極めると、こんな場所に閉じ込められていたとしても、常に自分を高められるんだ」
「うるせえ。黙るな。適度に、話せ……」
「心に、査察官殿を思い浮かべてみるといい。それが、私の暗殺呪術の始まりになる。魔銀の檻から、出す必要はない。まだ、ね。ほら、やってごらん」
―――レビン大尉は言われるがままだった、自分の不正を暴く『敵』を。
どうにかこうにか殺して欲しくて、たまらない気持ちになっている。
一秒でも早く、死んでいて欲しい。
あの正義感気取りの、何も分かっちゃいない査察官がどこかに手紙を出す前に……。
「おお、見えて来たよ。彼は、三歳の娘がいるぞ。かわいいブラウンの髪だ。お母さんに結ってもらったらしいね、三つ編みが見事だよ。どう、思う?」
「……うるさい。そいつらは、そいつらは殺さなくていい」
「善良な心が、残っていた演技をしたいのかな。私には、しなくてもいいよ。卑怯な呪殺を頼んでいるんだから、君にもう名誉なんてないんだ。素直になれよ」
「素直も、くそもねえ。そいつらは、殺さなくていい……っ。親父の方だ。夫の方でもある。つまり、あいつの……家族にまでは、呪術は、及ばさないでいい。ていうか、及ぼすんじゃない」
「子供殺しになるのが、嫌なのかな。それとも、女殺しかね?……どちらの経験もある私から言わせてもらえば、『慣れてしまえば、どうってことない』。それに尽きるね」
「オレは、貴様みたいな、邪悪な呪術師じゃない!!」
「でも、呪術がいるんだね。よーく、心で、見るんだ。彼を失えば、夫を失う女が生まれて、父親が一生、家に戻らない幼子が生まれる」
「うるせえ。そんなの、聞かせるんじゃない!!あいつだけで、いいんだ!!」
「彼の人生を奪うという意味を、しっかりと知っているべきだと思ってね。余計なお世話だったかい?」
「人生史上、最大級の、余計なお世話だ、プレイガスト!!……さっさと殺せ。じゃないと、殺せないなら……用はねえ。お前を、見捨てるだけ。マジメな、後任者は……お前とは、絶対に交渉なんてしないぞ」
「どうかな。君も、最初のうちは、私に対して、その意見で接していたように思う。まあ、思い返してみれば……君には、素養があった。社交的であり、遊び好きで……業務に対して、集中力に欠く。クズに至る、特徴的な素養の多くが、悪目立ちしていたよ。そこを、査察官にもつけ込まれたんだ」
「知るか。そうじゃないかも、しれないだろ」
「いいや。事実のハナシだよ。多くの者が、査察官にやれるときは、普段より行動が雑なときだった。君は油断したんだ。怒っているのは、そうだね。彼に、感情を利用されて、操縦されている気がしているんだね」
「……うるせえ。呪え。さっさと、今すぐに……」
「……朗報を、君にあげよう。すでに、呪っているんだ。彼は、階段から落ちて死んだよ。アタマを打っているに見える死に方だけど。そうなる前に、私の呪術が、ちゃんと心臓を食い破っている。解剖しない限り、分からないさ。この死因は、普通の方法では見破られない」
「ま、マジか。マジで、もう……や、やったというのか!?」
「確かめるべきときだな。私が、どれだけの呪術師だったのか、アタマのなかにある知識を受け入れるときだ。最高の呪術師のひとり。暗殺のマエストロ/巨匠だよ、このプレイガストはね。恐れて、敬い。そして、信じるべきだ。関わっては、いけない相手だったとね。そうした方が、お互いのために、素早く動けるだろうよ」




